アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
上小30山のブログ
ブログ紹介
上小三十山の「最近の風景」と「山道の自然」を中心に、伝えます。
zoom RSS

NHKニュース9のアナも、トランプ国連演説批判

2017/09/20 23:05
 「公共放送」というより「国営放送」になってしまったような気がして、いつもは見ていない「NHKのニュース9」を珍しく見た。折しもトランプ大統領の国連での演説について報じていた。

 昨晩遅くの民放のニュースを見ていた時に、トランプ大統領の演説が始まった、と言う事で同時通訳で伝えていたが、何だかはっきりしない通訳であった。そうか、何を言っているのか英語での話としても変な感じの話なのだろうな、文科省の事務次官だった前川氏の話は、何だか本当によく内容が頭にスッキリ入る話し方であったが、それと逆の話し方なのだろう。通訳の人も困惑しているのだろう。と英語の聞き取れない私は同時通訳の人に同情した。

 今朝になって、ニュースでちょっとトランプ大統領の演説の事を聞いてみると、これは、キムジョンウンといい勝負だな、といった感じで、ロケットマンなどというのは思わずニヤッとしてしまう。二人で言い合っていればいいだけなのだが、それが最高権力者同士だから恐ろしい。

 ところが、色々とニュースを見ていると、トランプ大統領の攻撃的な言動を他人事のように評価するような感じで伝えるニュースが多く、横田めぐみさんの事も言及してくれた、と日本のメディアは好意的に伝えている感じだった。横田さんの事は別にして、本当にそんな評価でいいのだろうか?
 気になってネットで見ると、BBCの日本のニュースのHPなどがあり、
http://www.bbc.com/japanese/41329673
 日本から見た北朝鮮の事だけに偏らず、トランプ大統領の演説全体を見る事が大切だと感じた。

 さて、最初に戻って、NHKのニュース9でのトランプ大統領の国連演説のニュースを見ていると、北朝鮮への強い言葉や、横田めぐみさんの事を言った事(バックにミサイル発射やめぐみさんの写真も見せて)、北朝鮮の国連大使が席を立って去ったところ、演説が終わってごきげんで安倍首相を横にはべらせて一緒にワインを飲んでいる所など放送していたので、これはまた「国営放送」でいやだなあ、と思っていた。

 ところが、後半では、トランプ大統領の演説を聞いた各国の報道陣の様子を報じ、記者たちが皆、あきれたり、批判したりしている様子を伝え、フランスのマクロン大統領がパリ協定を守る決意を述べたりしてトランプ大統領を批判している演説の様子や、北朝鮮以外にも批判されたエクアドルやイランの外相が「21世紀の演説というより中世の演説だ」とか、BBCニュースで伝えられたような内容も報じたり、アメリカ国内での市長達がパリ協定に参加せよという運動を始めた様子や、マクロン大統領が国連でパリ協定を考える会合を開き各国が大勢参加している様子も伝えていた。

 そして、最後のまとめとして、進行役の男のアナウンサーが、国連という所は各国の利害の調整をする所なのに、トランプ大統領は何十回もアメリカの主権を第一に考える、アメリカに有利な事でないものは受け入れない、というような事を主張していたが、これはおかしいのではないか、本当にイランの外相の言葉が適当という感じがする。
と言うような事を(言い方はこれとは違うと思うが)はっきりと言っていた。
 あれ、NHKのアナウンサーでもこんなにはっきりとトランプ批判をするのか、と驚いた。

 日本人は北朝鮮への不安感から、トランプ大統領の北朝鮮への強い攻撃の口調を「スカッ」とする気分で聞くかもしれないが、その演説の全体は、ものすごくおかしなナショナリズムを煽る様な、要するに「トランプ節」である事を理解する必要がある。

 安倍首相は、こんなキムジョンウとトランプの二人のリングに、選挙に有利だからと自ら乗っかって、日本国民を道連れにするのだろうか?
 明日の演説は、トランプ大統領を持ち上げるだけで世界から支持を受けたりできるのか? 軽蔑されるのではないか? 
 というより、どうせアメリカの言ったことをなぞるだけだろう、と注目もされない事だろう。

 フランスは国民が極右のルペン党首でなく、マクロン氏を大統領に選んだ。
 さて、日本ではまだ安倍首相を首相の座につかせているのか。

記事へトラックバック / コメント


NHK・BS英雄たちの選択で、松浦武四郎

2017/09/18 08:48
 先週の木曜日、NHK・BS英雄たちの選択で、「北の大地と民を守れ! 松浦武四郎・北海道の名付け親」という番組をやっていた。

 松浦武四郎については、幕末の蝦夷地の探検家、アイヌ民族に共感を持っていた人、くらいの認識しか無かったのだが、この番組を見て、どのような人であったのか、そのおよそを知る事が出来た。
 番組のコメンテーターである高橋源一郎は、松浦武四郎のファンである、と語り、彼は、松浦は、当時の幕末の志士といったタイプではなく、南方熊楠や柳田國男のようなタイプの人だったのではないか、と言っていたが、もちろん探検家、登山家などとしての要素も多く持っていた人なのだろう。
 ある程度、蝦夷地通として知られるようになってから、そのころほとんど知られなかった蝦夷地の内陸部を幕府の役人としてくまなく調査したが、アイヌの人たちの協力を得てそれを達成した。そして作った蝦夷地の地図には北海道のアイヌ語の地名が克明に記されていた。

 彼はアイヌの人たちに共感、尊敬をおぼえ、その文化を大切にしなければと考えた。それは、探検家、調査者、として自然と出てきた気持ちなのだろうが、彼の人間そのものから来ているようでもあった。
 幕末の蝦夷地では、明治時代以後の朝鮮半島や台湾で行われていたような、日本への同化政策(日本風の名前に変えられたり、さかやき(頭を剃る)にさせられたり、商人の強奪や、松前藩などの役人の圧政が行われていて、明治以後の日本の姿が、すでにここにアイヌ民族に対して現れていた。

 その結果、当時アイヌ人の人口が急激にへりつつあった。松浦武四郎は、そのような現状を何とかしたいと思い、「近世蝦夷人物誌」という現状を告発した書を発行しようとするが、(りっぱなアイヌ人の列伝など)松前藩に出版を禁止されてしまう。
これは、江戸時代には日の目を見なかったが、子孫などの努力もあり明治末から大正にかけて、雑誌「世界」に連載されたのだという。

 松浦武四郎は、江戸時代、出版禁止になった本以外にも「蝦夷漫画」などという出版でアイヌ人の生活や文化など色々と紹介し、『武四郎本』として人気を集め、広く読まれたのだという。日本人がアイヌ人を広く知るきっかけを作った人だと分かる。

 明治時代になり、政府に請われて蝦夷地開発の役人となり、「北加伊道」という名の発案者となるのだが、アイヌに対する日本の商人たちのやり方を変えさせようとするが出来ず、北海道の役人をやめてしまう。

 「近世蝦夷人物誌」を、アイヌ民族に対する共感や、日本人への告発の書として、出版しようとした事など、ほとんど20世紀後半から21世紀の人間のような感覚を持った人だったのではないかと主席者たちは語っていて、本当にそうだなあと思うのだが、「日本人は単一の民族である。」などと国会議員が言って以前、問題とされたが、まだまだ現在の日本人でも松浦武四郎より遅れている人も多いのではないか。

 番組の最後に、司会者の磯田道史が、松浦武四郎について述べ、色々(多様性)を楽しめるのが程度の高い人、文化、なのであり、多様性を認められる国が程度の高い国である。と語っていたが、本当にそうなのだろう。
逆を言えば、一つの考えに固まって多様性を認めないような社会は程度が低いという事になる。現在の日本では、一部でそういった程度の低い国へと向かって退化しているような気もして心配になる。

 この回で、松浦武四郎について司会者やコメンテーター達が、先日の石橋湛山の回とともに、とても楽しそうに松浦武四郎について語っているのが印象的であった。

 松浦武四郎の書いた物など現在書店で買えるのか、と思いアマゾンで調べて見ると、アイヌ民族関連の小説から始まり、色々な解説書、また松浦武四郎の著書、など非常の多くのものがあり、(古書では値段も高い)、私はよく知らなかったが、その人気の高さが伺われた。(Kindle版で国会図書館からただで原本が見れるサービスもあった)
 また、松浦武四郎関連の本も読んでみたいものだ。







記事へトラックバック / コメント


山尾志桜里議員 不倫疑惑についてネットで調べてみた

2017/09/10 08:58
 民進党の山尾志桜里議員が不倫疑惑を文春に報道され、離党した。
 このことについて、ネット上を調べてみると、色々な情報が載っている。

  ・不倫を事実として批判するもの
  ・不倫は仕方ないので、それにめげず出直してがんばれというもの
  ・不倫と言うより、打ち合わせなどで酒も飲んだりしてダウンしたのだろうというもの
  ・不倫ではなく山尾議員の片思い的なものであった、というもの
  ・不倫はしていない、打ち合わせであったというもの

 など、様々な意見が見られる、しかしネット上の表題を見ると、大多数は不倫が事実であり、それを批判しているものがほとんどのように見える。
 NHKなどテレビでは、「男女の関係はありません、」という発言はカットして不倫疑惑、などとして、「申し訳ありません、」という所だけを強調して報道していたし当然の印象だろう。

 私は、テレビの山尾議員の記者会見を見ていたが(内容は本人のブログに載っている)、
『〜本件記事記載のホテルについては、私一人で宿泊をいたしました。
倉持弁護士と男女の関係はありません。』
という文面を読んでいた様子をみてこれはウソではないような気がした。

