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上小三十山の「最近の風景」と「山道の自然」を中心に、伝えます。
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若葉の季節 山菜をいただく

2012/05/06 19:52
 
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 家の周りの野山は新緑の季節です。
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 山菜を色々といただきました。 タラノ芽
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 コシアブラ
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 山ウド
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 天ぷらにしていただきました。
 偶然、お二人からいただいたので、もう一皿できて、家族で十二分にいただけました。
 ありがとうございました。
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NHK 「子供たちへ 時任三郎 世界電気の旅」を見た。

2012/04/30 10:12
 今朝、テレビをつけていたら、この番組をやっていた。
 コンパクトにまとめられていたが、今までもやっていた番組などのもののまとめのような感じで、分かりやすく、しっかりとメッセージが伝わってくる内容だった。
 ドイツ、デンマーク、フィンランド、の三つの国の様子が紹介されていた。

 チェルノブイリ原発事故が起こり、1000km離れたドイツのその場所でも、農地や森林に放射生物質が飛来し、野菜などを捨てなくてはならなくなった事を機に、原発から節電、そして自然エネルギーに変えようと、一主婦が中心になって、自然エネルギーへの流れを作ったドイツの村の話。
 初めは、電力会社から問題視されていた人たちだったが、広い支持もえて、しだいに力を得てきた様子が紹介されていた。
 今、日本でも話題になりだした、電力会社の地域独占、送電線の独占、を変えていく様子も紹介されていた。
 やはり、制度的な面でも、日本もこういう方向に向かうべきなのだと思った。
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 太陽光パネルが屋根にたくさんついている村、小水力発電がきれいな川に設置されている美しい村の様子だった。

 次は、デンマークの話。
 これは以前、NHKの別の番組で紹介されていた地区であった。
http://js30.at.webry.info/201111/article_11.html
 内容はこれと同じ事である。それをまとめて一言で表現していた。

 最後は、フィンランドの話。
 核廃棄物の最終処分場「オンカロ」の取材だった。地下450mくらいの岩盤に建設中のものだ。
 フィンランドでは原発が維持されていく方針であるという。しかし、電力会社本社が原発の敷地内にあったり、住民も、原発の核廃棄物はその電気を使っている自分たちが引き受けなければいけないという事の覚悟をしてやっているようだ。日本のように、都会の本社で、また電力消費者は田舎に発電所を押し付けて、という感じとは違っていた。
 しかし、最終的に25万年たたないと、放射能は無くならない、ということで、100%の安全は保障できず、作っている人たちも、絶対に安全と思っている訳ではないことも紹介されていた。
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 原子力発電所に本社が併設されている。
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 オンカロの入り口。中では様々な実験、調査が行われていた。
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 実際に、廃棄物の埋められる地下450mくらいまで入った時任三郎は、「ここで働いている人たちには、日常になっていて、普通なのだろうが、私は、こういった施設自体のものすごさもそうだが、こうまでしないと処理できないものを作ってしまっている人間に対して、言葉にはできないものを感じた。」というような意味の事を言っていた。
 
 休日なので、家族で見た人も多かったかもしれない。短い時間ではあったが、見聞を広げて今後の日本の進むべき方向を考えるのに役立つ番組だったと思った。
 また、子ども達に原子力発電や自然エネルギーについて考えさせるための良い番組だと思う。

