安倍長期政権とはこういう事だったと納得

 安倍首相辞任とその後の世の中の動きなどを見ていて、これをどう考えたらいいのか、テレビやネット上の情報を見ていても、どうもいま一つ自分の中で「これだ!」と納得ができるものが無いようなもやもやした気持ちがあった。

(さらに、今、ネットを見ると、辞任で安倍内閣の支持率が50%以上に跳ね上がったのだという事を知った。病気なのによく頑張った、良く決断したね、難病の人を非難すべきでは無い、などの世論があるように何となく自分でも感じられていて、そのへんがどうも事の本質と外れて「?」の気分だった。病気が分かった6月・7月ころ首相は会食で豪華な食事を重ねていた情報もネット上にはあったり、政権投げ出し批判をした野党議員に対して批判が炎上という情報もあった、そして世の興味はすでに後継者選びへと移っている。)

 どうも、自分の感じているこのもやもやした気分をうまく言ってくれる人がいないと思い、何か無いのかと、また前川喜平ツイッターを見ていたら、そこに室井佑月のツイッターへのリンクがあり、そこをのぞいてみると、

 室井佑月の
「スゴい迫力だ。正鵠を射た檄文。文章とはこのぐらいの力を持っていなくてはならない。心ある書き手はこの白井論文に続け。」
の言葉の下に、朝日新聞の「論座」というネットの評論があった。(この記事はしばらく無料で読めるとあった)
以下の内容だ。

1】安倍政権の7年余りとは、日本史上の汚点である 白井聡
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020082800004.html?page=1

 読んでみて、そうだったなあ~!とボケ出して忘れっぽくなっている自分にあらためてこの8年近くの安倍政治の本質がそういう物だったと納得できた。

 首相が辞めた翌日の地方紙(信濃毎日)に内田樹の寄稿文があり、その最初に
『安倍政権7年8カ月をどう総括するかと問われたら、私は「知性と倫理性を著しく欠いた首相が長期にわたって政権の座にあったせいで、国力が衰微しただけでなく、国民の知性・倫理性も目に見えて劣化した」という評価を下す。』とあった。
 一口に言うと確かにそうだと感じたのだが、その中身をあらためて実感できたのが、この「論座」の白井聡の言葉の数々だった。
 
 安倍首相の7年8か月は、まさに一言で言うと『内田樹』のいう通りで、それを思い出し実感するためにもこの『白井聡』の述べている言葉を読むと良いのではと感じた。ちなみに内田樹は私と同じくらいの年齢だが、この白井聡は40代前半の若さだ。

今朝のサンデーモーニング、青木理氏、最後のまとめ

 今日のサンデーモーニングの主な内容はもちろん安倍首相の退陣について色々と話されていた。

 支持率の推移の表を見てみると、就任時の高い支持率から徐々に下がるのだが、選挙のたびに勝ち、また支持率が上がっている事が分かる。
 大幅に支持率が下がるのは、特定秘密保護法などの法律を強硬に通したり、森友学園などのスキャンダルが問題となっている時にグンと下がるのだが、また選挙を行って、常に勝ち、その支持率のグラフが上がっている事があらためて分かる。
 小選挙区という制度の問題についても、野党の分裂についても問題点を指摘されていた。

 最後の「風を読む」というコーナーで、色々なコメンテーターがこのおよそ8年間についての問題点を指摘、結局、安倍政治は、過去の古い形の政治で、何も未来への成果が無かった事、政党、国会、官僚、民主政治の力の低下や劣化、などの発言があった。

 最後に、青木理氏のコメントになり、長い政権だったので『功罪』があってと言いたいところだが、あまりにも『罪』が大きかった。
安保法制では、今までの戦後政治で積み上げて来た歯止めを人事権を勝手に行使して、多数の力で決めてしまったり、憲法改正を主張し、緊急事態条項が必要と主張するから、よほどそういった事に力を入れているのかと思いきや、本当の緊急事態である現下のコロナ禍ではまともな対応能力も無く、また政治がウソや詭弁にまみれ、公文書まで偽造されたり、ヘイトを煽るような事を言ったり、国民の分断を煽っていた。対米外交の成果と言っても、トランプ大統領のご機嫌を取るような感じで、武器を爆買いしたり、ロシアなど外交成果も全く無い、あまりにも大きな損失の8年間だったと。
 ここにうまく書けないが、だれもが納得出来るような事を言っていた。本当にそうなんだなあ~。