 大体、一週間にホテルで4回会っているという事は、幹事長に内定して色々と打ち合わせの時だからで、そんな時に不倫などやっている暇があるだろうか。その数の多さが打ち合わせとか、盛り上がりすぎた作戦会議と分かる。

 ・不倫は無かった、という意見がネットに出ていた。

 それは、「国際評論家 小野寺光一」という方の書いている、『<官邸からの不倫ねつ造報道>山尾しおりを救え> 山尾しおり報道は、事実無根。政治的失脚をねらった官邸のブラックPR』
 という物が、けっこう真実に近いのではないか、という気がした。

 (以下、一部引用)
 『結論を先に言えば、
おそらく、「男女の関係はないが、政策アドバイスおよび打ち合わせのために
ひんぱんにあっていた」ということだろう。
なぜかというと、山尾しおりは、民進党幹事長に内定をもらっていたから
民進党(野党)の中心になる存在になっていたからだ。〜

 ここで重要なことは、読者は、過去の 小泉政権、安倍政権から連なる一連のスキャンダル事件を思い出すことである。その昔、鉄則シリーズやチャート式という参考書があったが(チャート式は今でもあるが)小泉内閣、安倍内閣では官邸の怪人が有力な政治の敵に対して必ず「性的に乱れている」という情報を虚偽情報で流す。

 鉄則その1
→「小泉内閣 安倍内閣では、政治上の敵に対して
必ず、「性的に乱れている」というブラックPRを官邸が流して失脚を図る」
鉄則その2
「そのさいには マスコミが使われる。」
マスコミは、読売、産経、夕刊フジ、文春、が主として使われる。〜」』

 など、前川事務次官の時の事もそうと書いてあったが、私もこの報道があった時に、あまりにもタイミングが合っていて、それと似ているなあ〜と感じた。
 小野寺氏は、かつての色々な実例をあげて説明している。また、政治家が打ち合わせなどをするには、適当な場所は料亭かホテルしかないとの事。今回は、蓮舫氏を失脚させたが、強敵が幹事長になられては困る、という事で、それにタイミングを合わせて政権側がねらったものだという。
 最後の方で。
 『〜何が言いたいのかというと、世の中をよくしようと思っているのが、男一人と女一人で あって、コンビでやっているとする。政治(もしくはビジネス)でミーテイングをして熱心なために 明け方まで アドバイスするなどということは ありうるということだ。その場合、男女関係なんていうものはない。』
などと、さらにその場合の人間心理の状況を解説している。

 私も、小野寺氏の考えに同感だった。ただ、山尾志桜里議員本人も書いているように、誤解を受けるような行動を謝罪しているという事は、それが一般の人から見てどう見えるか、それを攻撃材料に使われて弁解を言っても世間の常識では通用しない、そんな行動であった、と言う事で民進党や支持者に謝っていた、という事だろう。

 打ち合わせをするのにどうしてホテルを使うのか、事務所でいいではないか、自分の家庭を4日も空けて何してるんだ、と我々普通の人は考える事も山尾議員は知っているからだろう。そんな生活ではやはり本当はダメなのだろうな、とだれもが感じるのだが、日本の政治家はそんな常識が通用しないような生活なのだろう。
 
 それにしても、安倍政権側は、同じシオリでも、詩織さんレイプ事件の方は、検察を使い、犯罪であるのにもみ消してしまい、マスコミも全くといっていいぐらいそれを取り上げていない事もネット上に多く批判が見られる。
 あの籠池夫妻も牢屋に入れられているのに安倍夫人はカラオケではしゃいでいるようだし、関係した官僚は出世している。加計学園の方も全く何もはっきりせずに進んでいく。北朝鮮と五十歩百歩の気もする。
 この状況から見ても、山尾志桜里不倫疑惑は、官邸のワナにはまってしまったと考えるのが妥当なところだろう。
 あまりにも無防備なので、簡単に潰せたなあ、と政権側は喜んでいる事だろう。あまりにも山尾議員側も甘いのだろう。とはいえ、こういったきたないマスコミの姿は本当に軽蔑されるべきものだ。

 いずれにせよ、最近、こんな所で、不倫問題や北朝鮮問題など考えていること自体不毛な作業で、大切な余生の時間を潰しているような気がしてきた。
 ネット情報など見ているうちについカッとなって書いてしまうが、別に私はそういった専門家でも無い、もう少し、今後はまともな事について書いていこうと思う。




 


記事へトラックバック / コメント


北朝鮮問題 これが一番納得

2017/09/07 08:37
 北朝鮮の問題において、ネットに出ていた孫崎享のこの分析が一番わかりやすく納得のいく物である。
 アメリカと日本との関係、何でもアメリカに追従していけば間違いない、という時代は終わっているのだと思う。強い信念で平和を求めて人任せで無く考えていかないと、日本は、また亡国の危機を繰り返す事になるのではないか。
http://biz-journal.jp/2017/09/post_20456.html
記事へトラックバック / コメント


夏休み明けの子供の自殺

2017/09/06 09:53
 夏休みの終わりごろ、NHKで、子供の自殺について注意を呼びかける番組の紹介をやっていて、休み明けの自殺が多い事を伝えていた。
 休み明けもニュースでは中高生の自殺者が出ている事を伝えている。

 子供の世界が、大人の世界のゆがみを強く反映するものであるとするなら、現在の日本の社会の縮図が学校教育に現れているような気がする。子供の世界だけに問題がある訳ではないのだろう。

 話題の人である、前川喜平 前文科省事務次官が、現在、夜間中学で勉強を教えるボランティアをしているそうだが、夏休み中の中高生への講演で、学校へ行きたくなかったら行かなくていい、と話しかけた、と言う事もネットで大きく紹介されていた。

 東日本大震災の後、NHKで「地球イチバン」と言う番組をやっていた事があった。
私もこのブログでいくつか取り上げた事がある。
(ブログの中で内容を紹介するための番組紹介へのNHKへのリンクは現在無効になっています)
http://js30.at.webry.info/201111/article_11.html
http://js30.at.webry.info/201203/article_9.html
http://js30.at.webry.info/201211/article_5.html
http://js30.at.webry.info/201204/article_17.html (これも関連番組だろう)

 そのうち、NHKの会長も変わり、初期の頃のこの番組の精神が無くなり、下らない番組になってしまい、そのうちに無くなってしまったが、ここでオランダやフィンランドの義務教育の学校の事が取りあげられていたような気がする。
 どちらも、詰め込み、押しつけ、の正反対の方向であり、クラスの人数も多く無く、施設も余裕があり、生徒の興味や教師の教材選択の自由度の尊重、教師の質を高める制度などが十分なされるような、子供や教師がのびのびと活動が出来るような、進んだ質の高い教育がされていた。
 この番組全体を通して、大震災を受けて、今までの日本の行き方を振り返り、これからの日本の進むべき方向を探り、そういった面での先進の国や地域に学ぼうというような発想で作られているように感じた。

 ところが、日本の国自体、それと反対の方向に進みだし、この番組もその精神を無くし、終わってしまった。教育予算をとってみても日本は先進国中最下位だったか?とにかく悪い現状だ。報道の自由度とか、幸福を感じる度合いとか、日本はそういった指数は最近、先進国の中で低迷をしている。

 やはり、社会を根本から変えて行かないといけない時期に来ているのではないか。安倍内閣の肝いりで来年度から正式の教科となる「道徳教育」について、現場でのとまどいの声が今日のNHKニュースで伝えられていたが、教師の負担増になるだけのそんな表面的な方法では自殺など止まらない。ウソばかり言っている安倍政権が推進する「道徳」など、教師が教えたくなったり、生徒が心の支えとして学びたくなったりするだろうか。
 
 

記事へトラックバック / コメント


集団的自衛権の行使で、格段に危険が増した現状を国民はどう考えるのか

2017/09/06 08:25
  国民の大きな反対を押し切って、集団的自衛権が行使できるように自公政権はしてしまった。安倍政権、自公政権は、現在の危険な状況の責任をどうとるのか?

 当時の国会での安倍首相の説明を思い出すと、この法案によって日本はとても安全になる、と説明していたのではないか。北朝鮮がグアム近海へミサイルを撃ち込んで、集団的自衛権の行使で日本がそれを妨害したりなどすれば、さらにどうなっていくのか分からない危険な状況になってしまった。

 トランプ大統領が北朝鮮に攻撃を仕掛けたとして、最初の一撃で、韓国や日本に被害が及ばないように北朝鮮を壊滅できるのだろうか。それは、アメリカが核兵器でも大量に使わなければ出来ない事であり、そんな事をしたら、中国やロシアも巻き込んで地球の滅亡の様な戦争になってしまうかもしれない。という訳でそんな事はとうてい出来ない。通常兵器で何かやっても反撃は必ず受け、韓国や日本ではものすごい被害を受ける事になる。だから、兎に角、戦争などはどう考えても出来ないのである。

 北朝鮮が水爆を作った、と言う事を恐れているが、そのこと自体、そんなに恐れる事だろうか?冷戦時代ソビエトはあれほど熱心に水爆ミサイルを大量に作ってアメリカと対峙していたのだが、水爆ミサイルを撃つことなく結局、政権は内部崩壊してしまった。
 核兵器が国を守ったり、強くしたりする事、などは幻想である。
中国だってロシアだって現在は水爆を持っているのだが、なぜそれについては恐れないのだろう。だから、そんな事が脅威なのではなくて、現在はアメリカのトランプ大統領と安倍首相のリスクの方がよっぽど韓国や日本が戦争に巻き込まれる「脅威」なのではないか?