 
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東山遊歩道のトレッキングコース 続き

2012/04/27 19:16
 先日、東山遊歩道にトレッキングコースが作られつつあるのをお知らせしました。
 今日は、明神岩からさらに進んでみようと行ってみました。
 明神岩あたりまで登っていったら、10mほど先の木の枝に小鳥が飛んできて止まりました。
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 あとで調べてみると「キビタキ」でした。
 松がポツポツと生えている中に、色々な落葉樹の芽が開いて新緑のやさしい色がしだいに濃くなっていきそうです。ウグイスやヤブサメや色々な野鳥の声も聞こえます。
 そんなに急ではないので、そういったものを見たり聞いたりしながらのんびり登れるコースです。
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 山頂に近づくと、またトレッキングコースの標識が出てきて、左手(北)の方へコースは曲がります。
 ここを、右手へ山頂へ一足行くと、二等三角点があります。標高は震災前のもので797mです。
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 左手に戻って尾根を進みます。大体下っていきます。進行方向に向かって右手に須川湖や須川の集落も見え、田んぼのカエルの鳴き声が聞こえてきました。太郎山の方の展望もあり、気持ちよい尾根道です。
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 しばらくゆるく下ると送電線巡視路が右手へ向かい、トレッキングコースは左手へ向かう所があります。
 ここからは、まだコースの整備が十分でないようで、赤テープが所々についているだけの踏み跡となります。
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 コースの右手には水溜りのような池のような地形もありました。
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 コースは尾根上をさらに、北西に向かって進みますが、ずっと行くと車と離れてしまうので、今日は、コースから外れて、尾根から西に下りようとしました。
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 この辺は下からも見える岩場です。この岩の横あたりの斜面を降りて、いつもの東山遊歩道へ出ました。
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 道は無い斜面です。岩遊びによい岩。
 東山遊歩道におりたち、明神岩という標識のある場所まで戻って下りました。
 続きはさらに後日歩いてみます。

 東山遊歩道は、基本的に一直線で、車道の部分も多く、いまいちですが、このトレッキングコースが出来るとなかなかよさそうです。
 続きはどうなっているのか?
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太郎山〜虚空蔵山 尾根へ秋和から

2012/04/25 22:35
 秋和から、尾根まで行ってみた。
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 麓は桜が散り始めている。
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 登山道入り口に咲いていたミヤマキケマン
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 ヤマブキが咲き始めている。
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 クサボケ
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 タチツボスミレか?
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 アカネスミレか?
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 ヒトリシズカ
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 中腹のようす。
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 湧き水もあります。
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 尾根に近づく。
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 虚空蔵山の方へ少し向かうと、アズマイチゲとミスミソウの群生地がありました。
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 適度な伐採や上田市の色々な団体の保護活動なども良かったのだろう、しだいに広がっていくような感じだ。
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 尾根は標高1000mくらい、まだ春になりたて、といったところでしょう。
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放射線をPRする副読本 学校で配られている

2012/04/23 18:59
 今日の朝日新聞の声(投書欄)に「放射線をPRする冊子に怒り」という題で小学校のお子さんを持つ母親の投書が載っていた。

 小4の子どもが学校で配られた「放射線について考えてみよう」という題名の副読本を持ち帰ってきたという。

 その内容は、最も知りたい原発事故の危険性について教える事を目的にしたものではなく、むしろ放射線がいかに身近に存在し、有効に使われてきたかを強調する内容だったという。
 『特に「身近にある放射線を測ってみよう」と、計測器の写真がずらりと並べられたページには怒りが抑えられなかった。福島の子どもたちが計測器を首に下げて外出せざるをえないことを考えたことがあるのか問いたい〜』

 文科省は、億単位の税金を使って、このような物を作ってまだ事故も終息してない中、配っているのだ。

 放射能の副読本への怒りは、現役の高校教諭の方のブログ(「山と渓ときのこと酒と」というHPの『山里生活記』の4月18日のもの)にも最近書いてあり印象に残った。

 高校の場合は、「知っておきたい放射能のこと」という冊子であり、ブログでは、その内容や著者達のデタラメさを批判されていた。
  高校生用の内容
 http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/attach/1314239.htm

 投書欄に出ていた小学生用の内容
 http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/attach/1314118.htm

 原発事故が起こり、良心的な学者などの納得できる言説が、我々一般の人々にも色々と知られるようになっているというのに、優秀な官僚達!の運営している日本の文科省では、まだこんなものを出す状態なのだ。

 これでは、とうてい真の思考力や判断力を持った国民など育てる事はできないだろう。
 また現場の教師達の良心や、やる気をそぎ落とす役目しかはたさないだろう。

 朝日新聞の投書では、担任の先生が考えずに配った事を批判していたが、君が代問題ではないが、上意下達の教育界では、教師がこんなものいやだと思っても、配れと言われたものを配らないと、問題視される事だろう。
 全く戦時中のようなものだ。

 本当にこんな世の中でよいのだろうか。
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 テレビではすべて見れなかったが

2012/04/23 07:29
 飯田哲也ツイッターを見てみたら、『大阪府市エネルギー戦略会議』の動画が紹介されていた。

 テレビなどでは、一部ほんのちょっと紹介されただけだが、こういうものを聞いて見ると、この出席している人々のようなきめ細かいしっかりした考え方をどうして政府はサッと取り入れてやってみないのか、と感じる。

