裁判所の正体 瀬木比呂志✖清水潔 を読む(3章)

 この章では、裁判そのものについて話し合われている。裁判は民事裁判と刑事裁判があり、民事裁判には、いわゆる民事訴訟があるが、行政訴訟なども民事裁判に含まれるという事を初めて知った。

 現在の裁判は、とうてい理想的な物ではなく、裁判のスピード化が求められて和解が押し付けられたり、判決も、取り上げられた問題を裁判官がじっくり考えて出す様なものにはなっていなく、勝たせたいと思う当事者の出した書面を適当にコピーアンドペーストして判決文を仕上げる様な事をする裁判官もいるような状態だという。

 また、刑事裁判と民事裁判は、日本ではそれぞれ専門に行う裁判官が決まっていて、その形も問題だが、特に刑事裁判専門の裁判官は問題が多いという事で、それは次章の内容につながっている。

 裁判員制度もアメリカの陪審員制度などと比べると似て非なるものであり、問題が非常に多く、市民の裁判参加の方向は良いのだが現在の日本の実際の姿ではダメである事が書かれている。
 アメリカの陪審員は裁判官は資料を用意するだけで、有罪か無罪かは陪審員の全員一致で決める。量刑は裁判所の方で専門的に決めるという。日本は裁判官が複数参加で有罪無罪は過半数で決め、その経過の守秘義務は極端で、守れなかったら裁判員が罪に問われる制度であり、「裁判官が有罪にしたがっていたみたいだなあ~」などとでももらせば罪に問われる厳しさだという。
 現在のままでは、裁判員に選ばれたとしても断った方がよさそうだなと思った。

 3章の最後に、イギリスの童話「不思議の国のアリス」の最後の部分に、裁判の場面が、けっこう詳しく書かれている事が、瀬木氏により紹介されている。
 そこを途中からコピーすると

『 清水 ずいぶん裁判の話ばかりなんですね。タイトルからは考えられない。
  瀬木 はい、それから、最後に、裁判長をやっているハートの王様は面倒な裁判を早く終えたいものだから、「早く陪審員に評決させよ、評決させよ」と言う。と、女王が、「いや、刑の言渡しが先、評決は後じゃ」というわけです。もちろん、本来は、陪審員が「評決で有罪無罪を決めて、裁判官がそれに基づいて刑の言渡しをやるのですが、女王はこれをひっくり返して、ナンセンスなことを言う。するとアリスが、「先に言渡しをするなんてばかげてるわ」と言って、それでトランプをひっくり返して、そこで目が覚める。
 清水 今までうかがった話に置き換えると、ものすごく当てはまるものがある。
 瀬木 この童話がいつ出版されたかというと、1865年、日本では、まだ江戸時代なんです。明治時代の直前ごろに書かれているんだけど、そのころのイギリスの上流の小学校低学年の女の子は、明らかに、今の話ぐらいの裁判に関する知識があった。あるいは少なくとも理解できたんです。「不思議の国のアリス」は、キャロルが、知人の娘であるアリスのために書いたもので、アリスは、キャロルの一番のお気に入りでしたから、もちろん、賢い少女だったのだろうと思いますけど、それにしても、今の日本で、この童話の中のアリス程度の知識がある子供というのは、小学校高学年でも少ないでしょう。まあ、中学生ですよね。だから、皆、子供のころにこの童話を読んでいても、裁判の部分は忘れちゃう。感覚がないから。
 つまり、そこが、日本の近代の「厚みの不足」ということなんです。日本の子供がアリス並みの法的リテラシーを獲得するには、まだ何十年もかかるでしょう。そうするとイギリスとの開きはある意味では、ざっと180ないし200年かということにもなるわけです。少なくともそういう部分では。
 清水 日本だったらお白洲で、市中引き回し、はりつけ、獄門という時代ですよね。
 瀬木 まさに大岡越前、遠山の金さんの時代に。もうイギリスでは、裁判官というものは国民を代表して~ (略)
 清水 (略)
 瀬木 そうですね、イギリスでは裁判の歴史は、ある意味、人々が王権に対して少しずつ権利を獲得してゆく過程そのものですからね。~』

 これを読んで日本が遅れている事が実感させられるのだが、文科大臣が『教育勅語』を大臣室の壁に飾っているような現在では本当に200年くらいの文明の遅れが出ても仕方ないだろうな。

テレビドラマ「盤上の向日葵」を見て

 先日、「福島原発は津波の前に壊れた」という記事が「文藝春秋」に載ったので、初めて「文藝春秋9月号」を買って読んだのだが、それだけ読んだだけで、ただ捨ててしまうのはもったいないと思い、「芥川賞の作品」など読んだことが無い私なのだが、その号の目玉である「芥川賞受賞作品」を読んでみた。
 
 「紫のスカートの女」という作品なのだが、読みだすと面白くて、現代の世の中の感じをとらえたちょっとした面白いテレビドラマを見ているような感じで最後まで読み終わってしまった。
 作者自身の受賞にあたっての文も載っていて、読んでみると、引きこもり的な生活を送ったり、ホテルなどの清掃の仕事をやる合間に小説を書くような生活をけっこう長くやっていた女性でもあり、そういった実生活が作品に生かされてもいるのだろうと思えた。

 こんな風に生きて、小説を書いて、芥川賞をとる人がいるのだなあと認識を新たにした。
 久しぶりに小説を読んでみると、面白く、中に引き込まれるのだが、テレビドラマを見るよりは、自分の脳のある部分を使ってイメージを意識的に作りだしている感があり、映像のドラマを見るよりも、若い頃、無意識で内容に入り込め読み進んでいけるのと違い、老化した脳や目のせいか、ちょっと「読む苦労感?」が感じられたのにはガックリした。(という事は、脳の運動にはテレビより良いのだろう)

 そんな事を感じていた最近、NHK・BS3で、日曜の夜に将棋を扱った「盤上の向日葵」という、推理小説をテレビドラマ化した作品が四週連続で放送されていて、第一回目を見たら、長野県の諏訪が舞台となっていた。面白そうだったので楽しみに最後の回まで見ていた。
実力派俳優の演技も大きいのだろう。回を見終わるたびに続きが見たくなる面白さだった。推理小説特有のドロドロ感もあったり、見終わった後には爽やかな結末もあり感動的でもあった。

 この原作者もネットで調べたら、普通の主婦が推理小説作家になった人のようだった。
 今までもテレビ番組で面白いと思って原作者を調べると女性だったという事が多いような気がする。小説とかドラマとか、そういった物は、読んだり見たりした後に、感情のともなったイメージが湧き上がってきたり、物語の最後にはカタルシスがあったりする。
 現実の生活から空想を広げて、そういう感情のともなった人間の心の動きも入れていくのは、ドキュメンタリーや評論などとはまた違ったものなのだろう。女性の得意分野なのかもしれない。(もちろん一概にそうではないと思うが)

 テレビドラマともなると脚本家とか、演出家や撮影監督、俳優の演技や、音楽とか撮影技術とか、色々な物が総合された複雑な芸術なのだとも気がつく。そう考えてみると、現代では、テレビや映画、出版物などを通して、我々は美術、文学、音楽、演劇、等々、様々な芸術にその気になりさえすれば、いくらでも触れることができ「文化」といったものの奥深さも感じる事が出来るのだろうが、私などつまらないテレビのバラエティー番組などで時間を潰す事すらもある最近の生活にも気づく。残りの人生もあとすこしだというのに。
 
 最近は、あまたの科学者の警告や、論説やドキュメンタリーの告発や警告があるにも関わらず、「地球温暖化」は問題にもされず、政治分野では、萩生田氏のような人が文科大臣になって「非文化庁」の指示を出してくることも、もうすでに前から分かり切った事であり、それですら変わっていこうとしない日本の世の中である。

 こういった「盤上の向日葵」のようなレベルのテレビドラマというか、身近な感情に良い刺激を与えるような、広い意味の大衆的な芸術の質の高さも、大きく見たら世の中を正常に戻すための力になるのではないか、『推理小説とかスパイ小説」のような物が発達できるのは、一党独裁ではない多数政党がある民主主義国家だ、とずっと前、だれかのエッセイ集に書いてあったような気がする。
 

 
 
 

 
 

裁判所の正体 瀬木比呂志×清水潔 を読む(1,2章)

 この本を読み出したのだが、けっこう内容が充実していて、とうてい一気にまとめられない。内容も面白そうなので、分けて書こうと思う。
 この本は、元エリート裁判官で現在、明治大学法科大学院教授の瀬木比呂志にジャーナリストである清水潔が日本の裁判官や裁判の現状を聞くという物。
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 本の「あとがき」の最後に瀬木氏が、
『繰り返すが、本書は、ただの対談ではなく、あるいは、それと並んで、共同の「作品」であり、比喩的にいえば、正確性と論理性を失わない一つの「語り」、「物語」であるともいえる。読者の方々に、この共同作品を楽しみ、また、考え、感じて頂き、その上で、清水さん、僕の読者双方の方々には、他方の書物や仕事にも入っていく入口にもして頂ければ幸いである。』

 というように、たんなる「対談集」という感じの物では無く、清水氏が、ねらった点へ向けたサーチライトが照らし出され、瀬木氏が的確に、かつ触発されてどんどん語っていくような感じで、そのサーチライトの向け方が泥臭くもあり、鋭くもあり、また瀬木氏の解説が明晰かつ、さらにイメージが広がり、日本の裁判所の全体像や細部が明らかになっていく感じだ。私が何となく分からないなあ、と感じていた事にも答えが出されていた。

 1,2章は、
・1章 裁判官の知られざる日常
・2章 裁判所の仕組み
 というもの。

 以前、瀬木氏の「絶望の裁判所」という本を読みブログに書いたが、日本の裁判所はこうなのかという事は何となく分かったような気がしていたのだが、この本を読もうと思った直接の動機は、先日の「東電役員への原発事故の訴訟」の判決だった。
 どうして、こんな判決が出るのか!憤りや疑問があらたにわき出てきたので、さらにこの本を読んでみたという訳だ。