 一刻も早くアメリカは北朝鮮の体制を認めて、旧ソビエトと同じように周りの国とも普通の関係を持てるようにする事、後は北朝鮮の国民に任せる事。それが金王朝の存在意義を無くし、その衰退を導く一番の近道であり安全な道だろう。日本はそのために努力をしてほしい。


記事へトラックバック / コメント


原発輸出の現状を伝えるべき

2017/09/06 08:03
 昨晩のテレビ朝日「報道ステーション」を見ていたら、イギリスで原発を2兆円で作る事業を日立が始めるのだが、日本のメガバンクが融資をためらっているので、国がもし損失した時の補てんに国費をつぎ込む方向、というような内容のニュースをやっていた。
そして、そこで、アベノミクスの原発輸出が、ベトナムでは白紙撤回、トルコは政情不安で実現せず、エストニアだかでも止まっている、との事。すべて失敗しているのだ。
国はまだ原発を推進したいために、イギリスでの建設は推進しようと、そのような方針を決めたのだという。
 世耕経産相は、まだ決まってない事だとか話している所が少し出てきた。

 このニュースは、ほんの少しの時間出てきただけだ。私は原発輸出の失敗について、何となく断片的に知っていたのだが、まとめて考えるとこうなっているのだ、という事はマスコミでもっとちゃんと時間をとって報じているべきなのではないのか?また、今回のイギリスの例なども、どうせうまくいかないような事を飯田哲成も前に書いていたような気がするから、もしそんな事が決まれば、また2兆円の税金がドブに捨てられる事になる。

 森友、加計学園の実態を見ても良く分かるが、アベノミクスの色々な政策がほとんどこんな様子なのではないのか?
 マスコミは、こういった事こそ、キチンと伝えるべきだ。
 NHKなどは本当に一番重要な所で公共放送の役割を果たしていないのではないか。


記事へトラックバック / コメント


TBS報道特集  朝鮮人虐殺 追悼文問題を取り上げる 

2017/09/02 21:41
 今日のTBS報道特集で、関東大震災時における朝鮮人虐殺について取り上げていて、慰霊の行事で今までの東京都知事が出していた追悼文を小池知事が出さなくなった事などについての番組であった。
 今年は、その記念碑で追悼の行事の行われている隣で、それに反対する集団の追悼行事?が行われて、もめている様子も伝えられていた。それを見て、ちょうど朝日新聞の小森記者が射殺された追悼の日に、それに反対する集会が朝日新聞の神戸支社の近くで最近行われるようになり、騒然とした雰囲気の中で追悼が行われていると聞いていやな気分になった時と同じ気持ちになった。

 日下部正樹キャスターが、その反対する集会に参加していた墨田区議員にインタビューしたところ、「朝鮮人虐殺は無かった。」とキッパリ言い切っているありさまで日下部キャスターも驚いているようだった。
 小池知事の態度は、このような反対する勢力に勢いをつける可能性があると識者が語っていた。今年も在日朝鮮人などへのヘイトスピーチのデモがまだ行われている現状も伝えられていた。

 関東大震災の時の朝鮮人虐殺の人数は正確には分かっていないとしても何千人単位の虐殺が行われた事は確かであり、番組でも、墨田区で年寄りなどから聞き取り活動をずっと前から行っていた男性の資料や話、神奈川で当時の警察署長が朝鮮人300人を虐殺から守るために警察署に保護し、助けてもらった人たちからもらった感謝状がその孫の所に残っている事も紹介されていた。萩原朔太郎が当時、虐殺についての詩も書いている事も金平キャスターが紹介していた。
 また、番組では当時の新聞が朝鮮人の集団が攻撃してきたという流言飛語をそのまま載せてしまったその新聞の実物も示されていた。

 小池知事は、大震災で亡くなったすべての人を追悼するという意味で、朝鮮人虐殺の追悼へは文を寄せない、という考えだと都庁で発言している様子が伝えられたが、この朝鮮人虐殺の問題などを研究している大学の教授は、「地震で亡くなった方と、その後で虐殺によって亡くなった方は、質的にはっきり違う問題であり、それを一緒にしてしまうと、日本人が行った事をちゃんと考えるという、歴史の教訓の継承が失われてしまう。」という意味の事を話されていて本当にそうだなあ、と同感した。

 私自身、関東大震災の時の朝鮮人虐殺について教科書にちょっと出てきた事、程度の知識しかなかったが、この本を読んで、だいぶ知る事が出来た。
 この本は、朝鮮人大虐殺だけの事を書いたものでは無く、全体について、震災の揺れや火事、社会主義者が虐殺された事、などすべてにわたって知る事が出来る。
 とても読みやすく、当時の事が目に浮かぶように分かる本だった。
 当時の民衆がどのようになっていったかという事も良く分かる。
http://js30.at.webry.info/201409/article_6.html
 
記事へトラックバック / コメント


「後悔先に立たず」、早くやめて安倍首相

2017/09/01 14:25
 ネットを見ると、色々な情報が出ていて、安倍首相はいつも公邸に泊まらず、私邸に泊まっているが、北朝鮮のミサイルが発射される時だけ、事前に分かっているので前の晩、公邸に泊まっている。これでは、バレバレだ。もっとバレないように公邸にも多く泊まったらどうか、なぜ、事前に国民に知らせず準備する暇も無いようなJアラートなどならすのか、などと東京新聞の記者や、民進党の議員が質問、発言、などという面白い情報や、日本上空とは言え、500km上空の宇宙空間をミサイルは飛んだのであり、襟裳岬沖というより太平洋上である、という指摘もあって、マスコミの取り上げ方は、飛行機ぐらいの高度で北海道上空を飛んだような感じに放送、いたずらに国民の不安感や怒りを煽っている事が分かったり、など色々な情報があって真実が分かるが、まとめとして、ネットに出ていた古賀茂明氏のこのような考えが出ていたのでご紹介。

 北朝鮮が危険なのでは無く、安倍政権が日本にとって危険だという事を国民は皆、感じているがマスコミすらその事を、キチンと言わない。それも恐ろしい事だ。

 自民党内部からでもいいし、野党からでもいいが、はやく安倍首相を辞めさせないとだめだろう。
 9月9日には核実験もやりそうだというから、その前に日本は先日反対して加わらなかったというすべての核兵器禁止条約の批准をしてから北朝鮮を非難したらどうか。
 https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170826-00090650-playboyz-pol
 8月26日に出されたこの記事が、どんどん現実味を帯びているようでおそろしい。
 安倍首相の自分のこだわりの「戦争の出来る国作り」のために多くの日本人の命や、原発被弾で放射能による国土全滅など引き起こされたらもう取り返しがつかない。

記事へトラックバック / コメント


戦前の日本のような北朝鮮への石油を止める!?

2017/08/31 16:55
 ネット上に孫崎享が、北朝鮮のミサイル問題について述べている物が出ていて、読んでみると全く良くわかり納得の物であった。

 内容は、現在実験されているミサイルは、アメリカ向けの物であり、日本向けの物ではないという事。日本向けにはすでに射程200〜300kmのノドンが実戦配備されており、
200−300発のノドンは、山の中に配備されたり、移動式であったりで、同時に排除することはできない。これを排除する軍事行動は、膨大な先制攻撃をうける。との事。また現在のミサイル迎撃システムなどでは到底防げないのだという。
 だから、現在のミサイル実験は、別に新たに日本の脅威などになるものでは無い。もともと日本への脅威は存在しているということ。
 要するに、北朝鮮との戦争などになったら、とんでもない事になるので、絶対に戦争などしてはいけない、出来ない、という事だ。

 これは書いてない事だが、日本の原発にノドンがどんどん飛んで来たら日本は終わりだ。
 昭和20年代の半世紀以上前の朝鮮戦争のように、戦争が朝鮮半島だけでとどまっていることなど出来ないから、当時のように戦争特需で儲けようなどと思っている日本国民がいたら、時代錯誤もはなはだしいものだ。

 なぜ、北朝鮮が強硬な姿勢で来るかと言えば、アメリカが北朝鮮の体制を武力でつぶそうという考えがあるから、という事もよく理解できる。
 北朝鮮の体制を武力で潰そうなどという考えは、その結果は、戦争の勃発となり、朝鮮半島や日本が壊滅的ダメージを受け、アメリカ兵も大勢死に、中国には難民も流入するのだろうから、どこも得をする国は無い。(アメリカの武器商人は儲かるかも)

 韓国民も朝鮮戦争の悲劇を体験しているから絶対に戦争はしたくないだろう。
 現体制を武力で潰さなくても、いつまでもあんな金王朝が存在できる訳がないから、結局、戦争などしないで、北朝鮮自身に任せた方が絶対に良い事だ。後は北朝鮮の国民が自分たちで決める事だ。
 アメリカ、韓国や日本と国交を正常化させれば、現代の事なので色々な情報も入ってきて金王朝はそのうちにつぶれる事だろう。

 日本も世界の核兵器に反対と言う毅然とした立場をとっているのなら、北朝鮮の核開発に今のように反対しても筋が通るが、世界中が反対している核兵器禁止条約にアメリカに気を使って反対していなかったり、インドなどの核実験は認めているようだし、全然、筋も通っていないし、力も無い。
 ただアメリカの言うなりになっているのでなく、しっかりとした自分の意志を日本はどうして持てないのだろうか。そればかりでなく、現在はとてもその態度が危険なのではないのか。

 安倍首相は、北朝鮮への制裁の強化などとバカの一つおぼえのように言っているが、もし中国が北朝鮮への石油の供給を本当に停止すれば、かつて戦前の日本がアメリカからの石油を止められたのをきっかけにアメリカへの戦争を始めてしまった事も思い起こされる。
 今の北朝鮮は、ちょうど戦前の日本の雰囲気とある面、似たところがあるのだから、それは非常に危険な事になる。安倍首相は戦前の歴史など全く勉強していないようだけれども、取り巻きの人たちの中にも、そういった事をアドバイスするような人間はいないのだろうか?
 兎に角、おっかない話である。
 
 
 
 

 

記事へトラックバック / コメント


やめてほしいカラ大騒ぎ

2017/08/29 17:03
 言うのもアホらしいのだが、北朝鮮のミサイルが北海道の東方沖1200km?くらいに落ちたという事についてのテレビでの大騒ぎ。それに、新幹線を一時停止させたという。

 日本の国にミサイルの欠片が落ちてきてけがをする確率など、隕石に当たる確率程度ではないのか?

