「524人の命乞い」 日航123便 乗客乗員怪死の謎 小田周二著 を読む

 昨年の夏、ふとネットで見た記事から、アマゾンで探した本を読みブログに書いた。
https://js30.at.webry.info/201808/article_11.html

 今年の夏も日航123便が墜落した日になり、テレビではその追悼式の様子や御巣鷹山の様子などが放送されていたが、あの本の内容について何も世の中では話題にならず、ネット上でもそれが大きくなる気配も無い。
 ちょっと残念な気持ちもあり、日航123号機事故の本の所を見てみると、昨年読んだものと違う遺族自身が書いた本もある事に気が付いた。その本のカスタマレビューを見ると大勢の人が高評価で、かつその感想が尋常の物で無い。

 この本はただ物では無い。そう感じて注文して読んでみた。
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 上記の昨年読んだ本を読んでいなくて、さらにもっと前なら、「そんな自衛隊が関わって撃墜されたなんてありっこない」と思っただろう。
 ところが、昨今の日本の状況を見れば、政権の都合の悪い事実はその資料は廃棄され、ウソを強引押し通し、しかもNHKはじめマスコミは政権の意に従って一斉に動く姿が「可視化」されている。日航機事故の時代は今のようにインターネットが発達していなかったから、こんな大事件でもそういった隠ぺいや世論誘導がある程度、可能だったかもしれない。
 そんな気持ちが強くした。今も昔も日本の根本は変わらないのだ。

 「524人の命乞い」の本は、日航123便墜落事故で、高校1年生の次男、中学1年生の長女、義妹と二人の甥を亡くしたプラスチックメーカーの研究、技術開発者だった人が、その後半生をかけて事故の原因をあらゆる角度から追及し、自衛隊のミサイルの無人標的機が垂直尾翼にぶつかり破壊し、最後は、その日航機を自衛隊機が撃墜して証拠隠滅を図った。時の内閣総理大臣と自衛隊がそれを決定し、国家権力を使ってその事実を隠そうとした。という戦慄の仮説を導き出していた。

 著者は、普通のサラリーマンというより、大阪大学の工学部も出て研究職などもやっていた本格的な技術者だった人だ。この本は、いい加減な内容ではない。2年前に出版した少し難解な技術論文でもある「日航機墜落事故 真実と真相」を分かりやすく、一般の人にも読みやすく編集し直したものだという。とても読みやすかった。 

 当初から、多くの人が事故原因に疑問を投げかけていたのだという。そして、99年11月には、運輸省(現国交省)は総重量1160kgもの墜落事件関連の資料や証拠類を破棄したのだという。そして、それは、まさに制定されたばかりの「情報公開法」が施行される直前に行われたのだという。
 こんなところからも森友・加計学園、など一連の事件と同じ雰囲気が漂うが、これはさらに重大な事件で、過去のこととは言え、「三鷹事件」ではないが歴史的にもきちんと解明されなければならない事件だ。

 この本は現在の日本人にとって必読の書だと思う。「絶望の裁判所」という本で著者の元エリート裁判官の瀬木 比呂志教授が、「日本人は崖の縁で無邪気に遊んでいる子どものようだ。」と書いていたが、この本はその崖の暗い深淵の存在をまさにのぞき込んでいる貴重な書だ。
 著者は、事故から30年を経た2015年3月に「日航機墜落事故 真実と真相」を出版し、遺族、友人だけでなく、マスコミ各社、および政党代表に配布したが、何もどこからも『受理した」という連絡すら無く、本当に落胆したのだという。
 自民党が無視したのはわかるが、マスコミや野党はなにをしているのか。

 プロローグの最後の部分にこうある。『引用部分』
『考えてもみてほしい。
 愛する者が失われた惨劇をできれば忘れたいとさえ思っている遺族が、31年も過ぎてなお、みずからこのような仮説を世に問わねばならないのはなぜだろうか。
それは政府が「結論」と称する事故原因なるものが。遺族をはじめとする万人を説得できる内容を持たず、検察までもが責任追及の役に立たないと批判するような代物だからだ。
(中略)
私がたどり着いた仮説が真実か否か。それを検証する義務と責任を負うのは私ではない。それを追うのは、多くの疑問を突き付けられながらこれまで再検証を忌避し続けてきた政府だ。その義務と責任を負うように政府に求めること。願わくば読者一人一人が本書をきっかけとして、政府に責任ある再調査と再検証を求めて声を上げてくださること。それこそが、一人の遺族である私が本書を世に問う目的である。』

 この本を読むと、色々と我々が知らなかった様々な事実が伝えられている。昨年読んだ本に無い情報も多くある。
 事故の時間にそって順に事実を検討して行くと、事故調の報告や、公的な報告などの言っている事は本当におかしいなと理解されてくる。また、色々な目撃情報や関係者からもれてきた情報、また、この事件の前に起こった雫石の自衛隊機と日航機衝突事故など、その当時の政治情勢も含めて、科学的、社会的なとても広い知識,視野から考察していて、昨年の本よりさらに鋭く包括的な内容だと思う。

 例えば、ある方から得た一つの情報として、この本にあるのは、
『85年8月12日、123便が墜落したその日、ある航空自衛隊の基地司令官(当時)から一人の男性に電話が入った。この司令官は、電話の向こうで男性にこう語った。
「えらいことをした。標的機を民間機に当ててしまった。今、百里基地から偵察機2機に追尾させている所だ」
この司令官と男性とは、第二次大戦中に同じ部隊に属した戦友だった。昔の戦友に「やっちゃったよ」という感じでアッケラカンとして語っていたという証言もあった。

 このオレンジ色の標的機が近づいてきた時、機内では機長たちは再びシートベルト着用を乗客に告げ、ぶつかった瞬間に、元自衛隊のパイロットだった機長は、迷わず「スコーク77」(要撃されたという緊急事態を意味する遭難信号)を発信しているのだ。
 もちろん、事故調の言う圧力隔壁は壊れていず(壊れていたら機内にすごい空気の流れが起こる)、ベテラン機長の技術を駆使して何とか操縦可能で米軍横田基地に向かっていた。もちろん横田基地では受け入れを許可していた。

 雫石の事件を誤魔化したばかりの時、自衛隊や中曽根政権の危機を招きかねないこの機体に標的機の残骸がべったりついていた日航機をそのままにしておく訳にはいかない。自衛隊機は横田基地への着陸を妨害し、さらに撃墜してしまったと考えられる。
 その辺りの様子が、様々な場所からの目撃情報や、改ざんされてしまって、一部開示されたボイスレコーダーから注意深く解明されている。もちろん著者の言うようにそれは仮説だ。しかし、事故調や公にされている資料は、まったく仮説にもなっていないような代物であり、この様々な目撃証言や、著者の仮説にどう反論できるのだろうか。
 捜索段階でのほころびはさらに大勢の人たちの目に触れている訳で、注意深く見ればとても大きなものがあったのだ。ただ、日航、警察、マスコミなどの誘導で人々には誤ったイメージが定着してしまったのだ。

 ぜひ、皆様も一読してご遺族である著者の思いにぜひふれてみていただきたい。
 この本の仮説に意義のある方はこの本をちゃんと読んだうえでぜひしっかりした根拠を持って反論してみてほしい。

 また、マスコミはぜひこの本を国民に知らせてほしい。さらにNHKでは、真剣にこの本の内容を取り上げ、NHKスペシャルなどで検証番組をぜひ作ってほしい、野党や現代史の歴史学者もこの事件について研究してほしい。こんなにまともな土台がすでにあるのだから。
 私も、さらに「日航機墜落事故 真実と真相」の本も読んでみたいと思う。