 その部分の答えが書かれていた。
 
 裁判官はどういうふうに判断を下してゆくのか、という事について、瀬木氏は、アメリカ法学の学派の考えを紹介し、『外から与えられる情報・刺激(これは、証拠や関係の法までを含む広い概念)と裁判官の人格が関数となって結論が決まる』という物であり、その考え方が瀬木氏も正しいと考えている、と述べている。
 その場面の続きは、
『 清水 なるほど、情報と人格ですか・・・。
 瀬木 でも、これは、事件の性格によって違ってくる。ごく簡単な事件では、まさに事実と法律を当てはめるだけなんですね。
清水 事実関係で争いがない刑事事件などですね。
瀬木 民事でも、貸金とか賃貸借関係の事件であまり争いがないようなものは、ごく単純な当てはめです。でも、広い意味での価値、社会的価値にかかわる事件、たとえば、憲法訴訟、行政訴訟、国家賠償請求訴訟、名誉棄損関係訴訟、医療過誤訴訟等では、関係の条文や法律問題の枠組み自体は非常に大まかで、ある意味あってもなきがごとしですから、裁判官の価値観や裁判官に外から与えられる広い意味での情報・刺激が決定的な意味をもちうるんです。冤罪が争われている刑事訴訟、ことに再審事件等では、まさに決定的でしょう。
清水 事実に法律を当てはめるというようなオートメーションにはならないわけですね。
瀬木 ならないですね。むしろ、裁判官の人格や裁判官にかかってくる有形無形の圧力が、重要になってくる。~』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 『法律問題の枠組みは、ある意味あってもなきがごとし』なんだ!これを読むと、やはり、裁判官の価値観、そこから来る情報の選択、裁判官の人格などの欠如が、先日の判決がおかしい、と感じた大元なのだと納得させられる。

 1章の最後に瀬木氏は
『 本来、裁判官というものは、自分の考えをきちんともっていて、それに従って裁判をすべきものです。権力にも迎合しないし、世論にも安易には迎合しないというのがあるべき姿なのです。ところが、日本の裁判官は、まず権力、それから時の世論ということになるので、たとえば、日本という国がどんどん悪くなっていくような場合、日本の裁判官には、そういうものに対する歯止めとなる力がきわめて乏しく、それは、ごくごく一部の裁判官にしか期待できない、ということになるのです。そこは、本当に、日本のキャリアシステムの大きな問題です。』と、書いている。

 さらに、第二章 「裁判所の仕組み」の中で、印象的な部分を紹介すると

『 清水 お話の中で、よく裁判所システムと軍隊を比較されますよね。
  瀬木 大学に移ってずっと考えてきたところでは、似ていますね。「黒い巨塔 最高裁判所」(講談社)の中で具体的に書いているとおり、ある意味、エリートサラリーマンよりももっと精神的に苛酷な世界なんですよ。
清水 なぜそういう世界になるのですか?
瀬木 裁判官を厳しく統制しておきたいからでしょうね。少しアメリカの裁判所の話をしますと、たとえば、一票の価値裁判では、一票の価値原則を貫かなければならないとして、専門家の助言を得て、選挙区割りまで自分たちで考えて、提示してしまう。~中略~
もう一つ有名なのは教育関係の裁判があって、黒人と白人の学生を分離した上で平等ということでやっていたのを、そんなのだめだと。分離したって不平等なんだから、一緒の学校に通わせろということを裁判所が判決で決めて、実現させるように監督する。これで教育制度が根本から変わる。もちろん一方ではきしみも起こりますけど、極端な場合、そういうことも裁判というのはできるわけです。
 アメリカはその典型ですが、欧米先進国一般で、「裁判所は権力ではあるが、市民、国民の立場からほかの権力を監視する権力チェック機関。だから尊重する」というのは常識だと思います。日本みたいに、「裁判官に、原発のことやエネルギー政策のことなどわかるのか」などといったことを、「自称知識人」が口にして、平気ですましていられるというのは、ありえないですね。
 だからこそ、権力のほうは、みえない形ではありますが、軍隊同様に、必死で統制するわけです。裁判官が本当に良心に従って裁判をし始めたら、あらゆるところで権力の「統治と支配」の根幹が揺らぎますからね。
清水 なるほど、先ほども話題になった「統治と支配」ですね。
瀬木 たとえば、危険性があると認定された原発は稼働できない。一人一票の原則が実現されれば、国会の勢力図が完全に変わってしまう。空港の夜間飛行禁止差し止めも同様です。本当に、社会のあり方が根本から変わってしまうんです。それが裁判というものの民主的な力。もちろん、判断は公正中立にしなければいけませんが。
 それくらい大きな力を潜在的にはもっているからこそ、裁判官は、本当に、十重二十重に厳しく統制されているわけです。
清水 われわれが本来もっているイメージというのは、三権は分立していて、司法は非常に独立性が高い仕事であるというものです。けれど軍隊というのは完全なタテ社会ですから、まったく真逆の感じがして、驚くしかないんですけれども。
瀬木 そうです。本来あるべき姿とは真逆です。しかし、少なくとも、最高裁事務総局は、きわめて軍隊、その参謀本部、あるいは全体主義的共産主義国家の中央官庁に近い組織です。
清水 しかもそれが、最高裁長官をトップとする強大な権力によって統制されていると。』
 
 そうなのか、日本の裁判所は、旧ソビエトや中国の中央官庁的なシステムと似ている物なのだなあ~と本当に納得させられた。民主的とは遠く、最高権力によって『統制』されている組織なのだ。
 この本には、若い裁判官が前例と違う自由に判決などだそうものなら、もう全く出世の道は閉ざされるような事が書いてある。最近では大飯原発運転差し止めの判決を出した樋口英明裁判長は地裁から外され家裁に移動になった。これも明らかな格下げの報復人事だ。
 裁判所は、ものすごい階層制度となっていて、若い頃から徐々にその階段を乗っていくようにして出世を競わされるような感じになっている。その頂点に最高裁判所がある。

 以前は裁判官としての矜持を持った人たちもいたが、2000年以降、上からの統制の傾向はますます強まり、締め付けが強くなってきたせいか、裁判官の不祥事も増え、(これは、教員の不祥事が増えてきたのも同じか?)また最高裁の裁判官が民間に天下りするような腐敗構造が増えているのだという。
絶対的共産主義国の末期の政府に腐敗が蔓延してきた時と同じような感じになってきている、との事が書いてあり、暗澹とした気分になる。

 2章の最後の方に、日本の裁判所はガラパゴス的になってしまっているという事が書かれていて、
『清水 日本国内とか、政府の話を聞いていると、日本は先進的というようなことをよくいいますけど、一つひとつ見ていくと、長く止まったままになっているものが多いんですね。
 瀬木 政府もそうですし、最近はテレビでも日本をほめるようなことばかりいっている。でも、「ニッポンの裁判」を通してお読み頂けばおわかりと思いますが、本当にこれで近代民主国家の水準に達しているのかというような裁判が平然と行われ、マスメディアもそれを放置している、あるいは、そもそも批判するだけの見識や知識をもっていない、というのが残念ながら、事実です。人権や社会的価値にかかわる裁判の内容をみる限り、残念ながら、そういわざるをえない。
 でも、それは裁判所だけかと思っていたら、学者になってさまざまな分野の人の話を聞くと、行政もそうだし、立法もそうだし、東大を中心とする官学もそうだし、マスメディアにもそういう傾向がある。もう、これは、日本の制度全体がそうなのではないかという気がするんです。前にも言ったことですが、確かに、広い意味でのテクノロジーや職人仕事やアートは一級、自然科学のノーベル賞も多いですし、国民性も、勤勉で礼儀正しいことは確か。けれども、一方、社会的・法的リテラシーはまだ十分とはいえず、民主主義や自由主義の基盤も脆弱。それが事実だと思うし、実際、欧米の知識人や自由主義者たちの評価もそうでしょう。つまり、一級の部分とそうでない部分があると。でもそれは恥ずかしいことではない。一級の部分もあるのですから、そうでない部分も直視して、さまざまな意味で尊敬される国になってゆくべきではないかと思うのです。すべての面で一級の国などないわけですし。』

 日本人は裁判を「大岡裁き」のようなお上のお裁きという意識でとらえていて、市民、国民の代表として正しい判断をする人とか、権力に対して法によって国民を守る、といった役割、などという風にも考えていない。という事も書かれている。
 これは、『イギリスやアメリカのように、国民が権力と対決する場所というのは、常に裁判所にあり、イギリスだと、王様といえども法に従わざるをえなくなる。』
そういった歴史が無いから仕方が無いのかもしれないが、そういった歴史が遅れている日本は、謙虚にこれから足りない事を自覚して歩んでいけば良いのではないか。と本が言うように進むべきだ。最近でもイギリスで首相が議会を開かないと言ったら、最高裁がそれは出来ないと判決を出した事など、やはり腐っても鯛で、イギリスは日本とは根本的に違うなと分かる。
地球温暖化を訴えるスウェーデンの女子高校生のように学校を毎週休んで訴えていたそうだが、日本の高校生がそういう行動を学校ですることが許されたり、世間が0の時からそれを支持できるだろうか。

 その他、この章では、トルストイの短編小説「イヴァン・イリイチの死」に出てくる帝政ロシアのエリート裁判官と日本のエリート裁判官のあり方がとても似ているのだ、という事が書かれている。日本の現在は「帝政ロシア」かあ、と納得してしまうが、短編だから、また読んでみよう。

 引用ばかりとなってしまったが、うまくまとめられない、お許しを。ぜひ、本を読んでみてください。

 瀬木比呂志氏の「絶望の裁判所」を以前、読んだ時のブログはこちら。
https://js30.at.webry.info/201404/article_5.html

上田市「鴻の巣」は、古代の鉱山跡だった!