 橋本市長もこういう会を推進させていくという見識があるのだろう。
 高支持率の理由も分かる気がした。
http://www.ustream.tv/recorded/21916714
 
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東山遊歩道にトレッキングコース整備

2012/04/22 14:48
 最近、東山遊歩道(いにしえの丘の方から入っていった道端)に「トレッキングコース」の標識が立てられていた。
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 全体の案内板などはまだ出来ていないようなので分からないが、明神岩の方へ続いているようだ。
 ちょっとどこまで続いているのか行ってみた。
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 今まで、やぶっぽくて、快適に歩ける感じではなかったが、道の両脇も刈り払われていて気持ちが良いコースになってきそうだった。
 途中で、コースから外れて、明神岩へ行く。
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 雨が降ってきたので、ここから戻った。
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 コースは小牧山の最高点797mの方まで続いているようだった。そこをずっと回ってくるように、昔、営林署時代に、一回遊歩道が作られて、すぐに廃道となった、その道を復元してコースが作られたようにも見える。
 後日、明神岩付近からさらに行ってどうなっているか、確かめてみたい。
 また、それをご紹介します。
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青木村 塩之入池へ

2012/04/18 23:19
 ふと思い立って、青木村の当郷にある塩之入池あたりに散歩にいった。
 といっても、そこまでは車で。家から10分程度だろうか。
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 このため池は、戦争前夜に浦里村で村長のもと、力を合わせて作った事で知られている。比較的新しいため池といえる。塩田の沢山池と同時代のものだ。
 
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 池の周りを歩いていくと、ホオジロだろうか。飛び立った。
 池には水鳥の姿は無く、カルガモのような鳥が、端の方から二羽飛び立っただけだった。
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 タチツボスミレだろうか。
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 キジムシロ。
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 ヤナギの花も咲いていた。
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 池の上のはたの方へ登っていくと、焼き物工房のような建物や場所があった。これは何なのだろうか?
 後の台形に見える山は子檀嶺岳。
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 蝶が飛び交っていた。これはルリタテハ。
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 車を置いた石碑のある場所には、シュンランがたくさん生えていた。シュンランはどこにでもあるが、こんなたくさんシュンランが固まって生えている場所は珍しい。

 ブログを始めて2年目になる。昨年の今頃から原発などについて考えた事を書くことが多くなったが、今後このブログはどうなっていくだろうか?
 
 
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原発再稼動への疑問 情報

2012/04/15 20:39
飯田哲成ツイッターを見たら、これが紹介されていた。

保坂世田谷区長のブログ
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/0440270afa426fce9769f3c27812aeef

ロイター取材記事
http://jp.reuters.com/article/jp_quake/idJPTJE83C01C20120413?pageNumber=1&virtualBrandChannel=0

河野太郎ブログ
http://www.taro.org/2012/04/post-1190.php



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サンデーモーニング 風を読む 森林汚染

2012/04/15 10:17
 今朝の、テレビ、サンデーモーニングで、原発事故の森林汚染について取り上げられていた。
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 再稼動などと政府が簡単に言っているが、放射能に汚染された森林はいまだ、日本でも膨大な面積がある。
 チェルノブイリでは、こんな事が起こった。
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 福島の森林でも。
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 チェルノブイリで野生動物に奇形などが大量に発生している現状が紹介された。
 これは日本の森林の今後の姿を暗示していた。
 仮に除染のため落ち葉を取り去ろうにも膨大な面積、またそんな事をして生態系も乱すおそれもある。
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 識者のコメンテーター達も、日本人にとっての森林の大切さを考えると本当に心が痛む。政府がきちんと方針を出し、皆で節電をがんばろうという方向をきちんと出せばそれに従うのに。もし、もう一度事故が起こったら、もう日本人が住むところが本当に減ってしまう。海沿いに住んでいるが最近サーファーが少なくなり、関連の店が困っている。再稼動などと言っているが、経済的な面でも本当に長期的に考えて、簡単に目先の事で判断すべきではない。などなど、全員が、再稼動について反対していて、同感した。

 本当に、テェルノブイリで起きていた事は、この後、起きてくる訳だから、「この夏の」などという短期的な事で無く、しっかり現実を目を開いて見てほしい。
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原発再稼動について再び

