弘法山(独鈷山の一峰)33観音巡り 岩山のアスレチック

 6日に、独鈷山の一峰である「弘法山」に鳴海友俊さんと登ってきました。以前からこのブログで紹介していますが、鳴海さんは三つの登山道整備の団体に所属していたり、個人でも方々の登山道の整備をされている方です。
 
 弘法山は、独鈷山の北側中腹にある尾根上のピークで、前山寺の西国三十三番観音があったり、塩田城跡があったりするので知られた峰。私も何度も登った事があるのですが、今まで山頂付近に三十三番観音めぐりのコースの「面白い部分」がある事を知りませんでした。
 鳴海さんは、今まで20人以上の人を弘法山に連れてきたが「弘法山へ登った」と言う人でもほとんどの人は、この山頂部の面白い「部分」を知らなかったとの事、かくいう二十何番目かに案内された私も、山頂部の観音めぐりのコースのこの部分は知りませんでした。

 これを書くにあたってネットで調べてみると、けっこうコースのこの部分も紹介されていました。面白いので人に伝えたくなるコースなのでしょう。
 という訳で、今回は、最新の情報を含めて少し詳しくお伝えします。

 前山寺の上の方の駐車場に駐車して、水子地蔵の隣の遊歩道入口から塩田城跡へ向かおうとしましたが、先日の大雨で沢にかかる橋が崩れていました。なので、これからこの部分が復旧するまでは塩田城址入口の方の駐車スペースに停めるのがいいでしょう。(塩田城址の石碑がある、あじさい祭りが開かれる場所の駐車スペースへ)
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 石碑から塩田城跡にむかい真っすぐ登ると獣除けの柵がありますので、ここから入ります。帰ってきたらきちんとまた元通りにかんぬきも閉めましょう。
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 すぐに道が分かれますが右の方へ進みます。
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 塩田城跡の説明板がある場所。館跡の段や井戸の跡があります。鎌倉時代に北条一族の有力者が住むため開かれた一帯で、この付近から下の方までの一帯が屋敷などがあったのでしょう。進行方向右手の尾根は山城地形となっていて砦跡となっていますが、そちらへは寄らずにはっきりした道を登っていきます。(左手の上部も山城との事です)
塩田城跡関連HPhttps://museum.umic.jp/map/document/dot58.html
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 塩田城跡の最上部の北条国時の墓 ここから普通の山道の雰囲気となります。
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 しばらく登ると、先ほどの砦跡の方から山頂へと伸びている尾根上に出ます。山頂方向へと導く標識にそって尾根上を登ります。
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 コケなどが美しい尾根をしばらく登ると、左手に岩壁がある場所に出てその基部をトラバースしていきます。夏に来た時、あまりに暗かったので谷側の木を鳴海さんが少し切り払ったそうです。
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 そこから急登が始まりますが、ロープなども良くつけてあります。鳴海さんや他の方もこのコースを整備していて、要所、要所に親切にロープがついています。
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 かなり、山頂部に近づいてきた所に分岐点があります。標識が示している左手に行くと普通の山道で、特に危険な場所は無いのですが、観音様をいくつかスルーしてしまいます。
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 右手の道を行くと、この標識に出ている物があるコースです。私が以前、塩田城跡側から登った時には、こんな標識が無いので右の道の様子に気がつきませんでした。
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 このコースの核心部である石の階段です。階段の出っ張りがとても少ないので、石の壁のように感じます。
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 鳴海さんが登っているところ。ロープが二つついていますが、私は、鎖などと違ってロープに体重を強くかける気がしないので怖かったです。なるべく三点支持を心掛けてロープも万一にそなえて持って登りました。
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 上の方に踊り場があり、そこから見ると左右に観音様〈石仏〉がある事が分かります。こちらが進行方向左側のもの。
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 こちらが右側のもの。すべての観音様(石仏)を拝むにはこの階段を登らねばなりません。
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 これが上にある出口の穴。釈迦のウインクの目との事。つぶった目の方は穴をくぐってから見えます。これらの情報は数年前に地元の山岳会の会長の森田稲吉郎という方が雑誌「ヤマケイ」に書いていて、その内容を見て鳴海さんも知ったとの事です。
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 穴を出たところ、しっかりした道ですが、右側は、ほぼ崖のような急斜面でした。
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 すぐにまた岩場が現れました。こんどはあまり怖くない感じですが・・。
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 ここにも石仏があります。
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 この部分も巻道があり、そこにも石仏があるとの事、だから全部の観音様を拝もうという目的ならば、一筆書きにはいかず、もう一度戻って回るようになります。
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 この部分は足場が少なく、私は意外に手こずってしまい、最後は腕力で必死に登りました。
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 登り終わって下を見たところ。
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 すぐに木の階段があり穴をくぐり、岩のくぼみに入ります。ここにも石仏があります。
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 そこから出るのにも穴があり、そこをくぐって出ます。
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 そこから出ると岩の割れ目があり、そこを抜けると「なあんだ、ここだったのか!」と驚きました。これはくぐってから振り返って撮ったもの。
そこは山頂部にある小屋の西側のちょっとした空き地だったのです。
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 弘法山は、私は何度も登った事があり、ほとんどは、今日と違い弘法山の東側の斜面についた登山道の方から登っています。
その時、東側斜面の石仏を見ながら山頂付近の尾根まで登り切ると、この小屋や石灯籠の場所に着き、さらに尾根をちょっと登って山頂で、そこからまた東側にいつも下っていたのですが、「石仏がたくさんあるなあ~」と思うだけで33個を確認した事も無く、今、考えてみるとこの小屋やその西側の小広場や石灯籠が何か中途半端な感があり、何に使ったのかなあ?と、変な感じがしていましたが、今日のコースを登ってみると33観音の配置やコースなど考えると「なるほどガッテン」と納得しました。
 前山寺のHPを見ると、33観音を作ったのは江戸時代の様ですが、うまく観音巡りが楽しめ、ご利益が感じられるように作られていたのだろうなと分かりました。
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 霧が晴れて展望が開けてきました。このコースで展望が良いのはこの場所だけです。
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 少し尾根を登り、山頂へ。弘法山842mの標識。ここで休憩。
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 山頂から少し尾根を進み(下りとなりますが)そこから東斜面の登山口へ向かって戻る感じで下って行きます。
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 こちら側には登山道わきに観音様が多くありますが、高い所にあり見逃してしまうものもあるので、これはロープをつけてあります。
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 今日のコースで登って、下ってくると、三十三観音の中心部を見逃してしまいますので、この標識をつけていただいてあるのでしょう。
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 少し登り返しになります。この周辺が一番、石仏などがある中心の場所です。
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 弘法大師のある岩屋にはカギがかかっています。
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 中を見ると現代的な石仏の弘法様でした。(他の石仏も現代に復元されたものです)
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 その付近から東側の登山口に向かって斜面をジグザグに下っていきます。こちらが出発点なので、石仏の番号は次第に若くなっていきます。
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 とうとう1番となりました。ここからしばらく下って沢を渡り、ちょっと登り東側の登山口になります。
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 東側からの登山口に下りてきました。この登山口までは前山寺の横から車で5分かからず上がってこれるので、普通、こちらから登る人が大部分です。塩田城跡側から登った事がある人も、事前に色々と調べたり、絵図を注意深く見ないと、山頂部の面白い場所はスルーしてしまいます。
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 ところが、この車道を下り始めると、先日の水害で、道路が陥没してしまい、とうてい車が通れなくなっていました。
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 アスファルトの下が空洞になっていて車が乗るとズボッとはまり込んでしまいそうです。当分通行不可でしょう。道路がこの状態なら、車で東側の登山口まで来れないので、東側から登るメリットが無くなります。
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 なお、松茸山にて入山禁止の表示がありましたが、松茸やキノコ類など採るのを一切せず登山道を歩くだけならば別に観音巡りはやっても良いのではないかと思います。「松茸をとるための入山は禁止」という意味だと思います。気になる方は11月中旬以後なら安心です。
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 この晩秋、岩場などに自信のある方々には十分、楽しめると思いますのでぜひ気をつけて登ってみて下さい。岩場が嫌な方々も迂回路があるので大丈夫です。石段は眺めるぐらいにして・・。
 『鉄鎖』などを、危ない2か所にしかるべき所で設置していただけたらいいのになあ~と感じました。良い観光の目玉になるのではないでしょうか。
  写真は1月初旬の独鈷山、オレンジの矢印が独鈷山山頂部、赤い矢印が弘法山
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 近づくと弘法山が前面に。これは11月。
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 鳴海さん制作の案内図
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 なお、鳴海さんの息子さんとお孫さんは先日の連休に長野市の水害現場へのボランティアに、軽トラを持って参加されたそうですが、非常に大変だったそうです。でも高校生のお孫さんは「また行く。」と言っているとの事。

 我々年寄りは、行っても足手まといになったり腰を痛めたりなど自信が無いなあと話していましたが、鳴海家のようなボランティア精神の若いパワーのある家はいいなあとうらやましくなりました。