 写真は「鴻の巣」
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これは、その昔、鉱山の守り神としてしめ縄でもされていたのでは?と推定されるという「紅の岩」
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近づいて撮影
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  先日、このブログで「上田泥流の2つの学説を調べてみた」という題で、地元の地質研究家である山辺邦彦氏の上田泥流についての学説を紹介した。
https://js30.at.webry.info/201909/article_4.html 
  山辺氏の説はネット上にはあまり出ていないが、上田市誌にも載っているし、上田創造館の「岩石鉱物展示室」などにパネルで分かりやすく見る事が出来る。小県上田教育会発行の「上田地域の鉱物・岩石・化石」という理科学習資料(上田市の書店にも売っていた)にも載っている。

 これから紹介する、「鴻の巣」についても創造館の展示室にきちんとした説明コーナーが作られている。
(ちなみにこの展示室にある岩石や鉱物は、ほとんどが山辺氏が採集したもので、上田地域の貴重な岩石、鉱物の標本である)

 さて、山辺氏は、地元の地質について色々と発見されている訳だが、地学よりも歴史の方が興味のある私のような人間にとって、「鴻の巣」の地形は、古代の鉱山跡」という説は何かロマンを感じる話だ。

 「鴻の巣」とはどんな所か、この発見を聞く前、私は鴻の巣の遊歩道の事をブログに書いていた。「鴻の巣」について、多くの上田市民もこんな程度の感じ方だろう。
https://js30.at.webry.info/201006/article_9.html
 とは言え、あの地形が浸食で出来るのか?川らしい物も無いのになあ、といつも説明板の最後がどうも腑に落ちない気分はずっと前からあったので、山辺氏から『鉱山跡』と指摘され、そうだったのか、「ガッテン」となった。

 だが、最近あらためて「鴻の巣」とネットで打ち込んでも、「鴻の巣は古代の鉱山跡」との話題は全く出てこない。この発見はもっと騒がれてもいい話題だと思う。「石見銀山」が世界文化遺産になったのだから、せめて「鴻の巣」は古代の鉱山跡として上田市の史跡くらいに指定されてもいいのではないか?そんな事を思って今回、このブログで紹介する事にした。
  
 以前、山辺氏からいただいた鴻の巣についての講演会のレジメの内容を見て(その講演会は私は出ていない、レジメをいただいたり、ちょっと現地で説明をお聞きした事があるくらいだ)これを書いている。

 まず、東京国立博物館で「信濃の赤い土器」という特別展が平成24年に行われたという。
ネットで見ると、今もそのページが出て来る
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1432
 山辺氏はレジメで、『私はこの赤い土器に塗られている紅は、鴻の巣の褐鉄鉱を原料として作られたもので、同時に金属鉱の鉱山として褐鉄鉱も掘り出されていたのではないかと考えている』
 と言う。

 鴻の巣の礫岩層には褐鉄鉱が層状に入っているのを見る事が出来るのだが、山辺氏は、昭和50年に鴻の巣を調査した時に、偶然にも鴻の巣の露頭の一部に紅(ベニガラ)ができている所を発見したのだという。その時の事を、
『紅を発見した時の感動は、今でも忘れることはできない。紅を初めて見たとき、この紅の赤色は人間の血液を連想させるほど強烈だった。古代人もこの赤色を目にしたときには、かなりの驚きをもって見たことであろう。』
 という事で、若い頃、調査で偶然に見つけた「紅」の露頭についてずっと考え続けていてその後、古代の鉱山跡と、どうしてひらめいてきたのだろうか?お聞きしてみたいところだ。(上の写真の岩だと思う)

 『 』レジメから引用

『ここの褐鉄鉱並びに赤鉄鉱(ベニガラ)は、砂鉄起源である。鴻の巣の礫岩層は、浅い海辺に堆積してできた地層と考えられるからである。海辺には砂鉄層が発達する。「コウの岩」がある周辺の地形を調べると、弥生時代・古墳時代などの人々が褐鉄鉱層だけを掘り出した跡が深い溝や窪地となって残っている。さらに別の場所では、土状の褐鉄鉱層の部分だけを採集してできた掘割も見つかっている。』

『鴻の巣の褐鉄鉱には、紅(ベニガラ)に向くものと製鉄に向くものがあることはすでに述べた。おそらく弥生時代の人たちはこのことをすでに理解していて、紅つくりと同時に製鉄も行っていたと考えられる。「コウの岩」付近は製鉄用の褐鉄鉱を、掘割付近から「コウの岩」にかけて紅用の褐鉄鉱を掘ったと思われる』

 山辺氏は自分で当時と同じような方法で「ベニガラ」を作り出す実験もされている。褐鉄鉱からもさらに手を加えて「ベニガラ」を作り出している。

 この鴻の巣のある小牧山(東山)には、鴻の巣から直線距離にして1,5kmくらいの場所には、古墳群があり「いにしえの丘公園」となって整備されている場所があり、同じ距離に生島足島神社の山宮もある。鴻の巣は神社の御林でもあったという。
 写真はいにしえの丘公園の古墳
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 また、小牧山の少し離れた付近に「たたら塚」という古墳や、「紅平」という地名もあるという。

『このようなことから「鴻の巣」は、「紅(こう・べに・ベニガラ)と綱(こう・はがね)」が生まれる場所であったことを示す地名であることも濃厚になった気がする』と。

 レジメの最後の方には、鴻の巣とそっくりな地形がスペインにあった、(もちろん規模は全く違うと思うが)という事で、ローマ帝国の砂金鉱山跡・ラスメデゥラス世界遺産の写真を示されている。
「ラスメデゥラス世界遺産」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%A9%E3%82%B9

 繰り返しになるが、「世界遺産」ほどではもちろんないが、「いにしえの丘公園」同様に山辺氏も述べているように、ここは「市の歴史遺産」くらいにはなってもいいのではないか。長和町の星糞峠の「古代の黒曜石遺跡」は、長年、明治大学で取り組まれていて、そこでやっていた方が、地元の研究者となって町に残り、すばらしい発掘成果を上げて、現在では黒曜石ミュージアムなどすばらしい施設が出来ている事もある。上田市だって、もうちょっと周辺の整備を考えた方が良いのでは?
 古代人の赤色に対する気持ちは現代の人間とは違ったものがあるようだ。最近、古代大和朝廷の発展は、「紅」よりもさらにずっと貴重な「朱」の発掘と交易による現代のサウジアラビアの「オイルマネー」的な物だったという本を読んだが、こちらもこの、生島足島神社周辺の豪族の冨と力の源泉の一つになったのでは、などとも空想が広がる。

 今日も、上の写真を撮ろうと鴻の巣に出かけてみたら、近くのマツタケ小屋に多くの県外車が止まっていて驚いた。マツタケ小屋からちょうど鴻の巣が良く見えるようだ。飲み食いのつまみに鴻の巣の崖を見ているようだった。
 しかし、鴻の巣自体は、閑散として次第に木々に埋もれ始めているようだった。

 いただいたレジメは全部で8ページの物だが、最初の3ページだけ載せておきます。さらに知りたい方は、上田市創造館の上田市の岩石・鉱物展示室に行って説明パネルやベニガラの実物などをご覧になってください。
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 山辺氏は、レジメの最後の方に
『~それをより深く確かめるためには、千曲川水系で出土している弥生時代後期の赤い土器や鉄製品の成分と鴻の巣の紅(ベニガラ)並びに金属鉄の成分を比較することが必要である。さらには鴻の巣の褐鉄鉱を使った「たたら」製鉄の実験などを行うことも今後の課題であろう。』と書いてある。
 私も、赤い土器は北信の方で良く使われたようだが、上田周辺の東信ではどうだったのか?使われていたのなら問題ないが、使われなかったのなら、ここを「紅」の産地とするのはどうなのか?など納得できない点もあった。
 いにしえの丘の古墳群はいつごろの時代の物なのか?生島足島神社との関係は本当はどうなのか?などなど、まだ分からない事が多いのだろう。

 地質研究家である山辺氏は、「それは考古学の方でやることだ」と考えているようであった。
 「上田泥流」の問題と同じく、こちらも取り組む地元の若い考古学、歴史学に取り組む人や、歴史・考古学ファンの人が取り組めば面白いのではないか。

 
 

 

TBS報道特集で福島原発裁判の無罪を批判

 土曜日の報道特集で、福島原発事故で東電の旧経営陣3名が無罪になった事について当然、批判していた。

 番組の中のインタビューで話していた地震学者の島崎邦彦東大名誉教授は、地震予知連絡会長や原子力規制委員会などを歴任した人だが、裁判官の判決について「そうなると思っていた」と語り、科学的な事実からちゃんと考えていず、最初から「原子力村」の論理で結論ありきで判決をしてあきれた物、と強く批判していた。本当にそうだ。

 番組では、裁判で当時の東電社員が、津波の高さが15,7mになる可能性があると、きちんと計算などして、3人の経営陣のいる「御前会議」とよばれている場でちゃんと出している事を証言していた事も伝えていた。
 それにも関わらず、無罪とは!

 経営陣は、『土木学会』に検討するよう伝えていたと言うが、そこには「原発村の御用学者」がいるという事を島崎氏は話してもいた。最初からこういった大きな悲惨な結果になるという事を想像できず、金がかかるからやらないように何とか考えるという方向で判断、行動していたという事だろう。15,7mと報告した社員はそれを聞いてガックリして力が抜けた気がしたという。
 それがどうして経営陣の業務上過失でないのだろう。

 島崎氏が委員であった地震予知連から出た結果についても、まともに考えていない訳だが。
 それはどんな物かというと、
『1995 年の阪神・淡路大震災後に設置された,地震調査研究推進本部(略称:地震本部)の地震調査委員会は,2002 年,この海域のどこかで30 年間に津波地震が発生する確率は20% 程度,地震の津波マグニチュード(津波の高さから推定される震源規模)は8.2 と公
表した。』
 こういった警告が国からちゃんと出されていた訳だ。

 こう聞いてみると本当に、裁判官は、そういった科学的な調査結果がどのように出されていて、それをどう経営陣が受け止めていたのか、また東電内の会議の裏側など追及するどころか、全く「原子力村擁護」の思考停止のメチャクチャ判決である事が分かる。
 日本の裁判の歴史に汚点を残す判決だと、検察側の弁護団が語っていた。

 この東京高裁の裁判官、最高裁判事になったら「国民審査」で忘れないで×をつけよう。

 ウキキペディアで島崎氏を調べたら、そこに地震直後に書かれたこんなPDFもあった。

 超巨大地震,貞観の地震と長期評価
http://www.bousai.go.jp/kaigirep/chousakai/tohokukyokun/1/pdf/5-3.pdf

 

秋の林道

 まだ紅葉は始まっていませんが、木々の葉は少し色が変わってきています。
 写真は、標高1600mくらいの林道。遠くに見える山は四阿山。
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 四阿山は、南側から見ています。

東京地裁の「原発事故の無罪判決」について

 東京電力の旧経営陣3人の刑事責任が問われた裁判で19日、東京地裁は無罪判決を言い渡した。

 刑務所へ入れるのがかわいそうなら執行猶予をつければいいのだから「有罪」にし責任を取ってもらうべきだ、と庶民ならだれもが思うだろう。あれだけの結果を引き起こして責任がだれもとらないとは、とあきれる。
 我々庶民は、何かちょっとした失敗をしでかせば確実に「業務上何とか、過失何とか」と罪になるのだろう。

 朝日新聞に、「東電旧経営陣 強制起訴判決(要旨)」というのが載っていたので読んでみると、この裁判官は、きっと原発事故という事や原発について、また原発の被害などについて特に何も感じていなくて、ただ自分の法律の世界の中の論理で考え、さらに何か忖度というか出世というかそういった物が基礎にあるのか?被告人無罪という前提に向かって色々と理屈を言っているような感じにしか読めない。