『病気で可哀想だからご苦労様と言っておこう、』などというような甘い事ではすまされ無い。
 日銀の異次元緩和のつけもどうなっていくのだろう?
 今後も、この安倍政治の「罪」の部分が一つ一つ国民に重くのしかかってくるのだろう。また安倍政治の継承を望む勢力にこれ以上、日本を任せる事は出来ない。

今日のTBS報道特集で

 今日のTBS報道特集で、安倍首相の退陣についての特集をやっていた。
病気その物についての事や、安倍首相の小さい頃、若い頃の映像などもやっていた。
 また、この長い在任期間中に国民の反対を押し切って行われた数々の法案の事、沖縄の人達の声や、色々なまだ解明されていない疑惑、自殺した近畿財務局の職員の赤木さんの妻の現在の気持ち、などについても報じられていた。

 特に私が印象に残った事は、番組の最後の方で、TBSの政治部のデスクの人が出てきて、後継候補の事について話し出そうとした時に、金平キャスターが、「ちゃぶ台返しではないけれど、競馬の予想ではあるまいし、すぐ後継候補などの事を話すのでなく、この7年間の安倍政権の総括というか、どういう問題があったのかをしっかりと考える事をするべきだ。」と、そんな軽々しく後継者の話など出してくるこの番組自体のやり方を批判し出した。

 膳場キャスターは、「病気での辞任と言う事で、返って安倍首相の責任を追及しづらい雰囲気になっているのではないか」と政治部の人に質問を出していて、確かに、昨日からの会見などを見ていたり、街の人などの声も聞いていると、病人にあえてその責任を追及できないような雰囲気があるなあ、という感じが私もしてしまい、批判しづらい雰囲気が漂うような気がしている。

 最後に、日下部キャスターがグラフを出してきて、この安倍政権下で起こった事が何だったのか、このグラフが示している、と出してきたのが、よく耳にする「報道の自由度の世界ランキング」の日本の順位の折れ線グラフだった。

 これは世界のそういう事を調べる組織が調べているものらしい。見ると、民主党政権下では11位まで上がっていた物が、安倍政権になって、急激に下がり、77位だかになり現在も66位なっていて、これは、先進国レベルではもちろんなく、台湾や韓国よりも低いのだという。
日下部キャスターは、「安倍政権下になって、政権を恐れて、批判を自己規制したり、忖度して止めてきた我々、報道機関が反省しなくてはいけないのではないか」と語っていた。

 そう言えば、この7年間の間に、鋭い政権批判を繰り広げていたテレビ番組の有名なキャスター達が、次々に降板させられ、次第にテレビの報道番組がつまらなくなったり、首相の太鼓持ちのようなゲストが多く出てきたりして見るに耐えなくなってきたりしていたなあ~。

 本当に、この7年間の安倍政権下で何が起こっていたのかをじっくり見直すのでなく、次の後継者を競馬の予想のように飛びついているマスコミや我々の姿勢も軽薄そのものなのだろう。
 自分でも、もう一度、落ち着いて安倍政権下で何が起こったのかを振り返ってみてみようという気がしてきた。

ハルマヘラメモリー再読

 安倍首相が退陣する事になった。退陣の会見を聞いていたら、トランプ大統領と違って大分、まともな事を言っている普通の人なのだな~という印象だ。
 テレビでも「安倍さんは良くやった。ご苦労様」という言葉であふれている。やはり日本人は苦しい人の気持ちを配慮して、こんな時は本当に心の底にある物をぶちまける事はしないのが礼儀と思っているのだろう。

 現実にやってきた安倍政治やその結果はけっして「普通の人」では無く、「腐っても鯛」なのだろうか「昭和の妖怪」の孫だけの事はある。今後、日本の歴史によってその結果が審判されるのだろう。

 安倍首相は、歴代の首相の中で最も長期にその座についていた。それには、選挙で一部の国民が首相を支持して選挙に勝っていたからこそ、そうなっていたのだろう。若い世代の人達がわりと安倍政権支持の人が多かったような統計も出ていたと思う。トランプ大統領ではないが、「岩盤支持層」のような物があるのだろう。
 良く言われるのは選挙における公明党員の支持もあるのだろう。