 物陰に隠れて下さい、などと画面に出ていたが、本気で物陰に隠れた人は日本で何人いたことだろう。戦前が好きな政権だから、かつての「隣組防火訓練」などが良い事と思っているのだろうか?
 空襲に備えて防火用水の水をバケツリレーでかける練習を皆でやっていた事、そういう人たちが焼夷弾で焼かれて大勢死んでいった事も多分、歴史を知らない政治家たちは知っていないのだろう。

 オスプレイの墜落の方がよっぽど危ない、と書いてあったが本当にそうだ。
 夕方のニュースで見ていたら、Jアラートの音に驚き、気を取られたトラックが他のトラックにぶつかって事故を起こしたそうだが、笑えない事故だ。

 もし、本当に国民の事が心配なら、まず、原発を直ぐに止めて、使用済み核燃料を順次、地下へ中間貯蔵する事を本気で始めてください。
 トランプ大統領の言いなりになって、アメリカの盾になどならないでください。
記事へトラックバック / コメント


見果てぬ夢「明石原人」直良三樹子著を読む

2017/08/29 16:22
 私が小学校のころ読んだある児童書の事を、最近、思い起こす事があった。それは、昭和30年代に出版されたらしい黄色のハードカバーの本で、子供向けの理科や社会科系の内容のシリーズ物の一つであった。

 2,3冊読んだそのうちの一つに地球の歴史のようなものがあり、今になって考えてみると、地質年代など同じ内容の事を後に学校で教わったのだが、それはろくにおぼえず、その本で憶えるともなく頭に残った「古生代」「中生代」「新生代」などの言葉や、後の時代になってNHKスペシャルの色々な『地球の生物の歴史』などといった番組で放送されてお馴染みになったようなイメージが、その一冊だけで、頭の中にそれらと同じようなイメージが出来上がってしまっていた気がする。

 その本は無くしてしまったのだが、その著者の名が、「直良信夫」という何か教科書にも出て来るような名の考古学者だった事を高校の頃だろうか?気が付いた事も、思い出した。
 
 もう一度、その事を思い出し、「直良信夫」という学者や、その本が本当はどんな物だったのか知りたくなりネットで調べてみた。

 本の方は、ネット古書店のサイトにあった。(ただ、本はすでに売り切れだった)
http://rihei-shobou.info/j3a3-089.html
 この写真を見ると、そうだ、こんな感じの、こんな内容の本だった。と懐かしく思い出す。
 その本の名は「地球と生物の謎」というものだった。

 「直良信夫」本人の方は、ウイキペディアにも出ていて、その一生は興味深い人生なのだと分かった。娘の直良三樹子という人の書いた『見果てぬ夢「明石原人」』という彼の一生を書いたらしい本があるようなので、アマゾンで購入して読んでみた。(直良三樹子という人は2011年に85歳ですでに亡くなっている人だった。)
画像


 この本は、読んでみると、とても面白く、小説のように一気に読んでしまった。松本清張が直良信夫をモデルにした小説を書いていたのだそうだが、そのように小説にもなるような興味深い人なのだなあ、ということが分かる。

 彼は、優秀だったが貧しい家に育ち、非常に苦労して色々な体験をしながら、学問への情熱は止まず、すごい努力をしてきた。だがアカデミズムの大道を歩けなかったからこそ、非常な辛酸をなめる。時代や病気などにも苦しめられる。
 しかし読んでいて、私は、彼の非常に自由な発想や広い興味は、普通の権威的な日本のアカデミズムに染まっていなかったからこそ出てきた面もあるのではないかなあ、というような気がした。

 彼は、苦労して早稲田大学の教授にまでなるのだが、その授業は自分の体験談や、色々な実物などを見せたり、常に発展していて、授業を受けた人の思い出ではとても面白いものであったようだ。
 私が、小学校の時にこの本を読んで感じた面白さは、やはり直良信夫が書いたものだったからなのだろう。シュタイナー教育では、子供が小学校くらいの第二7年期では、知識を単なる知識としての無味乾燥なものとして与えてはいけなくて、芸術的な感動や感情のこもったものとして与えなければ、子供の精神発達に害をなすと言われているが、その通りなのだろう。このような内容を子供に魅力的に感じさせるのはすごい事だ。(とは言え私の子供の時代にはテレビはすでにあったが、白黒だったし、今のNHKスペシャルのような子供も楽しめる本格的な科学の映像物など無かったからこそ読書ができたのかもしれない。)
 
 現在では、直良信夫の発見した旧石器時代の人骨は、旧石器時代の物ではないとなっているようだが(葛生人は違っていた。明石人は骨が空襲で焼けてしまったが、骨が出た同じ地層から人間の手が加えられた木の片が出ている)いずれにせよ、縄文時代、弥生時代、との区別すらつかず、日本に旧石器時代は無かった、などという程度の時代の頃から、それらを解明して行ったり、旧石器時代の追及をしていったりと、そのパイオニアとしての功績は大きいのだと思う。

 松本清張が直良信夫をモデルにしたという「石の骨」という短編小説も読んでみようと思う。
 

記事へトラックバック / コメント


「徳川家が見た戦争」 徳川宗英著 を読む

2017/08/25 21:59
画像

 最近、書店へ行った時に、岩波ジュニア新書で「徳川家が見た戦争」という本があった。2016年9月21日 第一刷発行とある。去年出た本だ。
 題名が面白そうなので、ちょっとページをめくってみると、前書きでこの人は、以下のように書いている。

 『〜 戦後七十年を過ぎた今、私たちは改めて「平和とは何か」問い直さなくてはならないと思います。日本人が戦争を語るとき、「私の親戚が満州で亡くなった」とか、「アメリカの空襲で知人が亡くなった」とか、誰もが被害者の立場で語ることが多いと思います。
 大規模な戦争を始めたのが日本であることを、ほとんどの人が話さないことに対して、以前から私はおかしいと感じてきました。アジア各国に甚大な被害をもたらし、日本の戦死者や空襲などで死亡した人数の数倍もの人数がアジア各国で死亡したのは、日本軍がアジアの国々で戦争をしたからです。
 日本人がいくら平和論を語ったとしても、この点を忘れているのであれば、説得力は持ち得ません。 〜  日本が本気で平和を守ろうとするのであれば、「日本人はこれまでどのような戦争をしてきたのか」、さらに「なぜ無謀な太平洋戦争を始めたのか」、目をそむけずにきちんと分析する必要があります。
 この努力を怠っていたのでは、どのように平和を守るのか具体的な方策は決して見えてこないでしょう。〜 』
 と、書いてあった。

 これは、だれもが感じている事なのだと思うのだが、ジュニア向けのちゃんとした本にこの視点が、キチンと書いてあるのは珍しいのではないか。(教科書の検定が強まってきた現在)
 
 そこで、この本を買って読んでみた。
 著者は、このような人だ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%97%E8%8B%B1
 この人は、終戦の年に海軍兵学校に入り、軍艦への空襲や、広島の原爆も間近で体験している。戦後すぐに広島の市街の惨状も見ている。海軍兵学校では、井上成美元海軍大将が昭和17〜19年まで校長を勤めたため、兵学校にはその影響が残っていて良かった事を語っている。井上成美は、山本五十六らとともに海軍の右傾化を阻止しようとした、合理主義者で、リベラリストであった人だという。
 そのような青年期の戦争体験や兵学校の教育体験が、この人の生き方に大きな影響を与えているように感じられた。

 この本は5章に分かれていて
第一章 私が体験した昭和の戦争
第二章 戦争がなかった江戸時代
第三章 なぜ日本は無謀な太平洋戦争を始めたのか
第四章 過去の日本の戦争から何を学ぶのか
第五章 徳川家が体験した昭和の戦争
 となっていて、2章と5章は徳川家に関係した事が書かれているのだが、1,3,4章は、私達がぼんやり感じている現在の日本への危機意識や、それへの考え方が、自身の人生体験も踏まえ、若者向けにしっかりと文章化されている。

 第三章の なぜ日本は無謀な太平洋戦争を始めたのか、という章を読んでみると、私などが今まで意識しなかった事が書いてあり、やはり戦後、技術者や経済人として活躍した人なのだと分かる。
 それは、「食料と石油の確保」と言う事で、明治以後の人口の爆発的増加も原因であるという。石油については良く聞く内容だが、食料についてはあまり意識していなかった。ハワイやブラジルへの移民政策もその大きな解決策としての政策だったが、それも様々な問題を引き起こした。満州移民も同じ発想だろう。戦前の日本の貧しさや、戦後間もない世代の人たちはまず食うために一生懸命に働いていた事も、そう言えばそうだった、と思い出される。
 現在の飽食の日本では、それらは想像もつかないような世界で、それが戦争の大きな原因の一つだった、とはあまり意識にのぼって来ないが、食料の確保と言う事も戦争の原因として大きなものだ、とあらためて意識された。