 地震大国日本の原発について警告していた「大地動乱の時代」の石橋克彦教授のような本も読んで危機感を感じたこともなく、日本共産党の吉井英勝衆院議員が、国会で福島原発の事故の起こるずっと前に、こういった津波の事故を予見して質問していたようなニュースも知らず、地震学者が貞観地震の津波について調査した結果もどんなものか本気で調べず、また、チェルノブイリの事故によってどのような放射能の影響が人間に出ていたのかの知識もなく、それらは福島原発前に世の中に存在していたのだが、もちろんそういった事も知らず、さらに福島原発事故後、それらを真剣に学んでもいないのだろう。
 もちろん、昨日までブログに書いていた木村氏の「津波の前に地震で壊れていた」などという事も知らないで判決を書いている。

 ただ自分の狭い法律論の狭い世界で、被告を無罪にする方向で論理を組み立てていただけのような感じだ。
 被害者への心情、広い学識とか、高い倫理観のカケラもない、まさに『法服を着た役人たち』なのだろう。(その本はまだ読んでないが)
 こんな裁判官に裁かれたらたまったものではない。

 判決の「結び」には、
『事故の結果は誠に重大で取り返しのつかないものだ。しかし、地震発生前までの時点では、法令上の規制や国の指針、審査基準のあり方は、絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかった。3人は東電の取締役などの立場にあったが、予見可能性の有無にかかわらず当然に刑事責任を負うということにはならない。』
とある。

 これによれば、国の指針では原発は「絶対安全ではない」と放置していた、という意味ではないのか?
 「安全神話」などと言って国も原発企業も言っていたわけだ。それなのに「絶対安全ではない」と基準がちゃんとなっていなかった、と言っている判決で素人から見ても「?!」というおかしなものだ。
 
 この論理の流れから結びにいくなら、

『事故の結果は誠に重大で取り返しのつかないものだ。しかし、地震発生前までの時点では、法令上の規制や国の指針、審査基準のあり方は、絶対的安全性の確保までを前提としてはいなかった。3人は東電の取締役などの立場にあったが、予見可能性の有無にかかわらず当然に刑事責任を負うということにはならない。その真の責任は、「原発安全神話」とし、原発を推進してきた国が、その安全基準、審査基準のあり方を「神話的絶対的安全性」にしていなっかったからであり、今後、裁判によりその責任を問われなければならないものである。』

 とつながるのではないですか? それが抜けているから倫理的にも「?」となるのではないか。

福島第一原発は津波の前に壊れた 木村俊雄を読む5

  “過去の話”ではない の章

 この章は最後の章であり、木村氏が結論を述べていて短いので、全文をコピーした。

『 原発にはそもそも無理があるというのが、長年、現場経験を積んできた私の実感で、私は「反原発」です。しかし敢えて「原発維持」の立場に立つとしましょう。その場合でも、事故を教訓に十分な安全基準づくりの根拠となるべき事故原因の究明すら、いまだなされていないのです。
 東電は「津波によってメルトダウンが起きた」という主張を繰り返しています。そして、その「津波」は、「想定外の規模」で原子力損害賠償法の免責条件にあたるとしています。しかし「津波が想定外の規模だったかどうか」以前に、「津波」ではなく「地震動」で燃料破損していた可能性が極めて高いのです。
 しかも、私が分析したように、「自然循環」停止の原因が、ジェットポンプ計測配管のような「極小配管の破損」にあったとすれば、耐震対策は想像を絶するものとなります。
細かい配管のすべてを解析して耐震対策を施す必要があり、膨大なコストがかかるからです。おそらく費用面から見て、現実的には、原発はいっさい稼働できなくなるでしょう。
 原発事故からすでに8年が経ちますが、この問題は、決して“過去の話”ではありません。
不十分な安全基準で、多くの原発が、今も稼働し続けているからです。』

 以上で木村俊雄氏の論説は終わる。

 折しも、今日、東京地裁は、原発訴訟で、東電会長ら旧経営陣3人に無罪判決を出した。裁判官は、こういった本当の現場の人の声に学び、耳を傾けることなく、別の論理で判決を下しているのだろう。

 「そんな、あれだけの被害を国民に与えていて無罪はないだろう」と一般国民はだれでも思うだろう。裁判所はおかしいんじゃないか、と腹立たしい方も多いだろう。
 そういう方は、この本を読んでみたら裁判所の真実の姿が見えてくるのだろう。
 私も読んでみようと思う。

「裁判所の正体 法服を着た役人たち ブックレビュー」
https://bookmeter.com/books/11777394

福島第一原発は津波の前に壊れた 木村俊雄を読む4

 墓穴を掘った東電 の章

 木村氏は、東電相手に損害賠償を求めて訴訟を起こしている福島県田村市の訴訟に証人として今年3月と5月に出廷したという。
 これは、どこかから仕事で頼まれたというような物でなく、一銭にもならない事なのだが、東電社員では出来ないし、自分の長い経験もこのためにあった、自分にしかできない宿命だ、という使命感で関連するデータや資料を徹底的に読み込んで公判に臨んだという。
 
 東電側は、木村氏の考えに対して、『炉心流量の計測には、ローカットフィルタリングという回路があり、そういった処理が数値上なされているだけで、実際には流量は止まっていない。自然循環は残っている。だから地震によってドライアウトが起こったわけでない』という主張を繰り返した。
 
 ところが5月の公判で、東電側の出してきた「反対尋問用の資料」として原子炉のメーカーの設計書を出してきたのだが、それを読むと、ローカットフィルタリングによる処理の無いデータであることが分かったのだという。
 『東電は、自分の主張を否定するような証拠を自ら提出してきた訳です』

 相手の弁護士はそれを指摘すると困惑して汗をかいていたという。炉心に詳しくない人間が資料作りを担当したのだと分かるという。

 また、東電の企業体質も無視できないという。「過渡現象記録装置」のデータを隠していたように、木村氏の在籍中も、事故の隠ぺいやデータ改ざんを何度も、「安全性」より「経済合理性」を優先させて行っていたという。
 木村氏も上から言われるままにそれに関わっていた訳だが、きっと疑問を感じていたのだろう。

 1991年10月、配管が腐食し、冷却用の海水があふれ出し、建屋内に侵入してしまい、非常用デーゼル発電機が動かなくなる事があり、一号機は68日間にわたり発電停止した事故があったという。
 木村氏は中央制御室に一緒にいた東大の原子力工学科を出たエリートで人間的にもいい人である安全審査の担当者の上司に、このくらいでこうなるなら津波が来たらどうなるのか、津波による事故の事を考えないといけないのでは、と聞くと「君の言う通りだ。鋭いね。しかし、安全審査の中で津波を想定することはタブーなんだ」と言われ、木村氏は戦慄を覚えると同時に大きな脱力感に襲われたという。
 原発設計の根幹にある問題に愕然とし「では、デザインベースから駄目じゃないですか」
 と言った所で会話は終わったという。
 その後もなおざりの報告書が作られて適当な処理で通り過ぎていったという。

 木村氏は、東電の社員であった時から、こういった原発の状況を問題だなと思い続けてきたのだろう。折角、自分の実力でつかんだ専門職の地位をすてて18年で退社したということは、やはりそういった企業風土や原発の現実の姿がいやだったのではないか?(そういう事は書いてないが)
 
 今日、一つの原発訴訟の判決が出るようだ。(木村氏の関わっているものかどうかは?)
 原発が地震によって壊れたという所が争点になっているのか?
 NHKなどの報道を見ていると、津波で原発が壊れ、それを放置していた東電の責任を追及するようだが、もちろん津波の影響も大きいのだろうが、原発はまず、地震で壊れたという点を抜いてしまっては、判決内容はどこか間違ったものになってしまうのではないか。
 

福島第一原発は津波の前に壊れた 木村俊雄を読む3

 『燃料がドライアウト』の章

 前章で書いた、開示されたデータを木村氏が分析した事が書かれている。

 福島原発は、沸騰水型(BWR)で炉心の中を水が流れ、核燃料を徐熱する。そして、『電源喪失』でポンプが止まっても、「自然循環」で、炉心の熱を約50%出力まで除去できる仕組みになっていて、これがBWRの安全性を保障する仕組みになっているという。
 
 この「自然循環」が無くなれば、炉心内の水流が止まり、燃料被覆管の表面に「気泡」がびっしり張り付き、その結果、冷却水と燃料被覆管が隔離されてしまい、冷やすことが出来ず、次々に燃料が壊れてしまう。これを「ドライアウト」と言う。

「過渡現象記録装置」は、地震発生後、プラントの全計測データを百分の一秒単位で収集し、計算機内に保存していた。(1号機の場合で10分間)

 これが、炉心流量のグラフだ。
de-ta.jpg
 『グラフを見ると、地震が来る前は、「一万八千トン毎時」で水が流れていました。そして14時46分に地震が発生し、原子炉が自動停止すると、放物線を描いて流量が下がっています。次に電源喪失によって計測値はいったんマイナスになっています。これ自体は、計測指示計の設計上生じることで、問題はありません。その後、数値はスパイク(瞬間的に上昇)して一旦上がっていますが、1分30秒前後から炉心流量はゼロになっています』

 つまり、自動停止後、ほとんど直ぐに炉心水の自然循環が無くなり「ドライアウト」に向かい出したという事だ。炉心水流が無くなる事と炉心の水が無くなる事はイコールでは無いという事をここで初めて私は知った。

 炉心流量が0となった原因として、
『では、なぜ「自然循環」が止まってしまったのか。私が分析したデータや過去の実績を踏まえると、圧力容器につながる細い配管である「ジェットポンプ計測配管」の破損が原因である可能性が極めて高いと考えられます。』
 という事だ。

 運転手順書には、「地震時に「自然流量」の継続と「炉心流量」を確認するという事が明記されていなかったので、運転員も気が付けなかったり、4つの事故調の専門家たちもこのデータの欠落に気づかなかったという。原発の専門家と言っても様々な分野に分かれていて、このような炉心内の細かい挙動については“素人”なのだという。
『国会事故調の先生方から直接聞いた話です。過渡現象記録装置のデータは、実は東電のパソコン上で見たそうです。ただ、その画面に映っていたデータは、「単なる数値の羅列」にすぎません。私でも、その「数値の羅列」を見ただけでは、何も読み取れません。私のように炉心屋として過渡現象記録装置を長年使用していた人間が、しかも「数値の羅列」を「グラフ化」することで、「炉心はこうなっていた」と初めて読み取ることができるのです。』

 木村氏は、こういった炉心の管理を行っていた人で、定期検査ごとに燃料棒の入れ替えや、入れ替え後は設計通りに核分裂が起こっているか、炉心の状態はどうか、などを確認する作業をしてきたという。通常こういった「炉心の管理」は、東大や東北大で原子力工学を学んだキャリアが担う仕事なのだが、木村氏は「東電学園卒」だが、柏崎刈羽原発で働いていた時に、後に副社長になる武藤栄氏に認められ、「お前は何をしたいんだ」と聞かれ「炉心屋になりたい」と言うと、福島原発に行かせてもらったのだという。
 福島原発には当時、炉心屋は9人ほどしかいなかったという。
 そういった超専門家の中で当時は、誇りを持って一生懸命頑張っていた人なのだなあ、という事もわかった。