 他の岩盤として、「日本会議」という物もあるのだろう。

 前川喜平ツイッターを見ていたら、
こんな記事が出ていた(ツイッターの仕組みを良く知らないので分からないが目についた物をコピーした)

はな
『日本会議にここまで壊されてしまった社会を、その存在すら知らしめる事が出来ないマスメディアと、その存在すら知らない国民が大半を占めるこの国で、果たして立て直して行く事が可能なんだろうか?と、時々、心が折れそうになるけど「諦めたら終わり」って事だけはわかってるから、諦めないぞ。』
かず
『 この事実を知らない国民が大半
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 最近、私は何年か前に読んだ、俳優だった「池部良」の書いた「ハルマヘラメモリー」という本を再び読み直してみた。
 池部良の人や文章が面白いのと、あらためて、太平洋戦争当時の職業軍人や兵隊の『実像』が生き生きと描かれている事を再び強く感じた。
 重苦しさがあまりなく楽しく?あの戦争のアホらしさが分かる貴重な本なのかもしれない。
 現在の日本も、そっくりでは無いが、何か日本人のこういった根本も大して変わっていないのではないか。

 以前にその事を書いた自分のブログも読み直してみると、現在も変わっている訳では無い事が分かる。
 この、上の表に名前を連ねている方々は、「こういった本」など読んだこともないのだろう。そして、いわゆる「ネトウヨ」とか若い人で安倍政権を支持している人達もそうなのだろう。

 近代の日本の歴史、韓国を植民地にした事や、中国への侵略、昭和の無謀な戦争が本気で「美しく正しい」と考えている人達なのだ。

以前書いた自分のブログ「ハルマヘラメモリー」池部良著 を読む」
https://js30.at.webry.info/201208/article_2.html?1598658524
 

BS3「英雄たちの選択」で、コロナ禍を考えていた

 今回の英雄たちの選択では、以下のような内容をやっていた。『番組紹介からコピー』

『「100年前のパンデミック〜“スペイン風邪”の教訓〜」
大正時代の日本を襲った感染症、スペイン風邪。ワクチン開発を煽った国や世論。町医者の格闘。感染した少女が日記に綴った恐怖。100年前の経験から何がくみとれるか?

大正時代、世界的に流行し、日本でも50万人近くの命を奪った感染症、スペイン風邪。予防法も治療薬もない未知の病を相手に、当時の日本人はどう闘ったのか。政治や世論に押され、医学界を二分したワクチン開発競争。栃木県の町医者が残した壮絶な治療の記録。12歳で感染した少女の日記からは、地域と家族の平和が壊されていく恐怖が克明に記されていた。国、医師、そして患者。100年前の経験から今、何がくみとれるか?』

ゲスト】瀬名秀明,児玉龍彦,』
 スペイン風邪の死者数の状況
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 というもの。専門家・国・患者自身(少女の日記)から、という視点で話されていた。
ゲストの児玉教授は、あの児玉教授であり、瀬名英明という人は、作家であり「インフルエンザ21世紀」というノンフクションも書いている。(この本は今読む価値がありそうださっそく読んでみたい)番組でのこの人の発言も興味深かった。
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 番組は、国、専門家、患者、という視点から見ていて、第一次大戦時に発生したスペイン風邪に対して、どのような事が起こったのか、が明らかにされていた。

 初めはある地方(矢板?)の医者がどのようにスペイン風邪に対処したのかが紹介され、ジフテリアのワクチンなどを試して効果を得たりする様子が当時の記録から分かり、現在の医者も全く同じ危機的な状況にあることや、感染症に立ち向かう「勇気」という事が医者にとって根本的である事などが話されていた。
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 また、北里研究所と国の感染研が、ワクチンの製造で競争するようになってしまった経過や、また、今から見るとウイルスが分かっていないのに出来たような「?ワクチン」を大勢の人が打っていた事も知った。多少は効果があったのだろうか?
 政治が口出しをして、競争を煽ったりする様子は、現在の世界、日本の様子と非常に似ているなあという感じだった。
 児玉教授が「学問と言うのは厳しい物です。ちょっとでも、政治的な思惑や、欲などに左右されるとそれはすぐダメになる。」と言われていたがそうなのだろうなと理解された。
 学問的な事は、やはり本当に科学的な客観的な場や事柄で考えて行かなとおかしな方向へすぐに曲がっていったりしてしまう物なのだろう。また真実も分からなくなってしまう。