 次の四章では、現在の日本の食料自給率の低さを指摘している。食料や石油をほとんど輸入に頼っている現在の日本。一歩間違えば、戦争などの世界情勢の変化や、自然災害などが突然起これば、戦前と同じ戦争へと突き進む危機が来ないとはかぎらない事が理解される。

 第四章についても、「戦争はむごくて恐ろしい」「侵攻・侵略を続けた日本の戦争」「アジア周辺国を蔑視していた日本人」「今も続く輸入頼りの食料と石油」「アメリカ頼りでは日本は守れない」「永世中立国スイスに学ぼう」等々、重要な内容が書かれている。

 石橋湛山の思想についても紹介されている。また、「戦地ではやりたい放題で、女性も思うままになる。戦争は楽しいものだ」と口に出してはばからない日本人、そういった実態もある日本軍だった事を知りショックを受けた事も書いてある。

 「岩波ジュニア新書」だから、小学校高学年から中高生くらいの読者を想定して書かれた本だと思うのだが、現在の日本の大人が読んでも十分に示唆を与えられる本であると思う。

 この本を読んであらためて感じた事は、日本の食料やエネルギーについての考え方だ。色々な識者が語っているように、地方や日本の自然の特性を大切にしたり考慮し、そこで食料や再生可能エネルギーがかなり生産され循環されるような国、観光も大いに資源がありそうだ。そういった基盤の上に先端技術などもある国、そして現在のように、国をあげてのマネーゲームで貧富の差がますます開いていくような政策で無い、地道で誠実な国、他の強国に頼って、危ない目にあったり、武器やカジノで儲けようとするような、見かけの贅沢や華やかな生活のために自らの身を売るような国で無い国、そんな国を目指すことが、結局、色々な面で日本を発展させ、戦争へと向かわずに正しく豊かな道を選べる雰囲気が出て来るのではないか、そんな事もこの本を読んで思い浮かんできた。
 







 

記事へトラックバック / コメント


麦草峠から中山、にゅう、を回ってくる。

2017/08/23 22:21
 時々、一緒に山に登る従弟から、「どこか涼しい所にのぼりませんか」とのお誘いがきたので、「あまり厳しい山の日帰りは無理だから、白駒池からにゅうに登った事が無いのでどうですか。」と返事すると、麦草峠から丸山、中山、にゅう、白駒池と回って戻るコースを提案してくれたので、賛成して行く事になった。
 2万五千図で見ても、なだらかだし、標高差も最高点の中山が2496m、麦草峠が2120mだから、400m以下で大したことは無い、ハイキング気分で登れることだろう。
 という訳で、上田を6;00出発、従弟の車で麦草峠へ。トイレのある無料駐車場へ止める。出発は8:00頃、すぐに、麦草ヒュッテの横の駐車場からの登り口までほんの少し歩いて登り始める。
 
画像

 鹿よけの柵を開けて、丸山に登り出す。しばらく登ると少し下って平地になるが。そこは丸山の森という所。針葉樹の林はおりしも霧がかかってきて、コケ植物などが林の地面を覆っていた。雨が続いているせいか、様々な色のキノコが大きく生長してたくさん出ていた。
画像

 しばらく登って丸山の頂上となる。ちょっと開けていたが、霧で周りの展望は無い。
画像

 連日の雨で道はぬかっている場所も多く、北八ヶ岳の特徴だと思うが、大きな石が登山道にゴロゴロしていたりして、けっこう歩きづらい。
画像

 しばらく下って高見石小屋に着く。9:20頃か。すでに疲れてきたので小屋の前のベンチでちょっと休憩する。高見石が少し見えるが疲れそうだし霧っぽく、行っても白駒池も見えそうにないのでやめておく。
画像

 小屋の所にあった案内板。赤い矢印と、細い赤い線は、このPCで私が付け加えたもの。今日の道順を示している。
 中山への登りとなる。最初、少し下り、すぐになだらかな登りが続く。こちらも霧がまいて少し暗くなった樹林には地面はコケで覆われ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
 野鳥の声もほとんどなく、メボソムシクイの声が時々、一つだけくらい遠くに聞こえるくらいだ。
画像

 ここにはこういうコケがある、という案内板が立っているが、ゆっくり観察などしている訳にもいかない。ぬかるんだ道やぬれた石、丸太、など滑るので、視線を足元から離すことができない。傾斜もややきつくなったりして、思ったよりずっと長く感じる。それでもやっと今日の最高点中山の山頂部に着いた。
これは、中山展望台。ただ霧のため展望は無い。
画像

 従弟は、今日のコースを逆回りで以前、回った事があり、その時は、ここでお昼を食べたと言っていた。
画像

 風がかなり出てきたので、展望台で休まず、しばらく行くと中山の山頂となった。2496mである。樹林の中の道端に古い標識があるだけだ。
 さらに少し行くと、樹林が無くなり、シャクナゲやハイマツなども見える灌木が覆い、東側の展望が開けた場所に出た。ぼんやりと「にゅう」らしい出っ張りが霧の中に見えた。
画像

 ここの下りは、大きな石が積み重なったような道で、下るのにちょっと苦労だったが、それは直ぐに終わってホッとする。ここまで我々を追い越していった登山者は2名くらい。南から北上してくる登山者にここで初めて出会う。
画像

 さらにしばらく行くと、中山峠に至る手前に、「にゅう」への分岐がある。写真の時間を見ると、10;57である。出発から約3時間かかっている。ここからは、中山のなだらかな下りとなり、少し歩きやすくなった。こちらを登って来る人たちにポツ、ポツと出会う。リュックなどの様子を見ると、天狗岳や硫黄岳の方へと行く人たちが多いような感じだ。
画像

 下りて行く途中、右側のガケの方の展望が少し見える場所があり、見ると、南に硫黄岳の火口壁が見えているようだ。そのような場所でちょっと休憩する。
 さらに下ると、「にゅう」が見えてきた。なかなか鋭い岩峰だ。
画像

 道はまた石や木の根が出てきて、中々疲れる道になってきた。それでも、やっとこという感じでにゅうの頂上に到着。頂上からの一枚と頂上の三角点2351m。
画像

画像

 曇り空だったが、東側は雲が無く、佐久側の下界は見る事が出来たが、どのあたり、と確認は出来ない。少し下った場所でお昼にした。山頂の写真を撮った時間は、11:52だった。
 お昼を食べて白駒池へ下ったが、だんだん道が木の根や石のすべる段差が足にきいてきて、下りもけっこうつらくなってきた。登って来る人たちにも多くであったが、今度は、子供つれなど白駒池から「にゅう」までの往復の感じの人が多いような気がした。もちろん南下して縦走していくらしい人たちもいた。
 やっと平らになってきた場所に、白駒湿原という中々興味深い場所があった。
画像

 ヘロヘロという感じでやっとこ白駒池にたどり着き、青苔荘のキャンプ場で少し休憩する。
画像

 そこから観光客の歩いている遊歩道を通り、駐車場のある手前から麦草峠へと連絡する道へ入って麦草峠へ向かう。途中にやはり良い場所があったが、普通の観光客は気が付かないようだ。
画像

 心配したほど急な登りでは無く、なだらかな道をしばらく行くと麦草峠へ戻った。行く時に鹿よけの柵を開けて行ったが、またそこを開けて戻ってきたが、柵の内側の草花の見事さに気が付き、やはり鹿を防ぐと、元の植生にもどるのだろうな、と納得した。
画像

 無料駐車場には午後2時少し過ぎくらいに到着。6時間くらいの時間で回ってきた事になる。滑る木の根や石、ぬかるみの道、など、けっこう疲れたなあ〜。という感じだった。一回逆方向から回った事のある従弟も、軽登山というより、けっこうちゃんとした登山だったな〜、と同感していた。(お互い年をとったせいかもしれない)
 一昨年だったか、麦草峠から北の茶臼山,縞彼山、天狗の露地、坪庭、などを同じように従弟と回ってきた事があったが、これで北八ヶ岳は一応、主な所は歩けた事になる。激しい火山の遺物のような地形、色々な樹種の自然の針葉樹林、その下のコケ植物、地面や木々に着いた地衣類、など、魅力的な自然のある北八ヶ岳だなあ、と再認識することができた。






記事へトラックバック / コメント


NHKBS 昭和の選択 石橋湛山の再放送を見た

2017/08/18 07:05
 昨日は、NHKBS 昭和の選択 『“核なき世界”と権力への挑戦〜いま石橋湛山を見る〜』という昨年の今頃やった番組の再放送を見た。

 昨年、この番組は見ていなかったが、石橋湛山については、戦前から日本の植民地主義を批判していた人、首相になって直ぐに具合が悪くなってやめてしまい残念だ、など断片的に知っていただけで、どんな人なのか、はっきり知りたいと思っていた所だった。
この番組は、そういった疑問に答えるとても良い番組であった。

 番組の紹介は、以下の様なもの。
『戦前・戦中はジャーナリストとして活躍し、戦後は政治家として首相も務めた石橋湛山。戦中、厳しくなる言論弾圧の中、植民地放棄論を唱える湛山は、権力とどのように闘い、どのように言論活動を続けていこうとしたのか?また戦後、政治家となった湛山は、冷戦下で核の開発競争が繰り広げられることに危機感を募らせる。人類を滅亡に追いやる核戦争を避け、世界平和を実現させるべく、湛山が抱いた構想と思い切った行動とは何か?