 これに対して、東電の事故調は、津波の第一波が到達したのは地震の41分後の15時27分で、それまでは原子炉は正常だと言っている訳で、木村氏はとうていその説を納得できないという事が分かる。
 事故の原因究明は時間をかけて徹底的にやらなければならないと言っている。
 どうでも良いような事故では無いのだから当然の事だろうと思う。

福島第一原発は津波の前に壊れた 木村俊雄を読む2

 『隠されていた重要データ』の章

 木村氏は、東電事故調の5千ページもある膨大な記録をくまなく読み込んで、「何かおかしい、東電はすべてのプラントデータを公開していない」と感じる。

 それは、木村氏が東電在職中に日々、まさに仕事としてそのデータ解析を行っていた炉心内の水の流れを示す「炉心流量」に関するデータだった。
 それは、「過渡現象記録装置」という計算機が記録するデータで、航空機でいえば、フライトレコーダーやボイスレコーダーに相当するものだという。この装置は1~6号機まですべてついていた。木村氏が自身で日々データ解析していたその炉心の重要な記録が全く公開されていない事に気が付く。

 ところが、東電事故調は、この「過渡現象記録装置」のデーターを公開しないまま、「安全上重要な機能を有する主要な設備は、地震時及び地震直後において安全機能を保持できる状態にあったものと考えられる」と報告書で述べていた訳だ。

 木村氏は、2013年7月、記者会見を行い、公開質問状という形で東電に不足しているデータの開示を求めたが、「すべてのデータは開示済み」という回答だったという。

 ただその後、東電の廣瀬直己社長が記者会見で、木村氏の公開質問状の内容や炉心流量データが未開示であることについて質問された際、「すべてのデータを開示する」と表明したのだという。
 木村氏は、「おそらく廣瀬社長は、データの意味や未開示の理由を分かっていなかったのだと思います。」と書いている。とにかく運よく?そのデータが開示される事になった。

 航空機事故で「フライトレコーダー」や「ボイスレコーダ」の内容が公開されなければ素人でもおかしいと思うのだが、この「過渡現象記録装置」のデーターが無い、などと聞いても、木村氏で無ければ全くピンとこない。そういった事をよいこととして東電は国民から不都合なデータを隠していた事がよく分かる。

 データの保管と、情報公開の大切さがこういう所からもよく分かる。
 

 

福島第一原発は津波の前に壊れた 木村俊雄を読む1

 しばらく前、古賀茂明ツイッターを見ていたら、この記事が出ていた。
https://wpb.shueisha.co.jp/news/society/2019/08/30/109618/
 文芸春秋の9月号に東電の原発炉心の専門家の告発が出ているという。

 文芸春秋という雑誌は買ったことが無いのだが、この記事を読むためだけに、1000円出して買って読むのもためらわれ、ちょっと待ってアマゾンで古本が出てから買ってみた。
 菅官房長官と小泉進次郎の対談や、韓国批判の評論などが最初に大きく出てきて、初めから3分の1くらいの場所にやっとこの記事が出ていた。
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 一読して、これは本当に津波ではなく地震によって炉心が壊れ始めた事が明らかな証拠が出たのだ、また他にも原発という物についての重要な証言が書いてある事が分かる。
 
 新聞を見ると、原子力規制委員会が、中断していた原発事故の原因調査を再開するという。しかし、規制委員会は国会事故調の見解を否定し再調査でも津波が原因という姿勢を示しているという。

 原発事故直後だったら、こんな記事は大きな反響のあるものだっただろう。
 しかし、木村氏の告発は、本当の原発炉心の専門家のものであり、とても重要な証言だと思う。
 8ページほどの内容だが、4つの段落に分かれているので丁寧に読んで順にこのブログに内容を紹介していきたい。

 『木村俊雄氏(55)は長年、東電の技術者として原発の仕事に携わってきた。東電学園高等部を卒業後、1983年に東電に入社、最初の研修先が福島第一原発だった。
柏崎刈羽原発を経て、1989年から再び福島第一原発へ。2001年に退社するまで、燃料管理班として原子炉の設計・管理業務を担当してきた“炉心屋”である。
 東電社内でも数少ない炉心のエキスパートだった木村氏が、自身が手に入れたデータをもとに、福島第一原発であの日、何が起こっていたのかを解説する。』
 

憲法9条への3項の自衛隊加憲は、日本会議幹部の発案

 憲法学者 水島朝穂の「直言」を読んでいたら、リテラのこの記事が紹介されていた。

 題は、安倍首相の「9条に自衛隊明記」改憲案は日本会議幹部の発案だった!「加憲で護憲派を分断し9条を空文化せよ」
https://lite-ra.com/2017/05/post-3147.html

 そこには、
『この安倍の“2020年新憲法施行宣言”にはもうひとつ、とんでもない問題が潜んでいる。それは、この宣言で打ち出した9条への「3項加憲」案が、ある“日本会議幹部”が昨年ぶち上げていた狡猾な改憲戦略の丸写しだったという事実だ。』
 とある。

 これも、マスコミが一番重要な事を「スルー」しているのだと分かる。
 私は、テレビなどで見ていて、「公明党は加憲を提案している」というような事を聞いているから、9条3項の自衛隊加憲案は、公明党が提案した事かと思っていた。

 ところが、公明党は憲法改正に積極的では無い感じで、それは良かったなと思ったのだが、「あれ、公明党が加憲と言っていたのでは?」と不思議な感じがしていた。
 ところが、実際は、「日本会議」が提案した事だったのだ。
 なるほど、『日本会議』の案だったので、公明党は関係ない訳だ、公明党は他の部分の加憲と言っている訳か。

 水島教授が、もし、自衛隊が9条3項として付けくわえられたらどうなっていくかについて解説していたが、「日本会議」が提案することだからもうその狙いは戦前の日本への逆行だ。歴史から学ばず、あの歴史を繰り返させようというのか。

 マスコミは、よ~く、国民に「安倍首相の9条への自衛隊の加憲は、日本会議が提案した物ですよ」と知らせるべきだ。
 でないと、私のように公明党が提案したと誤解してしまう。
 私のように誤解する人がいるのだから、公明党も、よく、その辺の事を国民に説明した方がいいですよ。

本物の言説

 先日、一人暮らしの弟が用事で家に来た、現在の政権のやっていること、またそれを無批判に受け入れていく世相などへの腹立ちをお茶を飲んでいる時に話し出し留まる事を知らなくなった。
 そんなにお喋りでない弟なのだが、私もいささかうんざりして、「分かってるよ、それならオレみたいにブログでも始めてそこへ書けばいいじゃないか」などと言った。
 そのうち、「ああ、今日は言えてスッキリした」と言って止ったのだが。いつも一人暮らしでそのウップンを晴らせなかったからだろう。

 とは言え、私も同じ気持ちで、この気持ちを話す人もあまり無く、毎日ネットを見ては、現在のこのおかしな状況について何か真実の情報が無いのか、変わるための指針がないのか、という気持ちでネットの中を探し回って情報のかけらを見ては、関連した本を読んでみたりしている。何か情報を見つけると「拡散」という意味でブログに書いている。

 もちろん、我々が知らない政権側の隠されている真実も知りたいという気持ちもあるが、問題な事は感じるが、どこがどう問題なのか、より根本的に理解し、分かりやすくその本質を示してくれる言葉も求めているのだろう。
 
 先日、日航123便の事故についてその真の原因を追究し訴えている青山透子の本を読んだのをきっかけに、それを支持している早大法学部の教授がいる事を知った。
 その人は、水島朝穂という法学者であり憲法についても、なぜ今の政権が憲法をいじる訳とその危険性をしっかりと示してくれている。HPの直言というのや、ツイッターを読んでみると、とても良く本質的な事を知らせてくれているように感じた。
 今後、この人のHPをじっくりと読んでみたいし、時々このツイッターも見てみようと思う。

 取りあえず、最近の事でそうだな、と共感したこれを紹介(直言の記事)
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2019/0826.html

 水島朝穂ツイッター
https://twitter.com/hashtag/%E6%B0%B4%E5%B3%B6%E6%9C%9D%E7%A9%82



空恐ろしいような時代に突入したのかも

 マスコミでは小泉進次郎が大臣に入閣したと騒ぎ立てている。将来の総理大臣は国民が決めるのでなく、テレビのマスコミが決めるようである。

 前々回の長野県参院議員選挙の時に、私は現在の立憲民主党、杉尾議員をネット上で勝手に応援?して色々とネットの情報を見たりしていたが、その時、相手候補の応援演説のために小泉議員が上田駅前にきて応援演説をしたユーチューブ動画で見た。

 小泉議員は、ご当地の言葉を取り入れた巧みな演説、と言われているのでどんなにすごいのか、恐る恐る見ていると、動員で集まったらしいおばちゃんたちを笑わせるような冗談を言っただけで、後は特別なるほどとか、敵ながらこれは手ごわいぞ、とか感心するような事は何も言っていなくて、党の主張を言っていただけのような感じで「ああ、この人のイメージは親の七光りとマスコミが作り上げた虚像なのだな」と私には感じられた。
 今回、環境大臣になったわけだから、もし本気で取り組むなら政権の進める色々な問題な物との対決となってくるだろう。その結果どうなるだろう。ぜひ私が話を聞いた時の印象を覆してほしいものだ。

 ネットを見ていたら内閣情報調査室の北村滋という人が国家安全保障局長という人事が発表された。
 「北村滋」といったら、詩織さん事件で、"安倍官邸御用達"ジャーナリスト・山口敬之氏が逮捕される寸前だったのを命令でやめさせた人物ではないか!

 これについてリテラでは、
https://lite-ra.com/2019/09/post-4956.html
 これを読むと本当に恐ろしくなってくる。日本国民は本当に目を覚まさなければダメだ。
政治には関心が無いのでなどと冷めて、投票率50%以下、なんてことを続けていたからとうとうこんな事になってしまった。

 文科省の萩生田大臣も、そう言えば何かの事件の時に、関わっていた人ではなかったのだろうか?ブログに前書いたような気がして探してみたら、以前のブログこんな事を書いていた。
https://js30.at.webry.info/201706/article_9.html
 こんな人が文部科学大臣!?