 国という面から、当時の大正デモクラシーの中での衛生思想の発達についても触れられて(この辺の事は、前回の感染症の番組で大きく取り上げられていた)スペイン風邪についても、国も地方でも頑張っていた様子も分かった。そういった中から昭和に入って保健所が出来て来たのだという。現在、保健所の限界という事が良く言われているが、作られて来た経過では当時としては進んだ思想があった事もわかる。
 現在、そういった本来の思想が大切にされているのだろうか?

 最後に、京都の女学生がこのスペイン風邪の時代に、その生活や状況、祖父を風邪で亡くしたり、自身も罹ってしまったり(治るが学校を休み、かろうじて進級する)などの体験を素直に書いた日記を磯田教授が紹介。感染症について、患者を単なる統計上の数字で見るのでなく、患者その人という存在を意識しなければならないと話されていた。
 その辺りから最後のまとめにかけて用事でちょっとしっかり見れなかったが、その患者という観点から見るという事で、最後に児玉教授がだれかの言葉を引用して、「国がりっぱかどうかというのは、大きな建物がたっていたり、経済力があるという事でなく、弱者にどれだけやさしく出来るのかで分かる」というような意味の事を話していて、本当にそうなのだろうなあ~と納得した。

 現在、新型コロナに罹った人に対する、誹謗中傷がけっこうあるようだが本当に、やはりこれが日本の国の現状なのだろうなあ~と感じている。
 そういう国が持てる政治が現在の日本の「りっぱさ」レベルを示しているのだと納得した。

新しい生き方が出てきているようだ

 最近、「バンキシャ」とか「所さん大変ですよ」などのテレビ番組を見ていたら、山や辺鄙な所に一軒家を建てて住んでいる人だとか、コロナ禍でのテレワークという事で、最近、都心から周辺へと住む場所が移っている話や、山林を購入して自分だけのキャンプを楽しむ、などの話題を放送していた。

 特に、「バンキシャ」の方は山や田舎など辺鄙な土地を安く買い、小屋なども自分で建て、そこで本当に安い生活費で暮らしたりしている若者の様子が紹介されていた。実際に暮らしていたり、家を建てている最中の人もいた。
 その様子をユーチューブなどで紹介し、それを収入にしている人もいた。また企業に勤めていた人は一旦、会社をやめ、小屋づくりを始めて、それを続けることにより何か自分が変化する中で、また勤め始めた人もいた。
 いずれの人も、人生で何を大切にするかという点が、従来の価値観にとらわれないような柔軟な感じの人達で、どなたも感じの良い伴侶を、その過程の中で得ていた事も印象的だった。

 「バンキシャ」の方のコメンテーターの話では、こういった人たちは別に珍しい人ではなく、例えば北欧などでは、こういった田舎や森林などの場所に住んで仕事をしているこんな感じの生き方をしている人も多い。日本もテレワークなどの発達でそういった働き方がすでに出来るようになってきている。と語っていて、なるほどなあ~、と思った。
 きっと従来の価値観にとらわれてやらないでいる人が日本では多いだけなのだろう。

 「所さんの大変ですよ」の番組では、それほど極端な生き方の変革、とまではいかないが、今すぐにでも出来そうな、都心から郊外や周辺の住みやすい場所に移るとか、長野県などでは、避暑地などの良い場所でリラックスしながら仕事も出来る、ワーケーションという場も作られ始めているとの事。
 実際にそういった風に、働き方を変えている人もかなり出てきているようだ。
 昔、流行ったリゾート地付近の別荘など、資産価値が低下していたが、最近、資産価値が上がって来た事も紹介されていた。

 また、山林を買って自分キャンプをやる人も紹介されていたが、何と言っても山林は、土地が安い事も知った。坪、何百円程度で買える事が分かった。こんな事もキャンプ好きなちょっと活動的な家庭なら、山でも買ってやればいいなあ、と思った。
 混雑したキャンプ場でなく自分一人のキャンプ場が持てるのだ。こちらも人気ユーチューバーである「1人キャンプ」の人が自分の山を買ったという内容に刺激されてやり出す人が多いのだという。