2012/04/12 20:21
 再稼動についてさらに気になるので、ネットで情報を探して、いると、福島原発4号機の使用済み燃料についての、小出助教のコメントなどが入ったテレビ番組のユーチューブが出てきた。

 以前ブログで紹介したドイツの番組と同じだし、小出助教なので分かりやすく説明してくれている。

 このユーチューブのアクセス数が40万を越えているのも、国民の気持ちを表している。
 見てください。
http://www.youtube.com/watch?v=CezLuBZqd8U
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案内板が整備された夫神岳

2012/04/12 18:43
 しばらく前に気がついていたのですが、天気が良いので、案内板に敬意をはらいそれに従って登ってみました。
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 案内板を拡大。
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 岩屋観音への標識もちゃんとついていました。
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 岩屋観音すぐ行ってこれます。(15秒くらいで到着)
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 林道と合流する場所にもすべて標識がついています。林道と山道が交差する場所が多い山です。 
 林道を行っても同じではありますが・・。ダンコウバイが黄色い花をつけていました。
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 休憩舎につきました。東側の展望が開けます。四阿山から浅間山までの展望が開けます。
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 ここからは登山道でなくて林道を行きました。カラマツの芽吹きはまだです。
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 色々な鳥がいるようでしたが、写真に撮れたのはシジュウカラだけでした。一眼レフでないデジカメですぐ逃げてしまう鳥を撮るのは難しいです。
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 山頂はとても気持ちがよい場所。北アルプスや北信の山々が白く美しく見える場所です。
 帰りは正規の東側の山道を下ってきました。

 標識が登りやすく整備されたので、まだ登ってみない人はぜひ登ってみてください。
 ただ、今(4月12日現在)この登山口へ行く一方の車道(案内板でみると登山口に向かう上の方の道)が通行止になっているので、ちょっと道路を戻って登山口に着く必要があります。
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墓石について考えた

2012/04/10 21:55
 小泉大日堂の裏山へ行こうと、大日堂の裏の墓地の中の道を登って行った。
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 ここには、江戸時代の古いお墓もけっこうある。
 灯篭のようなお墓のてっぺんに地衣類が生えていた。
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 女性のお墓であった。
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 ハナゴケのかんざしが頭を飾っていた。
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 これは大日堂の前の石碑の台座。色々な地衣類がついている。

 一方、新しいお墓はピカピカ、ツルツルで、地衣類もコケ植物も生育しづらいのだろう、全く生えていない。
 我が家のお墓も、以前新しく建てたとき、ピカピカツルツルの石材で立てて、喜んでいたことを思い出す。

 昔は、その土地の石材で、表面もけっこうザラザラだったのだろう。
 今は、海外からの輸入物の(多分)石材をピカピカツルツルにして使っている。
 大量の石油を使って海外から船で石材を運び、ピカピカに磨いて地衣類などが生息できないような、水木しげるが喜びそうでないような、生物多様性にとっても悪い墓地の環境を作っている。

 自然葬を望む人が増えているようだが、人々はそんなピカツルがいやになってきているのかもしれない。

 そんな事をこの頃気づいたのだが、衣食住など暮らし方ではすでにそういった方向があると思うが、また地元の石材を使って、その場所の環境に溶け込むような、やさしいお墓を作る、などという時代がくることはないのだろうか。

 

 

 
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独鈷山 4月8日の展望

2012/04/08 15:38
 独鈷山の尾根まで登ってきました。
 一昨日、登ろうと思い行ったのですが、途中で雷鳴のような音が聞こえたとおもったら、雪まで降り出してきたのであわてて下りてきたのです。
 今日は、一転してのどかな晴天なので、登る事にしました。
 尾根からの展望。
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 東から北へ向かっての方向。
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 尾根から、すぐの頂上の方を見たところ。頂上までは行かなかった。
 北面にまだ雪がけっこうついている。
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 北アルプスの南部の一部が見える。
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 西から北へ向かって。北アルプスの北部が見える。
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 北の方向、北信の山が見える。
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 下に見えるのは沢山池と野倉集落。この写真の一本の松(右側に写っているもの)が枯れていたのが気になった。

 中腹の登山道脇にはフクジュソウがポツポツと咲いていた。
 西前山から登ったが、中腹から尾根へ登る登山道には、踏まれた雪が氷って滑って危険な場所がいくつかあった。
 
 

 
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大飯原発、来週にも安全宣言を出すという。

2012/04/07 09:43
 政府は何としても原発再開させたいようである。
 「東京新聞の記事」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2012040702000125.html

 大飯原発では、免震棟も出来ていないし、ベントの設備も無いという。

 政府の人たちは津波の事しか言っていないが、日本全国、原発直下で地震でも起きれば、配管や、炉の金属脆化の事も、福島原発で現実に起こった事や、その他の原発で話題になっているような事が起こる可能性があり、万一にもそんな事が起これば、福井県、滋賀県、京都、などほとんどだめになり、日本が本当にだめになってしまう事がこの大震災で全くないとは言えないと分かってきたのに、そして皆がそういった不安を払拭できず、また様々な科学者たちが警告しているのに、権力争いや駆け引きばかりで、震災後そういった知識を一般国民ほどにも学ぶ事もおそらくなかったのであろう。
 本当に学べない、将来の事を正確に考えられない、目先の事しか考えられない人たちの集団なのだなあとあきれる。
 国民のため、とか言っているが、要するに本質は権力欲で財閥の利益のために働かされている人たちなのであろう。

 原発は壊れたら、北朝鮮のミサイルの破片などが落ちてくる危険と比べたら、比べ物にならないほど重大なのに、北朝鮮のミサイルには大騒ぎして、指令を出して準備しているのに、一方原発を再開するとは、本当に非科学的な思考しかできない人たちだとあきれてしまう。
 昔、中国やソビエト時代だってミサイル実験など日本を跳び越して打ち上げていたわけだ。その破片がだれかに当たった事があったのだろうか?

 一方、地震が活発化する日本で原発を稼動させる事の危険に今回、これほどの多大な犠牲を払って、やっと国民が気づいたというのに・・・。

 電力不足と言っているが、この冬も、日本の街では各地で夜にイルミネーションが輝き、また作らなくても良いようなリニア新幹線を作る計画だし、東京スカイツリーの下には水族館を作る、といった風潮だ。
 だれも、真に必要な電力が不足している、などと信じている者はいないだろう。

 枝野経産相も、NHKのニュースウオッチ9に出てきた時は、国民の気持ちが分かった人だ、これは大丈夫か、などと安心していたが、やはりだめだったのか、とがっかりだ。今回、彼は平気でウソを言う人だということが分かった。
 
 橋本大阪市長は絶対反対をつらぬくような事を言っている。
 結局、従来の既成政党から国民の気持ちが離れて、橋本新党へとなびいていく気持ちも無理もないという風になってしまうのだろうか。それもまた心配な事である。

 原発を推進してきた人たちは、全く福島の人たちや国民の前に責任をとらずに、どんどん時間がたって、このようにうやむやになっていこうとしている。
 日本人の美徳は何でも「水に流して」という事だそうだが、放射能は水に流してもいつまでもどこかに溜まって、残る訳だ。
 5年後、10年後にその影響も現れてくる。
 今回ばかりは、水に流せない事を知るべきだ。

 事故を起こした責任者が安全だと言えるか。
 それを平気で取り入れる政府も、いいかげんというか、財閥のいいなりというか、もう完全に国民の信頼を失うことになるだろう。
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丸子町 岩屋観音

2012/04/03 18:43
 昨日、用事のついでに丸子町の岩屋観音(岩屋堂)へ行ってみた。
 ここは桜の名所でもあるので、以前も来た事がある。
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 岩屋堂前の駐車場から。お堂も見える。
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 登り口にあった石碑。
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 お堂へは正面の石段を登っていく。お堂から左手に少し登ると、この写真を撮った東屋がある。
 昨日は、こちらへ行く前に、お堂の門の手前から、「岩窟古墳」という標識に導かれて、右手へ登ってみた。
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 すぐに太子堂というのがあり、そこから上へ道は続いていた。
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 急な道に、工事場の足場のような階段が作られていて、そこに大きな岩のくぼみがあった。
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 説明版。
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 あらためて、岩の奥を見てみた。
 そこから、さらに階段は上に続き、少し登ると岩壁の上の尾根に出た。
 尾根上の西側は急だがガケでは無く、尾根を歩いてしばらく登る。
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 丸子町が眼下に見える。
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 ピークのようなものでもあるのかな、と思ってしばらく尾根をたどったが、それほどの場所はなかったので、適当な場所から引き返した。(さらに進めばどこかにでるのかな?)
 