 リテラにもさっそく記事が載っていた
https://lite-ra.com/2019/09/post-4960.html

 前川喜平氏のツイッターにも
『やっぱり萩生田文部科学大臣か。ひどいことになるだろう。彼の議員会館の事務職には、教育勅語の大きな掛軸が掛けてあった。』
『萩生田新文科大臣には、加計学園問題への関与をしっかり質すべきだ。特に、2017年6月20日に文科省がその存在を認めた2016年10月21日の日付入り文書「10/21萩生田副長官ご発言概要」の記載内容については、本人から納得のいく説明を求めるべきだ。』
とある。

 こういった「日本の教育」そのものへの逆投資というか、政権による文科省や日本の教育へのイジメのような事は、これから何年、何十年後かの日本に大きなダメージをあたえるのではないか。早く何とかしないといけない。



日航123便 「墜落の波紋」そして法廷へ 青山透子著を読む

 先日、小田周二著の「524人の命乞い 日航124便乗客乗員怪死の謎」「日航機墜落事故 真実と真相」の二冊を読んだ。
 
 こんなに良く分かるように書かれた真実があるのにどうしてマスコミなど世の中、騒ぎ出さないのか? 現在、何か動きが無いのか、と思ってもう一回アマゾンの本の所を見ると、こちらの本が、今年出版されている事が分かり、法廷へ、とはどういう事なのか知りたいと思い、さっそく買って読んでみた。
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 前半では、著者は、日航機事故の遺族に22名の外国人がいる事を知り、イギリスにいた遺族と連絡がとれ、会いに行った事や、その遺族がどのように亡くなった日本人と出会ったか、その後の苦難の人生なども取材し、共感しあい共に行動しようとしている話があり、

 さらに、青山氏の著書を読みそれについて論文を書いたイギリス人教授と会い、それらの人達とさらにBBCのジャーナリストや政治コンサルタントや弁護士などへ、この事故を訴える会合を持ったり、次には、国際航空安全調査協会(ISASI)航空作業部会議長を務めたりICAOのATC(航空情報通達)メンバーという本物の専門家である人とも会い、話を聞いてもらい感想を聞いたりアドバイスをもらう。
 それらの人達の意見は、もちろん、日本の日航の関係者や専門家や官僚のとは違っているなあ~という感じだ。全くまともに青山氏の話を聞いて意見を述べている事が分かる。

 航空専門家の人の話では、ボイスレコーダーは「コピーアンドペースト」した物だろうという事や、海底で撮影された映像を見た時には、これはAPU(補助動力装置)とそのまわりにある物だとつぶやきながら、このような重要な証拠物を水深160メートル程度で引き上げていないという事実に大変驚いて、日本の事故調査委員会は何をしているのか、と呆れていた様子が書かれている。イギリスにも遺族がいる訳だから、イギリスでもこの事件の解明を同時に進めていけばよいとアドバイスを受ける。

 後半は、「情報公開への道」という内容で、
 情報公開のプロ中のプロと言われる三宅弘弁護士が取り組んでくれる事になったという事や、また早稲田大学の水島朝穂教授も、この青山さんの行動をずっと支持してきていたという事も分かった。森永卓郎氏が前著の帯に書いている事は分かっていたが、このシンポジウムでも話されていた。

 その内容をここで、色々と書くより、これを見てほしい。
http://www.kawade.co.jp/news/2019/07/716-123.html
 今年の7月にこういった事が行われていたのだ。
 その様子については、著者自身のブログがあった。
http://tenku123.hateblo.jp/entry/2019/07/20/133621
 どのようなシンポジウムであったのか分かったのだが、その文の下の方に。『「誤(ご)報には六(ろっ)法を―映画『新聞記者』に見た違法な実態と私の体験談」』という題で映画「新聞記者」の事が書かれていて、青山氏もほとんど同じ体験をされたことが生々しく書かれてる。
 
 昨日のブログに書いたように、「なぜ奴隷ではだめなのか、それは腐ってくるから」という事の意味がこういう事だと分かる。

 さらにそのシンポジウムの詳しい内容は、早稲田大学の水島朝穂教授のHPの中のこのページに書いてあり、とてもよく分かる。
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2019/0722.html

 ところが、これほど事態が動いてきているのに、これらの動きを知らない私は、(大部分の日本国民も同じだろう)今年の夏の日航機墜落事故の日には、御巣鷹山への慰霊登山の様子がいつもの通りテレビで放送されているだけだったので、何となくそれを見ているだけだったり、それも例年だんだん時間が短くなってきているなあ~などと感じていただけだ
 こういったマスコミなどの動きは、群馬県の上毛新聞以外には、まるで、参院選の時に「れいわ新選組」がネット上で話題をよんだり、都市部で大きな動きになっていたのにマスコミが一切取り上げなかった事にも似ている。

 しかし、この青山氏の本によると、「墜落の新事実」の本(私も昨年読んだ本)が、全国学校図書館協議会選定図書となって、全国の高校生や大学生が読んでくれて青山氏に骨太の感想文が届くこともあるという。ある高校のリベラルアーツクラブでは一年かけてこの問題を取り上げ文化祭で発表したのだという。出版社にその様子がたくさん届いてくるという。

 それに比べて、日本のマスコミや大人たちの有様は何というだらしなさだろう。
 やはり若者はちゃんとした感受性があるのだろう。
 
「おわりに 次世代へ」の章の最後に
 この本の最後には、遺族である小田周二氏が自分の著書を、英国在住の遺族、スゥザンさんに贈った際に、彼女から届いたお礼のメールとそれを青山氏が訳したものが載っていることを書き(実際にのっている)
 さらに、
『~今後、国際的にも日航123便のような不透明な事故調査とならぬよう、国際的な法律の制定を働きかけることが私たち遺族の使命である、と結んでいる。特に軍事同盟が絡む場合、なすべきことをなさない国家に対する市民たちの力が試される時である。
 多くの市民の力でこれらを成し遂げたとき、きっと日本は変わる。いや、そういう未来を創るために、今こそ変わらなければならないのである。』
 と、終わっている。今後、この情報公開の訴えはどうなっていくだろうか。
 青山氏、水島氏、のブログやHPを時々チェックしていれば分かるだろう。



  

「なす」好調です

 9月9日の「なす」の様子
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 昨日の収穫
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 今日の収穫
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 いつもの年だと、8月の終わりころにはわが家の家庭菜園は完全に終了となるのだが、今年は、苗を3本植えただけのナスがまだまだ好調で自給体制が続いている。(きゅうりはもう完全に終わり、他の野菜の足りない部分はJA青空市場で)小さいうちに取るので毎日、美味しい「ぬか漬け」を食べている。年寄り3人の食卓にはこれで充分だ。

 好調の原因はよく分からないが、春先にシルバーの方に頼んで耕運機で耕してもらったり、肥料はいつも通りにまいたが追肥などもやったからなのか、なすはこの畑では今まで作っていなかったからか(接ぎ木苗ではある)、ちょっと原因は分からない。秋ナスという言葉があるからもともとなすは、遅くまでなるのだろう。

戦後史の正体 孫崎享を読む

  この本もアマゾンのカスタマレビューでたくさんの投稿があり、しかも高評価であったので興味を持って買ってみた。

 著者の孫崎享は、1966年、外交官となり、西側陣営から「悪の帝国」とよばれたソビエトに3年。「悪の枢軸国」とよばれたイラクとイランに3年ずつ勤務し、その後、帰国し情報分野を歩き、情報部門のトップである国際情報局長もつとめたというまさに混沌とした外交の現場で働いてきた人だ。その後、2002年、防衛大学校の教授になり7年間勤め、その間に、自らの体験を振りかえるとともに、戦後の日本外交を研究する機会を持ったという経歴の人だ。
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 (本の帯)

 この本は、出版社の人から「戦後の日米関係を、高校生でも読める様な本にしてください」と相談されて書いた本だという。
孫崎氏は、防衛大学校の教授になり初めての授業で、「安全保障」の講義を張り切って始めると、大学二年生である生徒の三分の一が見事に眠りはじめたそうだ。高校生と大して変わらない年代の生徒たちは訓練や運動で肉体的に疲労困憊し、眠るのも当然という事で、それから七年間の防衛大学校時代は、生徒をどう眠らせないかの工夫の連続だったという事が書かれている。
 という事で、この本は、私が読んでもとても分かりやすくかつ面白く書かれている。今まで知らなかった事が出てきたり、政治家や民主運動への常識が覆されたり、なるほどそうだったのか~、という事の連続で眠くもならず、とても面白く読めた。

 この本は、私が今まで読んだ次の三冊の本、
・日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか 
・日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか  矢部宏治 著    
・国体論 ―菊と星条旗―  白井聡 著

 などと、本質的には同じ問題意識で書いているのでは、という気がした。(それぞれの方が、色々と違った立ち位置はあるのだろうが)
  前書きに、
 『~そのなかでくっきり見えてきたのが、戦後の日本外交を動かしてきた最大の原動力は、米国から加えられる圧力と、それに対する、「自主」路線と「追随」路線のせめぎ合い、相克だったということです。』

 後書きには、
「戦後史の正体」を書くなかで確認できた重要なポイントの中に、
『②  米国の対日政策は、米国の環境の変化によって大きく変わります。
代表的なのは占領時代です。当初、米国は日本を二度と戦争のできない国にすることを目的に、きわめて懲罰的な政策をとっていました。しかし冷戦が起こると、日本を共産主義に対する防波堤にすることを考え、優遇し始めます。このとき対日政策は、180度変化しました。
そして多くの日本人は気づいていませんが、米国の対日政策はいまから20年前、ふたたび180度変化したのです。』
と、冷戦期のように、とにかく米国のいうことを聞いていれば大丈夫だという時代はすでに20年前に終わっている、と言っている。

 対米の「自主」路線と「追随」路線のせめぎ合い、という点から戦後日本の政治史が描かれているのだが、表面的な歴史で無く、その裏側を分析してもらうと「仮説と実験結果」を聞くように見事に実証がされているような気がした。
  米国の意志に反対したり、日本の国益を考え自主的な動きをしたりする首相には、必ずアメリカから圧力が働き、その政権を潰していく。そしてスキャンダルが浮上したりし、「検察」が動き出し、「大手メディアの報道」などが一斉に連動し、それらがアメリカの意に沿うのに非常に大きな役割を果たしていた事がわかった。
 この頃の、検察やマスコミが政権の意を汲んでやっているのはいかにもミエミエでそうだろうと分かったのだが、その流れというものは、戦後ずっと続いていた、という事が良く理解された。