 こういった、生き方が社会全体に広まっていけば、もっと世の中、住みやすくなるのではないか。「成果主義」「GDP第一」「マネーゲーム」等々、そういったような物が「良い事」とされていた時代から少しづつ変化が見えているのではないか?
 そんな気がした。人間にとって(子どもにとっても)生きやすい良い世の中になっていけばいいなあ~と番組を見て感じた。

 

「終戦」ではなく「敗戦」とすべき

 今朝の地方紙「信毎」に戦後75年の論説に若手の政治学者の白井聡氏の書いた短い論説が載っていた。
 白井氏の話す言葉は、いつも的確に核心を示していてスッキリする。この短い論説をさらに短くして伝えてみる。『 』内は、そのままを引用。

 氏は相模原市に育ち、米軍施設が身近にあったが、その意味を深く考えさせる教育も受けてこず、研究者となりキャリアを積み重ねてきてその意味を考えるようになったという。

『日本は戦争に負けて対米従属となった。ただ、この意味はきちんと考えられてこなかった。というか、考えなくてもいいような状況を戦後の時空間がつくり上げてきた。それを示すのが「終戦」という言葉だ。これは「敗戦」を否認し、ごまかしている。あの戦争は人為なのに、巨大な地震や台風といった天災のように扱うことで、多くの同胞を悲惨極まる形で死に追いやり、諸外国に大変な被害を強いた責任を、国家として主体的に追及してこなかった。戦後復興で経済大国化したことも敗戦を打ち消した。』

 対米従属が長年続き、戦後の日本人は精神が奇形化してしまい、この7月にトランプ大統領が核実験開始から75年を迎え、「素晴らしい偉業」とたたえる声明にも、日本では被爆者団体しか批判の声を上げていないという。
 対米従属を続けたいあまり、被害の記憶を語る事すら抑圧し始めているのだという。
 
『加害の記憶も忘れず、反省しなければならないが、政治的に成熟していないと不可能で、日本はその水準に達していない。焼夷弾で焼き殺された同胞の苦しみを想像することすらできなくなった国民が、出征した父や息子が中国で性的暴行をしていた事実を受け入れられるわけがない。
 この国は主体的にあの戦争を総括しなければならない。いかにして戦争に入り、拡大し、負けたのか。どこに責任があるのか。でなければ、あの戦争をいいかげんに忘れていってしまうだろう。』

コロナ禍とCWニコル

 昨日の夜、NHK総合テレビで「アファンの森よ永遠に」CWニコルからのメッセージ という番組をやっていた。

 CWニコルについては、何回かテレビで見たり知っているような気もしていたが、昨晩のテレビを見ると、「アファンの森」というのは、故郷のウエールズ地方で炭鉱が盛んで森林は伐採され、丸裸となり、さらにボタ山が大雨で崩壊して土砂崩れとなり小学生が100人単位で亡くなった事があり、その地域で森の再生をやろうという運動が起こり、現在は自然公園となるくらいの森林地帯となっている様子が紹介され、ニコルさんと交流があった女優の竹下景子が「こういった自分の故郷のように日本もなってほしかったのだろう」と言っていたが、そういったイギリスの故郷の先進的な取り組みを日本に伝えたいという気持ちも大きかったのだろうな、と理解された。
 イギリスの最高勲章をもらったり、チャールズ皇太子が黒姫のニコルさんの森林を見学に来たりしたことも伝えられていたが、なるほどと思えた。

 番組では、日本の1980年代の時代、ゴルフ場やリゾート開発の嵐が日本全土で吹き荒れて、各地で貴重な森林地帯が皆伐されていった事も紹介され、黒姫山ろくで熊が豊富な自然林に感動し、次の年に熊を撮ろうと出かけたら、その林はすべて皆伐されていて、ショックを受け、ニコルさんは危機感を感じて、自ら黒姫山ろくで森の再生のために地元の森作りの専門家の協力を得て動き出したのだという。
 
 そう言えば、その時代は、そういったゴルフ場、リゾート開発、がやたら開発されていたなあ~とあらためて思い出される。それらも現在は、中山間地の過疎化同様に、さびれて閉鎖されたり捨て去られている所も多いなあ~という印象だ。
 また、そういった所を中国資本などが買ったりするのだろうか?

 NHK総合で、こういった休日の夜にこういった番組が放送されるという事は、日本でもだいぶ、ニコルさんの考えに同感する人達が増えてきているのだろう。
 とは言え、まだまだ現在の日本では,南アルプスのそれこそ世界自然遺産にでも推薦する価値のあるくらいな自然やその水源を破壊してリニア新幹線などというゴルフ場やリゾート開発と同じような発想の時代の代物を作ろうとし、その代償の価値に全く気が付かないでいる人もけっこういる日本。そう簡単に世の中が変わっていくとは思えない。
 
 現在のコロナ禍もそういった自然と人間を考えなおす機会になればいいのだと思う。

2つのNHKスペシャル

 最近、沖縄戦と原爆の二つのNHKスペシャルを見た。
 どちらも、アメリカから見つけてきた新資料や、日本側からは過去の写真、フィルム、証言映像やテープ、絵など、今までの調査研究の成果物や、番組で使われたような物のエッセンスもうまく使っていて、戦争を指導していた人達と戦場で悲惨な目にあっていた人たちの対比がどちらの番組でも浮き彫りになっていた。

 沖縄戦では、日本軍の総司令部があった首里が陥落、事実上の勝敗が決した後にも関わらず、南部へ撤退し、戦闘は継続され、それ以後も、少なくとも住民4万6千人が命を落とした。その撤退して抵抗する作戦を進言した参謀は生き残り、戦後、証言をしたテープがあって、それを聞くと、本土決戦への時間稼ぎのために徹底抗戦をした自分の判断は、意味があったような事を言っていて、その人は、特に住民のなめた悲惨については言及していなかった。

 米軍の砲撃は沖縄南部を地図上で何100m単位の狭い網目に分けて番号をつけ、偵察機を飛ばして日本軍のいる所に艦砲射撃を集中させるという物で、アメリカ側の資料からその砲弾の量まで分かった。軍と一緒に逃げていた民間人が大勢犠牲になった。証言テープからもその砲弾が集中した場所での様子が分かった。まさに、歌にもある鉄の雨だ。

 洞窟に日本軍と沖縄の民間人が一緒に隠れている時に、日本軍に黒砂糖を渡さなかった子供が射殺された事も証言テープにあった。また追い詰められた民間人は海岸で大勢が手りゅう弾で自決していた事も分かった。

 原爆の方の番組では、ポツダム宣言受諾を巡って、御前会議の場で、本土決戦と主張する陸軍などの主張もあり、また指導層全体が今となっては全く愚かな選択と言わざるを得ないソビエトのスターリン(もう、日本へ攻め込むと決めていた)を頼って停戦交渉を始めてみたりして、無為に時間を潰し、結局、広島、長崎、への原爆投下へとつながっていった様子が描かれていた。

 軍部などは広島に落とされた新型爆弾が原子爆弾では無いと思い、日本で原爆開発をしようとしていた仁科博士に調査を依頼し、放射能があり原爆と分かり、仁科博士は「アメリカの科学がこんなに進んでいるとは思わなかった」と涙を流して語ったそうだ。悔し涙だったのだろうか?科学者も政治家も日本の中枢の世界への認識がそんな程度だった事が良く分かる。
 それでも、アメリカの原爆開発の軍の責任者は、終戦後間もなく、広島の現地を視察して、核兵器が人類滅亡へとつながる兵器だと認識した事も伝えられていた。

 この二つの番組を見て、あらためて感じた事は、軍や政治の論理によって、動いて行けば、結局、被害を受けて、悲惨な目に合うのは国民なのだという事だ。
 現在、「敵基地攻撃能力」などというたわごとを言っている政治家が多い。これらの人達は、この戦争から何も学びもしないし、理解も出来ないでいるという事だろう。
 現代、一回でも核攻撃が行われ、人々の上に核兵器が行使されるような状況になればそれは人類滅亡につながる物なのだ。もしそうならなくてもある広い地域が一挙に滅んでしまうくらいの物なのだ。
 つまり、核兵器などが使われたら、もう起こった時が終わりの時なのだ。

