「武器としての資本論」白井聡著を読む

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 私は、マルクスの「資本論」そのものを読んだことは無いのだが、「資本論」・マルクス、などという言葉から湧いてくるイメージはある。

 例えば、戦前が舞台の映画かなんかで、共産党活動に入ったインテリの大学生が狭い下宿で「資本論」を読んでいて、踏み込んだ特高警察が本箱の裏に隠しているそれを見つけて学生が引き立てられ、資本論が畳に散らばる・・。
その本には、何か重要な秘密の真理があるような、また戦前の国家がそれを恐れ禁じて弾圧しているような重苦しいイメージだ。
 江戸時代のキリスト教弾圧の時代の頃としたら『踏み絵』のイメージとも似ている。

 「資本論」はとうてい読めそうな気がしない、しかしこの本は何か、マルクス「資本論」の本質が分かるように書かれている本なのではないか? 安倍政権とはどういう物であったのか、とても鋭く、腑に落ちるように述べられている著者の事だ、きっと期待できるだろう。そんな気がして今回、読んでみる事にした。

 「はじめに」のところを読むと、白井氏が大学生の時、デパートの上のレストランでアルバイトをしている時の体験が書かれていて、店長とアルバイトをしている自分、客と売り子、店長とその上司、などから感じた事が出て来る。
『「資本論」のすごいところは、一方では国際経済、グローバルな資本主義の発展傾向というような最大限のスケールの大きい話に関わっていながら、他方で、きわめて身近な、自分の上司がなぜいやな態度をとるのかというような非常にミクロなことにも関わっているところです。そして、実はそれらがすべてつながっているのだということも見せてくれます。言い換えれば、「資本論」は、社会を内的に一貫したメカニズムを持った一つの機構として提示してくれるのです。ここが「資本論」のすごさなのです。
 今、世の中に出ているマルクス入門。「資本論」入門といった本を読んで、このすごさが生き生きと伝わってくるものが見当たりません。だから「資本論」の偉大さがストレートに読者に伝わる本を書きたいと思いました。』
 と、ある。

 第14講まで分かれていて、ちょうど大学や市民講座のような感じになっている。
 後書きを見ると、
『平川克美さんが主宰する隣町珈琲のイベントで行った「資本論」入門講座をベースに用いました。』とあるので、そういった市民向けの話が元になっているようだ。

 各講座では、「資本論」の中に出て来る重要な概念について解説されている。
 例えば、第2講 資本主義社会とは? 万物の「商品化」
     第3講 後腐れのない共同体外の原理「無縁」商品の起源
     第4講 新自由主義が変えた人間の「魂・感性・センス」「包摂」とは何か
     第5講 失われた「後ろめたさ」「誇り」「階級意識」魂の「包摂」
     第6講 「人生がつまらないのはなぜか」商品化の果ての「消費者」化
     第7講 すべては資本の増殖のために「余剰価値」
     というように14講まで続いていく。
     各講で、「商品化」「無縁」「包摂」「消費者」「余剰価値」などの概念がどういう事なのかを伝えている。
 その伝え方は、例えば第5講でいったら、映画「男はつらいよ」の第1作目について、ここでの寅さんの態度の二面性?真意、が理解できなく寅さんに反感しか感じられない世代が生まれてきている事を取り上げ、『人間存在の全体、思考や感性までもが資本のもとへと包摂されるようになる』という事が説明されている。こんな風に、私のようなものにも面白くて思わずこういった本にではめったに無い事だが一気に最後まで読めてしまった。。

 白井氏は、『 本書は、「資本論」の入門書ではありますが、裏にあるテーマは、「新自由主義の打倒」です。「現代は新自由主義の時代である」という前提を置いた上で、それへの対抗策として改めて「資本論」を考える。 ~  その視点の一つは、第4講で紹介したデヴイッド・ハーヴエイが指摘したように、「新自由主義とは実は「上から下へ」の階級闘争なのだ」ということです。』

 白井氏は、日本がアメリカの属国的な生き方を続け、人々の心が「奴隷的」になってきてしまっている事を指摘し、私も共感するのだが、ここでも同じように我々の魂が「資本制」によって「包摂」されてしまっている状況を「資本論」の概念を武器にして示しているのだと気づかされる。
 若者が弱い老人を狙って何億もの『振り込めサギ』を行っているような嘆かわしい世の中、収穫期になると農家が苦労して作った果物を盗む泥棒が多く現れるような昔なら考えられないような世の中、大地震が来れば日本滅亡の恐れもあるのに電力会社の事情優先で原発を再稼働してしまうような理解できない世の中、株価を上げるためだけに国が資金をジャブジャブと使っているような不可解な霧に包まれたような世の中、そういった不可解さがなぜ現実に現れてしまっているのか、その理由が少し分かってくるような気がした本書だった。

 *今回、この本を読んで、私も以前、マルクス・資本論についてちょっとその周辺の事ではあるが、感じた事があってブログに書いた事も思い出した。
https://js30.at.webry.info/201711/article_9.html
 白井聡氏なら「マルクスが来た」なんていう番組が作れそうである。