【司会】磯田道史,渡邊佐和子,【出演】増田弘,船橋洋一,宮崎哲弥,高橋源一郎,【語り】松重豊 』

 印象に残った事は、戦前、ジャーナリストとして日本の植民地主義を批判する時も、当時の植民地であった朝鮮や台湾と日本との総貿易額と、米国、イギリスなどとの日本の総貿易額を比べると、米国などの方が断然、多い。従って、植民地をアジアに拡大していって、現地や欧米の反発を受けるより、植民地を返し、国際協調路線をとり貿易を発展させた方が良いのだ、と説いていた。それは全く戦後の日本の経済の行き方を予見したものであった。
 彼は、そういう現実主義の見方とともに、その根本には仏教の思想もあったという。

 戦中も、ひどい検閲を受けるが、批判精神はブレず、もう日本の敗戦や、戦後の方向を見据えていて、敗戦とともに政界へ出て行き、自民党の吉田内閣で大蔵大臣を勤めたりし、その後、総理大臣となる。石橋湛山は核兵器による第三次世界大戦を非常に懸念し、東西冷戦をやめさせようという考え方であった。中国との国交も結ぼうと努力した。
 石橋湛山が首相を辞めた後、国民の反対にも関わらず、岸首相が自民党主流派となり、日米安保を結んでしまい、独自の国際協調路線の考え方というより、現在のアメリカべったりの日本の問題の基を作ったのだという流れも分かった。

 もし、2,3年、彼が首相を務めたのなら、日本人は政治家と言うのはああいう人がなるのだ、という良いモデルをだれもが知り、後の時代が変わっていったのだろう、と出演者たちが語っていたが、今回、私は、日本もそこまで正しい方向へ近づいていた時があったのだなあ〜、と残念に思うとともに、もう少しの所で、現在のドイツくらいのレベルの西欧諸国のような政治の感じに近づけていたかもしれなかったのだなあ、という歴史の流れのほんのわずかの違いによって流れが変わるという分岐点があることも分かった。

 参加者たちは、今の時代ほど、石橋湛山のようなジャーナリストや政治家が現れてほしい時代は無い、と口々に言っていたが本当にそうだなあ、と同感した。歴史の道を誤らせるのはナショナリズムである、と石橋湛山は語っていたという。本当に経済的立場や、科学的合理性の客観的立場で、尖閣問題や原発問題を考えられる湛山のような政治家や、我々に正しい道をブレずに教えてくれるようなジャーナリストが出てくれることを切望する。
記事へトラックバック / コメント


NHKスペシャル 戦慄の記録インパール を見て

2017/08/16 12:17
 終戦の日のNHKスペシャルでは、インパール作戦についてやっていた。
 番組の紹介のHPをコピーすると以下のようなもの。

『相手の戦力や兵站を軽視した無謀な戦いで甚大な死傷者を出し、旧日本軍の体質を象徴的に示したとされる「インパール作戦」。「援蒋ルート」の遮断を主目的とし、ミャンマー(当時ビルマ)からイギリス軍の拠点があったインド北東部のインパールの攻略を目指した日本軍は、この作戦で歴史的敗北を喫した。餓死・戦病死した日本兵の死屍累々が並んだ道が「白骨街道」と呼ばれるほど凄惨な戦いの実態はどのようなものだったのか。これまでインドとミャンマーの国境地帯は戦後長く未踏の地だったが、今回、両政府との長年の交渉の末に現地取材が可能となった。さらに、新たに見つかった一次資料や作戦を指揮した将官の肉声テープなどから「陸軍史上最悪」とされる作戦の全貌が浮かび上がってきた。数々のスクープ映像と新資料、証言からなる「インパール作戦」の全記録は、決して忘却してはならない悲劇の記憶を、未来へと継承していく。』

 インパール作戦については、自分でもブログに書いた記憶がある。探してみると、福島原発事故のすぐ後であった。
http://js30.at.webry.info/201104/article_20.html 

 今回のNHKスペシャルは、貴重な映像や資料などを集めて、『数々のスクープ映像と新資料、証言からなる「インパール作戦」の全記録は、決して忘却してはならない悲劇の記憶を、未来へと継承していく。』と、番組紹介文に書いてある内容そのものであった。
 本当に当時の様子や、推進する軍人の実相もそうだろうなあ、とあらためて実感できた。
 
 原爆の絵のNHKスペシャル、このインパール作戦のもの、など、番組を企画、制作をしている人たちは、我々の戦後生まれの団塊世代の年代より、さらに若い人たちが作っているのであろう。
 今、全くこのような「歴史の真実・真実の歴史の姿」を、不勉強なのか理解する能力が無いのか、良く分からないが、無視して過去の日本やこれからの日本の戦争を肯定する政治家たちが日本を動かそうとしている。
 そして簡単に戦争に加担しようなどと考えているようにも見える。

 この番組に描かれた事は、現在の日本にも無関係ではない。

 そういった事に対する危機感が、ちゃんと歴史を見ている若い人たちの間にも大きく広がってきているからこそ作られた番組であったのだろう。

記事へトラックバック / コメント


2017年、夏の北海道登山 旭岳、赤岳、樽前山 

2017/08/15 23:30
 いつも夏山に一緒に行く千葉の弟も今年、定年退職。すでに定年だが講師として高校に勤務している福島の弟も加わり、3人で北海道へ一週間くらいの予定で登山に行く事になった。登る山は私が考え、日程などは千葉の弟、旅慣れた福島の弟がフェリーの予約やオートキャンプ用のテント関係を準備する事になった。

 福島の弟はまだ何かと用があるので、8月7日〜12日と決めた予定は変更できない。
 ところが、ちょうどその頃、迷走していた台風5号が奄美大島あたりから北上を始め、この調子だと、登山と完全に重なってしまう。風雨の中を登る様子や、最悪、一山も登れず観光に切り替えて私にとっては、無駄にお金を使っている様子が思い浮かんできて、楽しみな気分はしぼみがちだった。

 一日目〈7日〉は、前日、千葉から長野県に来ていた弟と、車で福島まで行き、そこで福島の弟の車に乗って青森まで行き、青函フェリーで函館まで渡ることになっている。仙台〜苫小牧のフェリーは予約が取れず、行きはこの方法となった。
 青森には夕方到着、フェリー出航が夜の10時なので、付近で夕食を、と車で出たが、道路が渋滞、なかなか食堂にたどり着けず、適当に夕食をとってターミナルに戻ったが、花火が上がり出し、青森の花火大会の日で渋滞していたのだと間もなく分かった。台風の方も、だんだん北上してきているようで、青森のターミナルで見た天気予報も、明日の道南は、曇りのち雨のような予報であった。
画像

 カーフェリーも初めての体験だった。ビューシートという場所をとってもらってあったが寝るのには適さず、良く寝れないうちに午前2時には函館港に着いていた。
 
 二日目(8日)

 暗闇の中を高速道路に入り進んでいった。初め羊蹄山を登る予定だったが、白んできた高速道路上の車の中から周りの山を見ると、上は雲が覆っている。睡眠不足のところ、さらに気力も萎えてきた。標高差1000m以上ある羊蹄山を止めにして、今日中に旭岳だけでも登ってしまおう、と予定を変え旭岳へと向かう事にした。
 3人いるので、眠くなっても運転を休まず交替で進める。雨もぱらついてきたが、途中のラジオの予報では北海道の北部や中央は晴れの予報で少し安心する。9時45分には大雪山のロープウエイの駅まで到着することができた。
 晴れといっても山の上は霧だろうという予想を裏切り、何と天気は快晴と言って良いくらいだった。青空に、正面の旭岳とその中腹から蒸気を吹きだす光景は、何度も写真やテレビ番組などで見たので、初めての場所の様な気はしなかった。室堂からの立山と言った感じである。ロープウエイの上から見た北海道の森林や、降り立った場所の姿見の池付近の高山植物(すでにチングルマなどは綿毛となっていて秋のミヤマリンドウが咲いていたが)などのすばらしさも分かった。
画像

池付近から上の火山の石ゴロゴロの登山道を登り出すと、南に連なる大雪山系の山々がはっきりと見えだしてきた。雲がかかった遠くの方はトムラウシなどの山だろうか?遅い登り出しだが、吹く風が夏と言うより秋風といった感じで涼しいのが助かる。
画像

 ところが、最近の体力低下が大きいのだろうが、昨晩ちゃんと寝なかった事や、朝の食事もちゃんととっていなかった事もあったのか、けっこうバテ出してきた。何度か休みながら火山のザレた急な登山道をやっとこ登った。コースタイムは、ロープウエイ駅から山頂まで2時間50分であったが、やはりそのくらいの時間もかかり、さらにこれ以上登れないくらいに疲れた。兎に角、北海道の最高標高(2290m)の山は登ったという事でホッとしたのだが、私は、簡単なハイキング程度の労力で登れると思い込んでいたのでちょっとショックではあった。山頂からは、四方のパノラマや、東側の黒岳方面への広大な高原状のくぼ地のような地形がよく見えたが、知らない山ばかりである。
画像

画像

 旭岳は外国人の登山者が非常に多いのが印象的だった。私よりちょと先に登っていた福島の弟が山頂にいた二人連れの登山者に聞いてみると、スイスとドイツの人であり、「スイスの山もいいけれど北海道の山もいいですね。」、弟は日本アルプスの宣伝もしたら、「ぜひ登ってみたい、スイスの山も登ってみてください」などと話したとの事だった。
 下りも古い靴底がすべって楽では無かった。
画像
駅まで到着したのだが、ロープウエイでなく歩いて下れば、すばらしい樹林が観察できるのだが、その気力、体力はなく、ロープウエイで下り、売店で聞いた大雪温泉「勇駒別の湯」の風情ある温泉に入って、麓の個人経営の小さなオートキャンプ場に向かった。
今年オートキャンプ用の大きなテントを衝動買いしたという福島の弟は車にルーフボックスをつけて道具を載せてきた。それを組み立ててから旭川市内へ夕食に行った。私は汗を大量にかき疲れてもいたが、回転ずしでアサリの味噌汁を二杯飲んだらけっこう疲労回復に良い効果があったような気がした?