 「敵基地攻撃能力」「核の傘」などと言っている人たちは、広島、長崎で起こった事を真の想像力を持って理解することが出来ず、戦争ゲーム程度のイメージで政治や軍事を考えている人達なのだろう。どんなえらい人でも体験した事でないと本当には分からないものだ。原爆は実際に自分が体験する事が出来ない。体験した時は滅亡なのだから。
 「いやいや、歴史から学んだ優秀な人達が周りで政府を動かしているから、現在ではおかしな指導者がいても大丈夫」なんていう事が通用しない事は「忖度官僚大国日本」の最近の様子を見てもあきらかだ。
 
 
 
 

世の中、少しずつは進んでいくのかな

 昨日、NHK長野で金曜の夜にやっている「知るしん」という、地元の長野県での色々な活動を紹介する番組で、『ウィズコロナ時代の切り札!?地域密着エネルギーが熱い』という番組をやっていた。

 内容は、
『太陽光パネルを並べれば、おいしいパンが食べられる!?新型コロナの時代、自分たちでエネルギーを作って楽しく豊かに暮らす、そんな動きが加速している。長野市鬼無里でヤギが除草を担う「手作り発電所」。飯綱山の麓で若者の雇用を生み出す「木のエネルギー」。新型コロナ後の世界経済を自然エネルギーで立て直す「グリーン・リカバリー」。信州出身のタレント・林マヤさんと一緒に「自然エネルギーと地域の未来」を楽しく考える
林マヤ,茅野恒秀』
というもの

 長野県では、最近、都会資本の大規模太陽光発電などの計画などが次々に住民の反対で中止になっている。こういった物は結局、地方で作られたエネルギーが都会へと行くばかりで地元に恩恵をもたらさない。これに対して地域密着型のエネルギーは地域を豊かにする事で注目されているという。

 こういった事は、飯田哲也、金子勝、などの方々の従来から言われている主張で以前からそういうものなのだろうな~、と私も知っていたのだが、原発事故の当時は、わりとそういった動きがニュースなどに取り上げて目にする事が多く、自分でも注目してブログに書いていたが、次第に、自分の生き方がそういった事と関係していない事もあり、関心も薄れていた。

 番組では、鬼無里の地域での太陽光や材木の利用によって地域の人々がつながり、エネルギーを元に、真の豊かさが生み出されつつある様子や、長野市の飯綱での木材チップを燃やす発電所の事をやっていた。

 このバイオマス発電所は、原発事故後に新聞やテレビか何かで知って、ブログに書いた事を思い出した。「いいづなお山の発電所」というものだった。時々、そこは今どうなっているのかな~と思っていたら、昨日の番組で紹介されていた。
 その発電所は、県内の製材所など材木関係が衰退する中、同じく木材チップなどを販売していたこの会社だったが、世の中にまだあまり知られていない頃「バイオマス発電」をやろう、と踏み出した。それは大震災の前の事で、売電価格も安かったが、何とか安定して続けていたという。原発事故後、売電価格も上がり、さらにもう少し規模も拡大したり、地元での雇用も増やしたり、順調に発展していると知った。とは言え、やたら拡大したのではなく地元材で環境に負荷がかからない程度の規模で行われているという事だった。

 順調に成長し続けているのだなあ~という事が分かり何かうれしかった。この発電量は何千件単位の家庭をまかなう発電量との事、長野県の市町村では、こういった発電所を各市町村に作り地元でエネルギーが回るようにでもすれば、災害にも地球温暖化にも対応できる良い未来が開けるのになあ~という気がした。
 間伐材や荒れた山にはバイオマス発電の材料がたいさんあるのではないか。地元でそういった事が出来れば、変なグローバル化や都市への人工集中を防ぐことにもつながる。

 番組では、自然エネルギーの売電価格について、地域で循環するような発電の価格は下げないで、そういう方向を今後、伸ばしていく事は国としても今後の方針のようだ。

 新型コロナの流行や地球温暖化の災害の増加で、いよいよ従来の考え方の行き詰まりが感じられる最近だ。こういった「知るしん」のような方向がもっと広く常識的な考え方になってくれば日本も少しずつ変わっていくのかもしれない。