大隅良典さんのインタビューの言葉から

 ノーベル医学・生理学賞に 大隅良典さんという方が選ばれた。
昨年に続き、日本人の受賞で日本はすごいなあ、と思うのだが、大隅さんのインタビューの言葉がテレビから流れて来るのを聞いてみると、「すぐに役立つ事で無い基礎研究が大切」など、現代の日本の研究体制への危機感を多く語っていた。

 大隅さんのテレビインタビューの場でご本人が、『日本はノーベル賞をたくさんとってすごいなあ、などと思っていたら大間違いであり、現在、日本の科学研究は空洞化している。』と、国民に向かって警鐘を鳴らしていたのも印象深く、今の日本、何となくそうなのかなあ~、と感じていた事が、やはり事実なのだ、と私にも理解できた。

 ネット上を検索してみても以下の様な記事が出ていてそれぞれ現状はこうなのかなあ、と理解できる。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/dandoyasuharu/20161004-00062878/

http://www.huffingtonpost.jp/2016/10/03/osumi-press-conference_n_12309182.html

 なぜ、こういった状態に日本がなっていったか?私はそういった大学や研究について門外漢で全く分からないのだが、その根は現在の日本の政治的な危機的状況とも深く関係しているのではないかな、という気がする。

 まず戦後の日本には、一時的にでもあれ、敗戦に伴う混乱によって、非常に自由で民主的な雰囲気が社会全体に生まれた事が基本的にあったのではないか。また、これも敗戦に起因して、今までの日本の遅れた科学や文化に気が付き、平和憲法を喜び、世界の進んだ科学や文化に対して吸収しようとか、あこがれる強い気持ちが人々の中に大きく出たのではないか。

 また、これは戦前からあった心性だと思うが、物質的、経済的な物の価値よりも、精神的なものの価値の方を高く感じる事が日本人には強くあったのではないか。「武士は食わねど高楊枝」のような感性。
 そういった状況が、あいまって、現在ノーベル賞をたくさんとれるような研究が多くうまれたのだろう。

 ところが、そういった物が、戦後のある時期から崩れ出し現在の危機的状況に至っているという事なのだろう。

 一時、世界第二の経済大国になり、おごった日本では、経済的価値(お金)が何より価値が高く、最優先にされる、という考え方、生き方が良しとされ、科学、文化、などの価値が相対的に下がってしまった。
 科学にあこがれ、科学者を目指す若者が減って、マネーゲーム的な投資などの事をやる仕事にあこがれる若者が増えたような時期もあったのではないか?

 そして、その経済が破たんして、借金まみれの国家となってからは、おりからのアメリカ発の新自由主義の考え方にすがり、「成果主義・結果主義」とかいう言葉がはやるように、理想や理念を追求する事など待てず、より目先の結果が上がれば良いというような事に世の中全体がなってきて、精神の自由とか科学文化の尊重などという事は、いっそう顧みられなくなってきた。

 経済優先による誤った政策が多発され。国の統制もある面では厳しくなったり、自由競争が変な風に強まり貧富の格差が広がったり、そして現在、戦前の様な反知性の精神によって政治が牛耳られるような状況にすらなってきて、ますます学問の世界の状況も厳しいのだろう。

 基礎研究が無視され、国の方針にそった『軍事研究』などに大量な予算がつくような戦前の日本のような研究体制になってしまえば、現在の様なノーベル賞が世界第二という状況は霧のように消え去ってしまうのだろう。