 疲れ具合やテントを張る労力などを考え、夜の話し合いで、明日は天気が持ちそうなので、銀泉台から赤岳、小泉岳の方まで行って、同じこの場所で泊まる。次の日は、移動日として、山は休み、襟裳岬の方を回って、フェリーの出る苫小牧へ行きビジネスホテルへ泊まる。次の日、もし天候が登れるような状況なら、樽前山に登ったり、支笏湖あたりを見て、ゆっくり夕方発のフェリーに乗る事にした。このくらいな余裕のある日程が我々には適当という事になった。

 三日目(9日)
 朝の4時頃から起き出し車で出発、7:30分ころ銀泉台から登り出す。銀泉台までの森林もエゾマツやエゾアカマツなどという針葉樹などもあるのだろうか、本土と少し雰囲気が違ったすばらしい樹林帯が広がっていて、下にはこれも長野県あたりの山と違ったとても大きなフキがたくさん生えている。
画像

 銀泉台の駐車スペースは、私が想像していたのと違って、車が3,4台しか止まっていなかった。折しも定期バスが止まったが、やはり下りた人は4,5人くらいだった。7月初旬くらいの花のシーズンが混むのだろうか?名前の通り、豊富な泉の清水が引かれていた。登り始めるとキバナシャクナゲらしい木?が斜面全体に群生している場所があったが、花はついていなかった。キバナシャクナゲは、長野県あたりでは標高2500m以上のような場所にある気がするが、ここでは1000mも低い場所に生えている事になる。もっとも登りだした付近のコンクリートの堰堤に雪がまだ残っているのだから当然なのだろう。
 登るにつれて雪渓や周りの高山植物など、8月の今でも十分に楽しめる事が分かった。チングルマもまだ花の状態のものも多くあった。「大雪山の花」など事前に勉強しておけば良かったのだが、本当にここは多くの種類の花が咲いているように感じた。7月のシーズンなどはさらにすごいのだろう。
 心配した天気も、雨の気配は全く無く、第一花園辺りに来ると、下が雲海となり、北から東の周りの山々が雲の上から山頂部を出していた。シナノキンバイがある、などと話していたが、後で調べると、チシマノキンバイソウのようだったり、ミヤマダイコンソウと思っていたものは、ミヤマキンバイなのだろうか?コマクサなどもあり、湿性,乾性、両方の高山植物が非常に豊かなようだ。ハクサンコザクラのような花がたくさん咲いていたので、地元の人らしい老夫婦に聞いてみると、エゾコザクラとの事。これは今が盛りのようであった。途中、下って来た中年女性は、白雲岳避難小屋に泊まったのだがリシリリンドウが咲いていましたよ、とうれしそうに話してくれたが、どんな花か、ピンとこなかった。
画像

画像

画像

画像

途中は、ハイマツの中を登山道が続き、雪渓があり、その風景は、北アルプスの双六岳あたりを歩いているような感覚にとらわれた。
画像

画像

赤岳までのコースタイムは3時間10分なのだが、やはり3時間程度の時間がかかり、10時30分に到着した。コンビニで買ったものでお昼にした。赤岳山頂は、ちょっとした岩の突起でしかないのだが、裏側を見てみると、そこが山の山頂であると、分かるように、グンと急斜面が落ち込んでいた。旭岳、黒岳のラインの南側の広大な山域が広がっているのだが、スケールの大きさを感じる風景だった。
画像

画像

 計画時に、手軽に大雪山系の奥を覗ける山として選んだのだが、この赤岳は、根橋さんの「山岳巡礼」を見ると北海道百名山にも入っていて、やはりそれだけの価値が十分にある山だなあ、と思い、登頂の満足感があった。標高は2078mである。山頂でしばらく時間を過ごし、小泉岳の方まで足を伸ばせばさらに珍しい高山植物が見られたのだが、赤岳までで疲れたので止めとした。元気が良い人は、さらに白雲岳くらいまで行くようだ。
午後2時10分ころに登山口に戻って来た。帰り道、層雲峡の「黒岳の湯」と言う温泉に入った。そこで、行きに利用した層雲峡のセブンイレブンがスキージャンプの高梨沙羅のおばあさんがやっている店だという事も分かった。キャンプ場に戻ってくると、旭川では雨が降っていたという。我々は雲の上で、天気が良かったようで驚いた。この登山は、雨にも会わず、霧もまかず、人も少ない静かな登山が楽しめて満足だった。夜は、旭川駅のパルコに行って夕食にした。
 
 4日目(10日)
 朝、ゆっくりキャンプ場を出て、美瑛、富良野、と一般道を走り、道東道に乗って、帯広JCTで南下する自動車道へ入って、最近民間ロケット発射で話題となった大樹町を通り、襟裳岬に到着。風が強く小雨が降る様な天候であったが、岬の先端まで遊歩道を歩いてみた。日高山脈の先端という事で、中々良い場所だった。
画像
その後、アポイ岳登山口などを横目で見ながら、日高の海岸沿いに苫小牧まで行った。北海道の広さも何となく理解できたドライブの一日だった。苫小牧ではビジネスホテルに泊まったが、当初、すべてテント泊の予定が、テント泊では疲れるので、ビジネスホテルに変更したのだが、やはり疲れが確実にとれた。このホテルは温泉もついていたので、さらに良かった。

 5日目(11日)
 この日は、台風の様子を見て出来たら登山という計画だったが、ホテルのテレビで見ると、台風は東北の日本海側で温帯低気圧になってしまったようで北海道はオホーツク高気圧が張り出して、それほど天気が悪くならないようだった。旭岳の晴天もこの高気圧のおかげだったのだ。なので、予定通り樽前山に登ってみることにした。朝食をゆっくり食べて出発、大した時間もかからず樽前山の登山口に到着した。このあたりはもう国立公園内なのだろうか、長野県では志賀高原辺りを走っているような植生や自然度の印象だ。駐車場はほぼ満車と混んでいたが、ほとんどが札幌ナンバーの車で、その他少し北海道のナンバーが見られた。道外ナンバーは我々を入れて2台しかなかった。(道外の人でもレンタカーが多いのか?)
 ちょうど、「山の日」という事だろうか、登りやすいこの山には、家族連れや老若男女が大勢登っていた。
画像

画像

高山植物もけっこう豊富だった。高山植物では無いが、どういう訳か、ネジバナがたくさん生えていた。天気も悪くならなかった。1時間ほどで最高地点、東山(1021m)に到着した。曇っていたが、途中から少し霧が晴れ、展望も利き、溶岩ドームも、やはり一見の価値がある良い山だなあ、という感じがした。山頂でもいつも夏にいる蠅がいないなあ〜、と良く登るらしい人が言っていた。そんな点も良かったようだ。
画像
 
画像

画像

登山後、観光客でにぎわう支笏湖畔で昼食をとり、静かな国民休暇村の温泉に入り、苫小牧のフェリーターミナルに戻った。出航まで時間が相当あまったので、お土産などを買ったり、家に電話をしたり、ぼんやりと過ごし乗船した。今度のフェリーは、苫小牧〜仙台間を乗り、午後7時に出て翌日の午前10時に仙台着の太平洋フェリーだ。客室のレベルは色々あるが、昔の夜行列車の寝台のような、山小屋のようなレベルの、下から二番目のものをとってもらったが、これで十分寝むれるだろう、という感じだった。食事は船のレストランがあり、バイキング形式となっていて、これは都合が良いなあと思った。夜にはピアノとボーカルの小ステージなどもあり、色々な娯楽施設も整い、「はは〜、豪華客船の旅」などというものも、結局、これのレベルをうんと上げた同じような物なのだろうな〜。

 さて、小ステージを見ていい気分で寝ようと寝室に戻る途中で、船がけっこう揺れているのに気が付いた。館内放送もあったが、全く気になる状況では無いが気をつけてください、との事、「そうだ、ビジネスホテルで見た天気予報では、台風崩れの低気圧がちょうど帰りのこの船の航路と一緒になりそうだったなあ〜」と気が付いた。
 普通に歩こうとするとふらつくので、何かにつかまりたくなるくらいの揺れだ。船での揺れなど全く体験した事の無い私なので、「これはまずいな、船に酔ってしまう」と感じたので、急きょ缶ビールを買って、ちょっと飲んだ。最近アルコールをほとんど飲んでいないので、すぐに酔ってきたので、慌てて寝台へ横になった。幸い少し酒に酔っていたので船酔いの苦しみはせずにその夜を通過できたが、2,3時間は暗闇で遊園地の乗り物に乗り続けているような気分で、とうてい安眠などは出来なかった。

6日目(12日)
 12日に入ると、次第に揺れも少なくなってきて、少しは寝れたのだろうか、小雨に煙って牡鹿半島がぼんやり見えてくる頃、船のレストランで朝食をおいしくいただけるような感じではあった。レストランの窓から、すれ違う苫小牧行きの船が見えた。
画像