 以前来たときは、気づかなかったが、興味深い場所でもあり、適度な運動にもなる場所であった。
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ETV特集 「埋もれた初期被爆を追え」ネットワークで作る放射能汚染地図を見た。

2012/04/02 19:07
1日の日曜日、ETV特集 「埋もれた初期被爆を追え」ネットワークで作る放射能汚染地図
 再放送を見た。
http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2012/0311.html
 
 放射性ヨウ素131は、半減期が8日と短く、すでに環境中に出たものは少なくなっていて、現在、爆発当時のヨウ素131の量は分からない。
 しかし、事故当時、福島県ではそれに大量に被爆した人たちがいた。そして事故当時の混乱で、どのくらい被爆したのか、計測されていなかった事が分かっている。
 
 放射性ヨウ素は甲状腺に吸収され、それによって甲状腺ガンを引き起こす。子ども達、小さい子ほど甲状腺が小さく、影響は大人に比べ何倍にも大きくなっていくという。

 しかも、甲状腺ガンの発症はチェルノブイリの場合、5年後から多くなり10年後にピークとなったのだ。(これは、その情報についての当時の私のブログ)
http://js30.at.webry.info/201103/article_13.html

 番組を見ていると、1号機が水蒸気爆発した頃、(例のシミュレーションシステム、スピーディーなどの情報が伝えられなかった事が後に知られてもいるが)浪江町津島地区では、浪江町の多くの人や子ども達が、どこからも正確な避難指示や情報が伝わらず、(町で独自の判断で避難が始まったと言っていた。)風向きでやってきた放射能に曝されていた様子が再現されていた。
 さらに、皆が福島市などに避難した後もそこに残っていた家族もあった。

 セシウムのように地上に残っていれば、拡散状況がすでに公表されているように分かっているわけだが、ヨウ素131は、皆が、どのくらいの放射能を浴びていたのかが、現在はっきりしないのだ。

 しかし、その時一緒に行動していた浪江町の診療所の医師の持っているレントゲン用の被爆を計るメモリーでは、とても高い放射線量が記録されていた。
 医師は、現地を訪れた管首相はじめ関係者多くに、すぐに甲状腺の被爆を計ってくれと頼んだのだが、だめだった、と語っていた。
 その後、福島県が遅れて行った児童などへの甲状腺放射能検査は、機材が不十分なため、本当は良く分からないものだったという。

 事故後、早めに浪江町などに入って甲状腺の放射能をちゃんとした機材で正確に計っていた弘前大学の教授達は、かなり高い被爆の可能性を指摘していた。
 そして、その事を地元に伝え、被爆した子ども達を探して、追跡してフォローしていく必要があると、熱心に動いている様子も紹介された。

 いずれにしても、そこでは、爆発が起こった13日から、さらに大量な放射能が放出された15日にかけての計測がなされなかった。

 そのあたりの計測状況について、国の原子力の関係機関などへのインタビューの様子を見ていると、お役所は、全く事務的回答で、本当に他人事のような答えが返ってきて、やはり国のそういった所に任せておくとだめだなあ、と痛感した。
 その本人は悪い人ではないのだろうが、やはり巨大官僚的組織の中にうもれて暮らしている人では、本当に実感を持って現場の様子など想像できないものなのであろう。

 画面から本気が感じられたのは、福島県の放射能計測の係の人だった。
地震や津波、停電で、原発周辺の無人のモニタリングポストが全滅し、急遽自動車による計測に切り替えたが、爆発が続き、無理はできなく、本当にひどい時期に計測できなく、悔し涙を飲んだ感じが画面から伝わってきた。

 しかし、その無人のモニタリングポストを現在その人たちで復活させている過程で、原発に近い所のポストにデータが残っているものがある事が分かってきた。

 福島県の係の人たちはこの貴重なデータを、公表することにした。

 そのデータは注目を集め、大気汚染拡散シミュレーションの研究をしている研究所の科学者と放射能計測の研究者などがチームを作って、事故当時の「ヨウ素131」の正確な拡散シミュレーションを作った。

 ヨウ素はセシウムなどと違う流れをしているのだそうだ。
 大分、分かってきたのだが、さらにデータの残っているポストが発見され、今後さらに正確なシミュレーションが出来ていくようだ。
 これによって、どの場所にいる人が(子ども達が)どのくらいの「ヨウ素131」への被爆があったかが分かってくるという。

 現在の所ということで、テレビに「ヨウ素131」の放出の様子が画面に映されていた。

 浪江町だけでなく、いわき市周辺や栃木県、茨城県あたりでも高い所がある事が分かってきた。

 テレビの画面を撮ったものを紹介する。(連続で映ったものの一部です。また再放送時に起こった地震情報が一緒にうつって見づらくなっています。)
 私の住んでいる上田市周辺にも、放射性ヨウ素が広がってきた様子が分かる。
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 ヨウ素剤が配られなかった町について以前、取材報道されていた事もあった。
http://js30.at.webry.info/201110/article_8.html
 いずれにせよ福島県だけでなく、関係の県の子ども達の甲状腺の継続検査はしっかりされるべきだ。

 ここには無いが、シミュレーションを見ると、海の方へ相当流れて行っている時間帯があったことが分かる。
 これが、日本海側にある原発だったらどうだろう。などと考えてしまった。
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福島原発4号機の現状

2012/04/01 08:23
 久しぶりにブログ 「Various Topics」 を見たら、ドイツのテレビ局?の取材の映像が、人から紹介されたもの、ということで紹介されてあった。
 最近の、福島原発4号機についてのものである。
 外国のテレビ局へのインタビューだから国内向けよりも日本人も本音の所を言っている面があるように思う。
http://www.youtube.com/watch?v=uOgoZDDsRkc
(後半部分にその事が、出てきます。)

 原発再開など言う事は、もってのほか、と思っていたが、やはり現状は、本当に慎重に考えたら、さらに、さらに、厳しいものであると分かる。

 日本も、もうほんとうに「その日ぐらし」の考え方をやめようではないか。

 「この夏の電力が足りない。」そのために、子孫へ放射能のゴミを大量に残し、日本絶滅へのリスクをかかえて、多少の電気を作ろうと、どうして言えるのだろうか。

 皆で力を合わせて節電すればいいではないか。脱原発へ向けてがんばろう、自然エネルギーがんばって作っていこう、と政治がきっぱり決断すれば、国民は喜んで協力することだろう。

 
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「アカ」 川上徹著 を読んで、斉藤喜博を思い出した。

2012/03/31 10:31
 
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 「アカ」川上徹著を読んでみた。

 この本は、私が時々見ているHP「山と渓ときのこと酒と」の吉瀬総という埼玉県の高校の先生の読書ノートに最近紹介され知ったものだ。

 これは、当時、日本で作られた教員労働組合への、長野県での昭和8年に起こった弾圧事件の話である。
長野県人であり、長野県で定年まで小学校教員をやっていた私であるが、良く知らない話であったので、興味を持った。

 私は、在職中、大体の間は県教祖の組合員であったのだが、皆が入っているから、入っているだけで、(長野県では、私が新卒の頃は管理職以外の人はほとんどの人が組合に入っていた。現在は違う。)動員や署名活動など義務的に、いやいやこなしていただけで、熱心に組合活動や勉強をした訳ではなく、この戦前の「2,4事件」など、組合の資料や労働関係などの書物でもふれられていた事件なのだろうが、全く印象に残っていない。

 私が、記憶に残っているものといえば、県内の白樺派の小学校教員が自由な雰囲気で教育をしようとして問題となってやめさせられた話(これは大正時代)で、これは何度か色々な所に出ていて、牧歌的なお話という感じで、どういう訳かあまり暗いイメージは持っていなかった。
 また、戦後の「レッドパージ」という時代の事。小学校の同級生から聞いた話で、「親類の校長をやっていた人が、その時に信念を貫いて辞めさせられた。」と聞いた記憶や、学校に出入りしていた教材屋の年配の主人について、私より年した教員が、「あの人はレッドパージの時、辞めさせられた。元教員だ。」とか聞いた記憶があった。(これは、はっきりしない話だが)
 こちらは、何となく歴史に出てきたレッドパージという名称と、人からの伝聞で戦後の混乱期の話だ、とぼんやり記憶に残ったものだ。