 このように、アメリカは、自分の気に入らない日本の政権〈主として自民党の首相について書かれている〉を潰してきたのだが、最近では、民主党の鳩山政権潰しに見られるように、日本の国内で各界が自動的(日本自ら)にアメリカの意にそって働くかのようなシステムになってしまっているようだという。
 安倍首相の長期政権もそういった背景があるのだろう。ただ、安倍首相が調子に乗ってイランとの交渉に乗り出した途端、余計な事をするな、と日本のタンカーを攻撃させたのはおそらくアメリカが裏でやっているのだろうなあ、という感じがこの本を読むとそんな気もしてくる。

 しかし、やめさせられたといっても次の首相を選ぶのは日本の民意で、アメリカの望む人間がなってくる訳では無い、そしてそういう事は世界でもよくある例だという。

 後書きの最後にも
『 そうです。先にのべたとおり、米国は本気になればいつでも日本の政権をつぶすことが
できます。しかしその次に成立するのも、基本的には日本の民意を反映した政権です。ですからその次の首相が、そこであきらめたり、おじけづいたり、みずからの権力欲や功名心を優先させたりせず、またがんばればいいのです。自分を選んでくれた国民のために。
 それを現実に実行したのが、カナダの首相たちでした。まずカナダのピアソン首相が米国内で北爆反対の演説をして、翌日ジョンソン大統領に文字通りつるしあげられました。カナダは自国の10倍以上の国力を持つ米国と隣りあっており、米国からつねに強い圧力をかけられています。しかしカナダはピアソンの退任後も、歴代の首相たちが「米国に対し、毅然と物をいう伝統を」もちつづけ、2003年には、「国連安保理事会の承認がない」というまったくの正論によって、イラク戦争への参加を拒否しました。国民も7割がその決断を支持しました。
 いま、カナダ外務省の建物はピアソン・ビルとよばれています。カナダ最大の国際空港も、トロント・ピアソン国際空港と名付づけられています。カナダ人は、ピアソンがジョンソン大統領につるしあげられた事実を知らずに、外務省をピアソン・ビルとよんだり、自国で最大の飛行場をピアソン空港とよんでいるわけではありません。そこでは、
 「米国と対峙していくことはきびしいことだ。しかし、それでもわれわれは毅然として生きていこう。ときに不幸な目にあうかもしれない。でもそれをみんなで乗りこえていこう」という強いメッセージがこめられているのです。』
 と終わっています。

 確かに、ネットにカナダのトルドー首相と日本の安倍首相を比べてそのあまりの違いを嘆くツイッターを見た記憶があるがその差は、そういった国民の歴史の積み重ねの差があるのだ。

 この本には、「国体論 ―菊と星条旗― 白井聡」を読んだ時にも書いた、白井の言っていた言葉、「「奴隷的な状況でも生きていけるからいいじゃないか、という考えに対して、奴隷的な状況ではあらゆるものが腐ってくる、だから奴隷的な状況ではいけないのだ。」などと共通する思いを著者は根本に持っているからこそ、こういった本を高校生も含めた日本国民に向けて書いたのだろうな、と私は感じた。  


チョ・グク氏の事より日本のタマネギの追及を

 今朝のTBSテレビ、サンデーモーニングで、コメンテーターの一人「谷口 真由美」が韓国のムンジェイン大統領側近のチョ・グク氏の問題をテレビでやたら取り上げている事について、「どこのテレビでもそんな問題を延々と取り上げている、そんな暇があったら、どうして日本の問題を取り上げないのか、今、問題になっている厚生労働政務官の事や、今までの文章改ざんの問題など、これから国会が始まるという時に、取り上げなければいけない問題がたくさんあるのではないか。マスコミはおかしい。」と発言して、司会者や他のコメンテーターの多くも大きくうなずいていた。

 全く同感する発言で、そう思っている日本人も多いのではないか。自国の政権に対しては何も言えず、他国の政治家の所は「タマネギ男」などと失礼な事を言っているのは本当にみっともない。

 このサンデーモーニングの「風を読む」のコーナーでは、「炎上商法のメディア」という内容で現在の偏った一部の報道を、ミッドウエーの敗北を大勝利との大本営発表をそのまま国民に流したり、発行部数を重視し、敵愾心をあおって戦争遂行に協力した過去の大新聞の例をあげて、国民に警鐘を鳴らしていた。

上田泥流の 二つの学説を調べてみた

 最近、ふと「上田泥流」をグーグルで検索したところ、私が2013年の2月に書いた訳の分からないようなブログの文章が色々な話題の下の方に出てきた。
 https://js30.at.webry.info/201302/article_1.html
 こんな文章を書いた事すら忘れていて読んでみると思わず恥ずかしくなった。当時は東日本大震災や福島原発の事故の後で「反原発」の気持ちでブログを書いていたので何でもそこに結び付けて書いていたのだろう。(今でもその気持ちは変わらないが)
上田泥流の起こった原因について、その説が色々ある事を、当時、本気で調べてみたいというほどの気持ちは正直、私には無かった。

 その後、2016年NHKで「真田丸」が放送され、「ブラタモリ」が上田に来た。テレビを見ていると、Y先生が出てくると思いきや、県の環境研究所の人が出てきてお城の下の崖で「上田泥流」をタモリに説明していた。なので、私はあまり注目せず何かしながら見ていた程度なのだが、その後、前のブログに書いたY先生こと地元の地質研究家の山辺邦彦氏とお会いする機会があり、先生も喜ぶ事と思い「上田泥流の事、ブラタモリで取り上げていましたね!」と聞くと、「あれは、私の説とは違っているのです。」と言われ、「まずい事を言ってしまったかなあ~」という出来事があった。

 「そうか、あのブラタモリの説明が、前にブログに書いた二つの説のうちの山辺氏の物でないもう片方の説なのか」とその時に、はっきりと認識した。
 簡単に言うと、二つの説は、その泥流の給源の場所も起こった年代も違っている。
 ○山辺説は上田泥流の元は、「深沢爆裂火口」から説、で1万6千年より新しい出来事。
 ○富樫説は「古黒斑火山」から説、で2万4千年ほど前の出来事。

 なお、山辺氏は学生時代からずっと第四期の火山灰研究を続けて来て、現職中も各地の地誌など依頼されて上田周辺の地域の地質を火山灰編年法なども使い調べ続けたり、地学を生かした色々なユニークな教育実践もされ、小学校校長を退職してからも火山岩を粉砕して造岩鉱物を調べ岩石を分類する独自の手法を開発されたりしている地元の地質研究者で、講演されたり印刷物の出版もあり、子ども向け鉱物講座などもされ、地元では知られた方なのだがネット上には全くその実態を見る事が出来ない。

 私は退職前、小学校の教員だったので子供向けにやさしく書かれた「上小理科物語」などの本を通して以前から山辺氏の上田泥流説の方は知っていて、池の平のカルデラ湖の東側が噴火とともに崩れて中の水が岩屑とともに流れ下ったというイメージも面白く、山辺説ももっとネット上に出ていても良いのでは、また、それぞれの説の理解も深めたい、と思ってこのブログを書くことにした。

 上田城の乗っている上田泥流の地層の給源が、ブラタモリの「古黒斑山火山の崩壊」か、はたまた山辺氏の「三方ケ峯と高峰山の間の深沢爆裂火口」か、という問題は、上田の住民にとっては、興味の持てる純粋に地史的な科学の問題である。自然や歴史、科学に興味のある方々ならきっと興味を感じる事だろう。
そんな点で、これは純粋に科学的に論じられねばならない事柄であり、研究されている当事者の方々も一般の我々の興味が高まるのは望むところだと思う。

 そこで、今回、それぞれについて、出版された印刷物や、ネット上に公開されている資料を読み、また、山辺氏とは面識があるので、いただいた資料なども利用してブログに紹介してみた。私は全くの素人なので専門的な地学の知識もほとんど無い。ピント外れになってしまったり間違いを言ったりしているかもしれないが大目に見ていただきたい。

 まず、「上田泥流」とネットを検索すると、トップに富樫氏の2015年の論文が公開されていて読むことが出来る。

 長野県環境保全研究所研究報告
 『上田盆地の地形発達と上田泥流の起源』 富樫均・横山 裕
 富樫氏は長野県環境保全研究所 横山氏は上小地質談話会、とネット上にある。論文は、一般の人が自由に見てほしいという事だろう。リンクは貼らないからネットで検索して見てほしい。それほど長くないのですぐ読めるからぜひ読んでから次に進んでほしい。

 論文にもあるように上田高校地学班の研究結果(1975年)から続いている古黒斑火山崩壊を給源とする説の流れを受け継ぐものだろう。

 一方、山辺氏の三方ケ峯と高峰山の間の「深沢爆裂火口」泥流説は、「上田市誌 自然編 ① 上田の地質と土壌」の中、117p~121pに渡り載っている。ネット上では見る事が出来ないので。ここに118p~120pをコピーした。
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 二つの説の概要については理解していただけた事だろう。さらに詳しくそれぞれの内容を見ていきたい。

 まず、富樫説の方では、結論として、
・上田泥流の上にあるお城の場所から1km以上北に離れた太郎山麓に近い所のNo1,No2の地点のボーリングで上田泥流の直上の地層の木片の放射性炭素を計ったら、2万2千~2万3千年前という結果が出ている事。
・水流等が関与したような級化層理やラミナ(葉理)等の堆積構造が泥流の地層に見られないので、水流は関与していない火山性の岩屑なだれであると思われる事。
・上田泥流の岩石と黒斑火山の岩石が同じという先行の「岩石学の研究」がある事。
(高橋・三宅(2012) は上田泥流が黒斑火山の山体を構成する火山岩の礫を含むことを記載岩石学的な対比によって確かめた)
・上田高校地質班(1975)の調査では、上田泥流の上流延長として少なくとも小諸市滋野までは千曲川沿いに連続的に分布が追跡されるとしている事。
 などを上げている。
 したがって上田泥流の年代は上記のように2万2千~3千年前であり、起源は黒斑火山の崩壊という事になるという。

 論文の証拠の一つにある「記載岩石学」の内容は何かと探すと、以下の関連の論文をネット上で見る事が出来た。

 日本火山学会講演予稿集 2012年(P47とP48)
 この問題と関係した内容として、並んでこの二つの論文が載っている。
 ○P47『長野県佐久市およびその北方に分布する岩尾層について : 高峯山周辺を起源とする岩屑なだれ堆積物である可能性(ポスターセッション) 三宅 康幸, 内掘 俊佑, 西前 健一, 藤原 幸介   信州大学理学部
 ○P48『長野県上田市周辺に分布する上田泥流の給源(ポスターセッション)』
  高橋 康, 三宅 康幸 
(ポスターセッションとは学会の会場でポスターにはって発表するもの)