 無事、仙台に到着、福島の弟の家で昼食をいただき、自分の車で千葉の弟と上田に着いたのは夕方頃だった。千葉の弟は上田に一泊し、翌朝千葉に帰って行った。

 今回の北海道の山を振り返ると、何と言っても台風が途中で消滅してくれたことが幸運であった。(最後の晩にフェリーの上で台風崩れに出あったが)また、山では、北海道百名山である「赤岳」へ銀泉台から登ったコースが一番、印象深かった。
 トムラウシや幌尻岳など大変な日本百名山には一つも登れなかったのだが、北海道の山のすばらしさの一端にふれた気はした。広大で野性的な自然の感じが魅力の北海道の山であった。襟裳岬なども回ったり、フェリー体験、オートキャンプ体験も面白く、観光気分も味わえた旅であった。
 もう一回ぐらいは、北海道のどこかの山へ登ってみたいものだなあ〜、と三人で話していた。
 
 
  
記事へトラックバック / コメント


今日の報道特集で憲法の話、納得

2017/08/05 21:14
 今日、8月5日(土)のTBS報道特集で、戦争と憲法についての特集を見たが、とてもよく本質が分かる話であり、これは多くの人に見てもらいたいなあ、と感じる番組だった。
 
 番組HPには予告編と、このような言葉が出ていた。
 『 8月5日(土) 午後5時半からの報道特集は【戦争と憲法】をテーマにお送りします。俳優の仲代達矢さんがカメラの前で初めて明かす、72年前の壮絶な空襲の体験と、憲法への思い。落語家の桂歌丸さんが“戦争を知らない世代”の政治家に対し、伝えたいこととは。さらに改憲議論が進む憲法の原点についても考えます。是非ご覧ください。』

 番組を見出し、仲代達矢や桂歌丸の中学時代に体験した戦争の体験から出た迫力のある話を聞いていたり、憲法制定後出された、社会科の副読本の「新しい憲法の話」の戦争放棄の挿絵が、今でも通用する話だなあ、などと感心したりして、途中で家の用事をやったりして画面から目を離していた。
 
 また見出すと、今度は、幣原喜重郎の孫の姉妹が、(その前の場面を良く見ていなかったので多分そうだろう)幣原喜重郎のノートを示して、9条が出来たいきさつを説明している場面が出てきた。それによると、。無血で占領を受け容れた事からしても、日本人にとって天皇制の維持が必要という事を入れるという事と、日本がアジアなどに侵略して戦争を始めて、もう戦争放棄とでもしなければ、日本は世界に信用されず、これしか日本の生きる道はない、という感じで、幣原がマッカーサーにその事を提案すると、マッカーサーも目に涙を浮かべ、共感し、それで行こう、となった事がそのノートにしっかりと記されていた。

 その後、アメリカ側で原案を作り、それを帝国議会が修正したりして、ちゃんと双方で作っていったという経過が説明されていた。武力放棄の平和主義は、幣原がマッカーサーに提案したことであり(以前、NHKの番組で、天皇が幣原案に賛成していた、という事も、ネット上に出ていた、憲法草案を作ったのも東西冷戦の始まる前のアメリカの若いリベラルなスタッフたちだったような気がする。)
 要するに、日米共同で作ったものである。

 では、現在良く言われているアメリカによる押しつけ論がどこから出てきたかと言うと、安倍首相の祖父の岸信介首相が言い出したことなのであった。(おそらく東西冷戦下でのアメリカの変化を知り、過去の自分の立場も回復させようという気持ちだろう)国会でのその場面が出てきたのだが、その幣原喜重郎の孫たちの話によると、その頃「母が、それは違う、といってこのノートの要約を時の憲法審査会の会長に送ったのだ」との事。母とは喜重郎の娘だろうから、よく父から聞いていたりして真実をしっていたのだろう。
 その時の、審査会の会長からの手紙も見せてくれ、それには、このノートは憲法の成立について重要な記録である、というような返事もきていた。
 また、以前のテレビ録画で、その憲法審査会の会長のインタビューが紹介され、会長は、アメリカによる押しつけではない事をはっきりと述べていたのも紹介されていた。

 報道特集では、安倍首相の以前からの発言も放送し、首相は、日本国憲法はアメリカに押し付けられたもので、全くはずかしいものだ、と何度もはっきりと発言していた。

 最後に、戦後史の研究をしている保坂正康が、インタビューに答えて、日本国憲法の9条を変えようという事は、一個人や、一政党、一団体、などが軽々に決める事では無く、全国民がその入り口から皆で考えるべき問題である。でなければ、あまりにも戦後70年の歴史の重みを軽く考えているものである、と述べていた。

 以下は、番組を離れた自分の考えだが、本当にそうだなあ、と思う。安倍首相の本質は『軽い』という事なのではないか。
 安倍首相が、戦前、戦後史や、戦後の文化などに詳しいという話は聞いたことがなく、エスカレーター式に入った大学でも政治、経済、歴史などの勉強は本当にしなかったような話がネット上でも有名である。
 きっと祖父の言う事が絶対と思っているだけで、日本国憲法がどのようにして生まれてきたかなど本気で調べた事が無いのだろう。ただ左翼きらいの感情と、祖父への思いだけがその行動の力なのだろう。

 「教育勅語」を唱えさせた籠池氏を、自己の身を守るために簡単にトカゲのしっぽ切りした事でも、別に戦前の「教育勅語」を論理的にすばらしいと考えている訳ではなく(それは結構な事だが)自分のきらいな勢力に対抗するために利用していただけの事が明らかだ。

 番組では、以前のビデオで、「日本国憲法はアメリカに押し付けられた恥ずかしい物だ」などと言っている場面が出てきたが、トランプ大統領に金のゴルフクラブを送って、太鼓持ちさながら一緒にゴルフなどやっている人に、そんな事を言われたくない、と「日本国憲法」は言うだろう。

 番組では、最後に、桂歌丸の『戦争は絶対にやるべきでなく、どこかの国の戦争の応援もすべきではない」仲代達也の「9条があったから戦後70年平和が保たれたのだ、私は憲法9条を変える事には絶対反対だ」というような言葉を本当に重みを持って話していたのが印象的だった。
 






記事へトラックバック / コメント


内閣支持率再浮上でいいのか

2017/08/04 23:35
 ・森友学園の籠池氏は大阪地検に逮捕されたようだが、それなら安倍昭恵夫人や国有財産をただ同然で、籠池氏にくれた財務省関係や首相官邸、大阪府関係者も罪を問われるのが当然なのではないか、今後、そちらへも捜査が進んでいくのでしょうね?
 もし、籠池氏を入り口として、捜査を発展させていかないのなら、そういう事を検察がやらなかったら、国民の道義というか、道徳観は地に落ちてしまい、その損害たるや金額に換算できないほどものすごく大きなものになるのではないか。

 ・内閣改造で、内閣支持率が上がったという。これは民進党への失望とうらはらなのだろう。河野太郎が外務大臣になったが、彼は脱原発の考えを持った人だが、民進党は原発推進の考えの人もいるし、蓮舫さんも党首をやめた事だし今後どうなるのか。それなら現内閣に期待する、という感じになってしまうのも無理もないことだろう。安倍首相も権力への執着はすさまじく、支持率を上げるためならなりふりかまわないなあ、と感心する。
 
 ・加計学園の問題もこのままうやむやになってしまえば、さらに国民の倫理観ややる気は低下して、情実やゴマスリ、上意下達の北朝鮮化、中国化、が横行する世の中となることだろう。
 安倍政権下で総理の肝いりで道徳教育が復活されたが、教育現場では、「正直」とは「丁寧に説明する、と言って肝心の事はウソをつく事」と子供達に教えなければならない。

 国の借金はもうとりかえしのつかないくらい増え、原発事故の直後のような、新しい産業や生き方を模索する、という多くの人の意欲は全く生かされず、カジノを作って儲けようくらいしか考えない。北朝鮮の脅威を煽っているだけでもし戦争が始まったらミサイルの標的となりうる、日本を簡単に亡ぼせる原発を再稼働させようとしている。その日暮らしの日本はいつまで続けられるのか。愚かなウソツキ指導者を選んだ日本は、どんどん破滅に近づいていくような気がする。

 こうなったら、前文科省次官だった前川さんに政界進出してもらって新党でも作ってもらうしか希望が無い。
 
記事へトラックバック / コメント


印象操作のNHK朝のニュース 

2017/07/25 08:18
 昨日は加計問題の 国会閉会中審査が行われた。昨晩のテレビ朝日の報道ステーションを見ていたら、首相側と野党側の双方の発言のVTRが放送され、首相側は、ただ、記憶にないとか忘れた、とか、全く知らぬ存ぜずで通そうとしていた。
 ただ、首相は、それを今までのように喚き散らすのではなく、口先だけでは低姿勢で、その実、何も具体的には答えないようにしていた。

 今朝の朝のNHKニュースを見ていたら、この閉会中審査のニュースで、ニュースステーションと違って、首相側の「そんな事はしていません」という首相の言葉と、「岩盤規制を崩したのだ」という与党側の出席者の発言だけを報じていた。
 これでは、まったく事実を伝えた事にならないし、よく知らない人には、事実と逆のイメージを持ってしまうだろう。まさに「印象操作」である。(とは言え最近の国民はだれもが良く知っているので、NHKがやっても無駄だが)

 NHKも落ちるところまで落ちてしまったという感じだ。
 
記事へトラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク

上小30山のブログ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる