秋晴れの焼額山

 昨日、「山岳巡礼」の根橋さんと焼額山へ登ってきた。
 私は、焼額山はずっと前、一回だけ、大勢のグループで、ロープウエイで登って、山頂側からスキーで竜王の方に滑った事があっただけで、自分の足での登山は初めてだった。何となく登ってみたいと思っていたのだが今回、初めて登る事が出来た。今年は夏にアルプス登山もしなかったので、今年初めての2000m峰!である。
 南登山道の登り口に向かう。空は素晴らしい秋晴れ。
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 ダケカンバやブナの林を抜けると、スキー場のゲレンデ(コース)の中に道がついている。夏ならこんな道を登るのはとうていごめんだが、今は涼しく、また晴天なので気持ちよく登れる。展望も開けてきた。
 黄色い矢印は笠ヶ岳。写真には無いが、横手山や志賀山など志賀高原の山々が良く見える。根橋さんとあれは何山だ、あれは何山だろうか、などと立ち止まって見たりしながら登っていく。志賀高原の山々は切り開かれたスキー場(コース)が目印になる。あそこは良く行っていた場所です、あのコースの上の方はけっこう急でした、などと根橋さんがスキーの思い出を語る。
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 ダケカンバ林の道端にベニテングタケが生えていた。スキーコースの方にはイグチがけっこう生えていたが古くなってしまっていて残念。そのコースの横は植林されたカラマツ林だったのでハナイグチだったのか?帰りにおかずに新しいのが採れないかと見ると、カラマツ林の下はネマガリダケ(チシマザサ)で覆われているのでとうてい入って採る事は出来ない。菌類に詳しい人が、笹はキノコが生えられない物質を出しているから笹林の中にはキノコは無い、というような事を話していたような事をぼんやり思い出した。(記憶が正確ではないかもしれない)、スキーコースの方にまでカラマツの根が伸びていてそこに菌根菌のキノコが生えているのかな、と思った。

 ずっと若い頃、この奥志賀の雑魚川ぞいの林道からちょっと下りたあたりで、湯田中の義父に連れられてブナ林のキノコ採りに行って、ナメコやカタハ(ムキタケ)を採った事を思い出した。こちらはブナの倒木などに生えるキノコである。ムキタケという名前を思い出せず帰ってからやっと思い出す。二人の会話の中でも山の名なども思い出せない事が多くて「年ですね」とお互いに笑いあう。
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 岩菅山(オレンジ)とたぶん裏岩菅山(赤)が良く見える。長野冬季オリンピックでは岩菅山にスキーの大回転コースを作ろうとし、自然保護から反対運動が起こり、そちらにはスキー場が作られなかった。
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 代わりに焼額山がオリンピックの会場にもなりコースも作られたため、西武資本などでホテルやスキー場が作られ、全山スキー場だらけで、満身創痍の山という感じになっているのだが、秋晴れの山は気持ちが良く、そういった自然破壊の嫌な気分はない。なだらかな長いコースは冬の終わりか春の初めにでもスキーで滑りに来たいなあと思うようなコースだった。令和天皇一家が春先にこのスキー場へ毎年スキーに来ているような気がする。きっと気に入っているのだろう。

 登山道は大部分スキー場の中を登っているが、トレイルランのコースにも使われたようで、所々にその標識が立てられていた。
 コースぞいに外来種のオオキンケイギク(たぶん)が咲いていて種が靴について広がったのだろうかと思われた。図鑑を見ると花期は6~7月となっているがここでは今咲いているのはなぜか?こんな山の中も外来種に汚染されてしまっているのか。
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 焼額山はなだらかな樹林の山で、展望のあるピークや尖った岩稜が無いため、「360度の展望」といった場所は無いのだが、スキーコースには木が全く無いため、所々、狭い範囲の眺望だが良く見える場所がけっこうあった。そして何より今日はすばらしい快晴だ。かつ空気は良く澄んでいる。山岳展望がパズルのように出てくるのが楽しい。

 北アルプスはまだ雪がついていないのが「玉にきず」だが。これは南西の方角。
 黄、槍ヶ岳 赤、奥穂高岳 ピンク、乗鞍岳
(山名は、一応、20万の1図を6つ並べて見て、写真も元の大きなサイズで見て確認して書いてはいるのだが、展望のソフトなど使って正確に同定していないので、多分、間違いがあるとご承知ください。)
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 私が先にけっこうゆっくり歩いていたのだが、1時間少し歩いたら、疲れてしまい、「ちょっと休みましょう」と提案。飲み物を飲んだり、根橋さんにチョコをもらったりして大休止。駐車場所から私たちと大体、同じ頃に歩き出した2人連れと、3人連れの中年女性のグループがあり、その人達を追い抜かしていたのだが、その休憩で抜かれてしまった。
 根橋さんは私より疲れていない感じで、休む必要も無かったように見えた。

 そこから、しばらく行くと、プリンスホテルから出発するロープウエイの終点の頂上駅があり、その手前付近から山頂部へ入る登山道もあったのだがトレイルランの案内表示に導かれたため、その入り口に気が付かず、奥志賀高原からのリフト終点側にある山頂部への入り口の方に回った。しかし、そのため、東北東の方角の眺望が開けていて良く見えた。
 赤が苗場山、オレンジが鳥甲山、黄緑が良く分からないが地図で伸ばしていくと越後駒ケ岳あたりの方だ。ピンクは、谷川岳の方かさらに至仏山の方になるがどちらだろう?
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 ここからトレイルランの道を離れて山頂部の稚児池へと木道が向かうと、急に自然の雰囲気が高い樹林帯に入る。コメツガの貫禄ある老木があった。
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 すばらしい高層湿原帯の世界になる。手前の木はハイマツ。
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 この高層湿原から西側の方角の山々が見える場所があった。
 向かって右側から、黒、? 黄、黒姫山 オレンジ,乙妻山 赤、高妻山 ピンク,雪倉岳 黄緑、小蓮華山 緑、白馬岳 薄緑、杓子岳 青、鑓ケ岳 黒、不帰の瞼あたり? 黒、?
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「この池は前見たのとは違ってちょっと小さすぎるな」と前にここに来たことのある根橋さんが言っているところ。
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 その小さな池塘
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 直ぐ近くのこちらが稚児池だった。
  説明板のせりふ
『 山ノ内町天然記念物 稚児池湿原 面積約5、6ヘクタール
 この高層湿原は、焼額山、標高2009メートルの山頂にあり、泥炭層が厚く堆積し、雪どけ水や雨水で養われている。ミズゴケ類のほか、ヒメシャクナゲ、ワタスゲ、ミズバショウなどの花が美しい。湿原のふちにハイマツ群落があり、その先はオオシラビソ林への移行が観察でき、一帯の原始的な景観が見られる。
 注意、湿原内へ立ち入らないこと 植物・動物・土石類を採取しないこと 山ノ内町教育委員会 』

 これは、非常に小さいとは言え、苗場山の山頂などにある高層湿原と同じ物ではないかと思った。
 これが町の天然記念物?少なくとも県の天然記念物くらいに格上げした方がいいのではないか、という気がした。県は、冬季オリンピック誘致と開発のため、当時、その自然度を低めにしておいたのかもしれない?
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 池の縁に鳥居があり、小さな祠があった。おそらくこの山頂部の場所は神社の神域とされていて、古くから手を付けないようになっていたのではないか?
 スキー場側は、スキーコース以外の場所の樹林の様子を見ると、中腹より下は昔から湯田中の入会地(和合会とか共益会が有名)として利用されていた二次林のような感じがする。なので、スキー場にするのにも比較的抵抗が無かったのかもしれない。しかし、この山頂部の自然を守るには、山頂部のシラビソ、コメツガなどの樹林帯を東側にもう少し広く保護しておく必要があったのではないか。ゴンドラ山頂駅やリフトの終点をもう少し下に下げて、山頂部を守る樹林の緩衝帯をもっと多めに確保すべきだったと感じた。きっと貴重な自然の何かが失われてしまったか、失われつつあると思われる。スキー産業が錦の御旗の当時は、一旦、失われたら元に戻らないこういった場所の価値が大して重視されなかったのだろう。南アルプスのリニア新幹線工事も、きっと後の時代に後悔する事になるのではないか。
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 ムラサキ色っぽいミズゴケ。図鑑を見ると、ムラサキミズゴケというのとスギハミズゴケというのがこんな色をしていたが、採集してはいけないので何だか分からない。緑色のミズゴケはたくさん生えていた。水生昆虫も澄んだ水の中に泳いでいたし、池の底には生き物のはった跡のスジがたくさんついていた。植物も昆虫などの生物も貴重な物がたくさんありそうな場所だった。
 木道に腰を掛けてお昼を食べてから下山にかかった。
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 帰りに山頂部から、西南西の方向が見える場所があった。千曲市~長野市あたりから見ると、鹿島鑓の南峰と北峰が、きれいに並んだ双耳峰に見えるが、今見るこの方角だとそれがもっとくっついて見える。
 でもそれが鹿島鑓と分かるので、右横が五竜岳とすると、その間に見えるのは剣岳だと分かる。
 黄、五竜岳 赤、剣岳 ピンク、鹿島鑓 黄緑、立山かな?
 南北に延びる後立山連峰の五竜岳と鹿島鑓、その西側の山脈の剣岳と立山が、後立山連峰の隙間から見えているのだ。
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 大分下りてきて見上げると、
 黄、根子岳 オレンジ、四阿山 赤、御飯岳 黄緑、笠ヶ岳
 といった山々が良く見えた。
 この他、写真には写さなかったが、横手山が大きく見えていたり、浅間山も良く見える場所があったり、霧ヶ峰方面の後ろに遠く見えたのは南アルプスの山だったのか?
 登りは休憩も含めて2時間強くらい、下りは1時間くらいだった。
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 初めての焼額山、好天とお元気な根橋さんとご一緒に登る事が出来,、貴重なお話を直に聞きながら登れた事、山頂の高層湿原のすばらしさを知った事。現在の自分の体力にちょうど合った山でもあり、幸せな一日であった。