外国人労働者の朝のニュース

 コロナで会社が不景気になり、外国人労働者を首にしたのに『自己都合』での退職としているため転職ができなくて外国人労働者が困っている、という事を朝のテレビニュースで伝えていた。

 「外国人労働者」というものをどう考えたらいいのか、いつも良く分からないような変な気分でいたが、先日の白井聡の「武器としての資本論」を読んだために、これは「そういうことか」とはっきりわかった。
 この前のブログにその感想を書いた。

 「外国の人を使って、自分たちの大変な仕事をさせるのはおかしいよなあ」と常々思っていたのだが、やはりそれはおかしい事だったのだ。
 「資本」は余剰価値を生み出すために自動的にその働きで安い賃金で大きな余剰価値を出そうとするという事なのだ。
 別に会社で働く人や、外国人労働者が幸せになるためにそのように動いている訳ではないのだ。

 地元などの企業が外国へ工場を移転し出した頃、私は、「へ~すごいなこういった自分の周りの会社ですら『外国』へ進出する時代になってきたのだ。日本はそんなに力をつけて発展しているのだ」などとその訳も分からずぼんやり考えていた。

 その後、海外へ展開していった会社の従業員がえらい豊かで幸せになったという話も聞かないし、家族とも離れて何となく大変そうだなあ~などという感じが伝わってくるだけだ。
 また、国内の体を使う苦労な仕事は、日本人の若者はすぐやめてしまい、外人労働者が増えて来た、などと聞くようになり、それなら日本の若者はより楽な仕事で豊かに暮らしているかと思えば、そんな感じでも無い。外国人労働者の方はと言えば、そういった権利すらちゃんとしないでこういった悪条件の中で働かされている感じだ。

 これも「資本」の働きからしたら当然、余剰価値をもとめて、安い賃金、グローバル化の方向へ自動的に流れていくのが「資本制」の自然な流れなのだなあ~。日本人は「自然」を愛し、それに身をゆだねていく心性があると言われているのだが、このまま「資本制の世の中」に『川の流れのように」身をゆだねて流されて生きていきますか?

 根本を知らないでいると、ただ流されていくだけだが、根本が分かれば、根本的に考えることが出来るし、対応もただ慌てた対処療法にならないのだと思う。