 だから、私にとって、長野県の小学校教師への権力の弾圧というと、その二つしか意識がなく、実体をちゃんと知っていなかった。

 しかし、もちろん、私の認識が不勉強でぼんやりしていただけであり、この「2,4事件」というのが、「治安維持法」が適応され、戦争へと国をあげて向かって行かされた、歴史のターニングポイントの場所である重要な事件であったという事をはじめて知った。
 また、国と教育との関係という点から考えると、私が教員だった頃から現在までずっと、戦前ほどではもちろんないと思うが、日本では、まだまだ国家が学校を上から管理するような戦前的雰囲気は残っているなあ、と改めて思い出された。
 そして、そういったものが、「緑の党」が日本では出来なかったような、根本的な所につながっているような気もする。

 さて、前置きが長くなったが、この本の著者は、その「2,4事件」で「治安維持法」により検挙された南穂高小学校教員、川上潔、の息子である方が、2002年に出版した本である。
 著者は父親との関わりの中で、ある程度は知っていたこの事件を、父親が亡くなってから、本格的に調べようとした。私より10歳上だから現在72歳の方だ。
 やや年上だが、同世代の感覚もかなりあり、大体理解できる感じがした。
 
 当時、事件で検挙されたりした人たちは、皆、若く、教師として情熱を持って、しかも優秀な人たちが多かったようだ。
 そして、思想的なものというより、あまりに厳しい農村の貧しい現実から行動にかりたてられたり、当時の共産主義へのイメージ、リーダーの教育への力へのあこがれ、等によっても運動に引き寄せられていったようだ。
 
 この本を読んでいて、私は「2,4事件」の同時代の小学校の現場を描いた一つの文章を思い出した。
 それは、「斉藤喜博」が戦前、戦中の自分のいた学校での事を書いた文章だ。

 今回、斉藤喜博全集を調べてみると、それは昭和31年11月発行の「石をもて追われるごとくに」というものに書かれたもので、全集では11巻に「小さな歴史」という題で載っている。21ページの思い出の文のような短いものだ。

 文の始まりの部分、『〜川辺桑夫、山下清、金井芳郎、石山徹、東山清澄の五人は、そういう息苦しいような空気のなかで、あくまでも自分たちの実践を守ろうとして、昭和八年九月に、土曜会という小さな自分たちのグループをつくった。〜』
 とある。この文中の川辺というのが斉藤喜博の事である。
 この会がつぶれていく経過が書かれているのだが、戦争時代の小学校の職場のリアルな様子がどんなものか、斉藤喜博のような人でなければしっかり表現できない、教育や人間の真実の様子が、分かりやすく端的に書かれていると思う。

 教員をやめて、もう「斉藤喜博全集」などもいらないな、でも始末するのはちょっとためらわれるなあ、などと思っていたが、こんな事でこの文を読み直すとは思わなかった

 大阪や東京など大都市では、教育の現場への権力的な圧力が強まっているようだ。
 現在、教育現場の様子に、苦しさを感じている現場の方々も増えてきているのではないか、この斉藤喜博の短い文章は、現在、こんな時代になってきた危うさを、はっきり意識させられるとともに、また力づけられる面もあるのではないか。
 もっと再評価されて読まれても良いのではないか。

 そして、そんな時代に逆戻りしないよう、我々はそれぞれの場所でしっかりしないといけないと思う。

 (なお、蛇足的な話だが、この斉藤喜博の「小さな歴史」に出てくる、学級経営に苦しむ熱心な同僚の若い先生が、都丸十九一(とまるとくいち)という人だ、という事、その時の様子が、以前私が人からいただいた「民俗学と学校教育」日本民俗学会編1989年発行、という本にある佐藤雅世という方の論考(社会科教育における生活文化学習の展開 ―都丸十九一の研究・実践を事例にしてー という論考に、興味深く出ていた。事も思い出された。)

*斉藤喜博はウイキペディアにかなり詳しく載っていた。
*都丸十九一もウイキペディアに少しではあるが載っていた。
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早春の花

2012/03/30 17:08
 家の近くの独鈷山でまず咲く花々
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 フクジュソウ 北面の麓や中腹で咲きます。
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 ダンコウバイというのと、アブラチャンというのと両方咲くようですが。今日、沢ぞいの林道に咲き出していました。
 写真はダンコウバイでしょうか?
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