 P48の方が上田泥流についての事。 詳しい分析の方法など私は知識が無いので本当の所、説明の内容が分かっていないのだが、上田泥流内の火山岩(複輝石安山岩)を三つのグループに分け、(P47と同じ方法でと思う)それぞれが黒斑山で採集した火山岩の三つのタイプの岩石に対応して存在しているので、そこから供給されたという結論になっている。

 P47の方は、黒斑山崩壊の塚原岩屑なだれの下位に分布する岩尾層というのが、山辺説で給源としている、高峰~三方ケ峯の間のくぼ地部分の崩壊した物であるとしている。その理由は「岩尾層」と「高峰、三方付近」の双方の岩石(複輝石安山岩)をこちらも、やはり3グループに分かれ、検鏡、化学分析し、それぞれの3つのグループとも「岩尾と高峰のある部分」が対応しているとする。三つのグループというのは、かんらん石の含有量とかSio2のパーセントによって分けているようだ。   
ただ塚原岩屑の岩石(黒斑山起源のもの)とその下の岩尾層(三方~高峰起源としたもの)とは、岩石の成分などがわずかな違いしか無かったと書いてある。
 この論文によれば、岩尾層は塚原層の下にあるので、黒斑山の山体崩壊以前に、三方~高峰の山体崩壊の方が起こった事になる。

 以上が、ネットなどで見れる範囲で富樫説の根拠が書いてある所なのだろう。

 さて、ここまでで、山辺説の方と比べると、火山学会の論文には、P47の論文には、『上田泥流を小諸軽石層が覆っている』と書いてあるが、これは地層的に上田泥流層より軽石層が上にあると読める。山辺説では119pに軽石が混じっている事を写真で指摘している。泥流層の上に軽石だけの層が上田の現場のどこかにあるのだろうか?
 また、富樫論文には、『~また年代については上田泥流に含まれる軽石を浅間軽石流の軽石に対比した根拠が示されていないことから,上記の山辺(2002)の解釈は,方法の妥当性を含め再考が必要である.~』
 とあり、批判的な文面の中にだが火山学会の方の論文の軽石層のような『覆っている』という見方はとっていない。(または別の場所でそういう所があるのかも?)

 時間的流れを見ると、上田高校地質班(1975)山辺(2002)高橋・三宅(2012)富樫・横山(2015)
 となっている。ブラタモリに富樫説が出て来たのが(2016)である。

 これらを受けて、山辺氏も再調査や批判に答える証拠を再度調べる、などを行って、その結果、2018年の2月に信州理科教育研究会の上小理研総会で、「上田泥流について」という演題で話している。(私はそういった会員ではないので聞いていない)ただ、その後、山辺氏が現場で一般人向けに小説明会を開くと連絡を受け、参加してみた。
 その時の資料を以下にコピーする。
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 この資料を見ながら、数人で現場で説明を受けたのだが、私は、事前勉強が不足していたのでいまいち「ガッテン」という感じでは無かったが、「これならやはり山辺説の方が正しいのではないかなあ~」という印象は持った。
 今回、あらためて色々とまともに調べて見ると、双方の主張も分かり、山辺氏の主張も納得のいくものに感じられる。学生時代から火山灰編年法などで、火山灰に入る鉱物を研究し続けてきて、退職後は火山岩を砕いてその鉱物を調べる方法を考案し、それが力を発揮しているように思える。

 富樫論文の『地質対比の記載が乏しく,先行研究に関する参照もない.また年代については上田泥流に含まれる軽石を浅間軽石流の軽石に対比した根拠が示されていないことから,上記の山辺(2002)の解釈は,方法の妥当性を含め再考が必要である~』
という批判に対して、地質対比、先行研究(富樫論文や他の研究者の成果を踏まえている)、浅間軽石の根拠、などの点でこの資料は、論文の形こそとっていないが、実質、充分この批判に答えていると思う。

 今度は、山辺氏の反論に対して富樫氏・横山氏の方が答える番なのではないだろうか?

 何と言ってもコピーした資料にもあるように、
『・泥流に浅間第2軽石流の軽石を取り込んでいる
 ・泥流に仏岩溶岩の黒曜石を数多く採り込んでいる。
 ・雲場火砕流が泥流直下にある。』
など、それらを現場で確認し、さらにそれらの特徴として先行研究の結果を踏まえ、造岩鉱物の点から確認しているなど、説得力がある。

 また、資料では、富樫論文のボーリングから出た2万2千年前の有機物も、上田原湖成層の物と考えられる事についても示されている。

 また、私は、現場で山辺氏に説明を受けた時に、「雲場?」「仏岩?」と言った知らない言葉が出てきてピンとこなかったのだが、今回、これを書くにあたって、ネットを見てみると浅間山の噴火の歴史のイメージがわいてくる論文がいくつかあった。
 古黒斑火山の崩壊についても正確なイメージが出て来る。これを読んでから今回の山辺説(資料の方)を見るとやっと流れが理解できた。
「浅間火山の地質と活動史」これは、論争に直接関係しないのでリンクを貼っておこう。
http://www.kazan-g.sakura.ne.jp/J/koukai/03/takahashi.html

 以上、色々と書いてきたが、これを読んだ皆様はどう思われただろうか?

 素人考えだが、良く考えてみると、上田泥流は泥流にせよ、火砕流にせよ、中に炭化した木片など何か有機物を取り入れている訳だから、富樫論文のように離れた場所などでなく、上田泥流の露頭を良く探すとか、上田泥流の露頭がはっきりしている場所でその物の上から少しボーリングして、直接そこから炭化した有機物を探して放射性炭素の年代測定をするのが一番良い方法なのではないのか。
また、それが無理なら、今、ウィキペディアの「放射年代測定」というのを見たら、フィッショントラック法というのは、黒曜石などガラス質の物質なら下限が1万年まで計れるようだから、山辺説で見つかった泥流内の黒曜石が仏岩火山の物か年代測定も出来るのではないか?
 どなたか、地質に興味のある方、研究されてみられたらどうか?
 年代についてはそれで完全に決着がつくことだろう。

 給源については、どうなのだろうか?上田高校のかつての調査で、上田泥流は小諸市滋野まで追跡できる、という事は逆に山辺説の深沢爆裂火口、池ノ平カルデラ湖崩壊説を裏付けているのではないか?
今、二万五千図を見てみると、ちょうど池の平の東側の一角が崩れて、さらにカルデラ湖の水がそこからドッと流れ出て斜面を壊して削ったような谷の跡が見れる。1万年前ころといえばその位な痕跡は充分残っているのでは?などという気がしてくる。
 また、「浅間火山の地質と活動史」を見ると、「仏岩火山」の噴火が最大級とあるので、それの岩屑というか泥流という可能性は無いのだろうか?年代的にも合っているが。

 火山学会の論文の方の岩石の比較の方は、私には理解の範囲外であり、ここで色々とコメントできない。そちらでは、崩壊のイベントが起こった順番は逆になっている訳だ。まだまだ決着はつかない事だろう。

  ぜひ、さらに調査、研究が進み、この面白い課題が解明される事を願っている。
 
 

日韓歴史共同研究報告書は、見る事ができる

 公益財団法人 日韓文化交流基金
http://www.jkcf.or.jp/projects/kaigi/history/
というHPがあり、そこに、日韓歴史共同研究報告書
 第1期(2002~2005年)報告書(2005年6月公開)第2期(2007~2010年)報告書(2010年3月公開)がPDFですべて読むことが出来るようになっていた。日韓双方がお互いの論文についての批判文やコメントものせていたりする。

 ウイキペディアのこの「日韓共同研究」についての解説を見ると、韓国側の態度が偏っていて困ったような事が書いてあるが、そういう事もあったのだろうが、すべての分野では無かったのだろう。

 試しに、『◾植民地朝鮮における近代化と日本語教育 山田寛人  批評文(柳承烈) 批評文へのコメント(山田寛人)』というのを読んでみると、韓国での日本語の教育という物について、やはりぼんやりとしたイメージしか無かったが、ある程度詳しく知ることができた。

 こういった物を、日韓両国民が一応、知ったうえでさらに理解を深める努力をコツコツとしていかなければならなかったのに、やはり、「ドイツ・フランス共通歴史教科書」を作った独仏のようなレベルにまで持っていく力が無いのはリーダーの見識や政治力の差なのだろう。
 アマゾンを見ると、その教科書がどんな本か表紙は見る事が出来た。
 
 今、こんな歴史研究をやろうとする若い学生にはきっと日本では予算が今の状態ではおりないだろう。いいかげんな嫌韓本がはびこる現状がいつまで続くのだろうか?
 本を買わなくてすむから、この報告書を年代に沿ってぼつぼつと読んでみるかな。
 

日韓は、自由と民主主義、市場経済という理念を共有する関係

 今日の地方紙(信毎)に韓国の識者の意見が出ていて、読んでみると自分がぼんやり感じていた事が「そうだよな」とよく分かるように書いてあった。
 チョン・ジェジョンというこの方は、韓国の歴史学者のようで、東大の大学院にも留学した事がある人で、2002年~10年に日韓首脳会談の合意によって運営された「日韓歴史共同研究委員会」に参加していた方、現在はソウル市立大名誉教授との事。
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 今回のこの日韓の対立の事態を、日韓双方が互いに相手の重要性について「無知」だという事の結果だ。と述べている。私は知らなかったのだが、2000年代の初めには、「日韓歴史共同研究委員会」が運営されて、2回にわたり報告書をまとめていたのだ。
 そういった努力を着実に積み重ねてきた人達にとっては本当に歴史が逆行するような悔しさを感じているのだろう。
 大体、そういった努力の結果が、政府、文科省、マスコミなどが、ちゃんと取り上げて国民に広めてきたのだろうか?

 チョン氏は次のようにも述べている。

『~「歴史認識の差」という難しい課題を解きほぐそうと、両国は知恵を出し合ってきたのだ。この共同作業の根底には、日韓が自由と民主主義、市場経済という理念を共有する関係にあるとの認識があった。~』
『~戦後、日韓が積み上げてきた相互依存の経験に目を向けなければ、「無知」がもたらす愚かさを繰り返してしまうことになる。~』

 日韓は、「自由と民主主義、市場経済という理念」を日本と共有している国だという事は、一般国民は良く分かっているからこそ、今まで通り民間レベルで交流を続けたい、また、観光や輸出入も今まで通りにやっていきたいと思っているのだろう。若い人達の感じ方も前にちょっと伝えられていたのをブログに書いた。

 政権は、一時、北朝鮮のミサイルについて「国難」と騒いでいたと思うのだが、今度はミサイルが発射されても「大して問題は無い」などと首相は言っている。竹島など韓国のすぐ近くの島の事を取り上げて返って韓国があたかも仮想敵国かのような騒ぎぶりである。
 何と言うご都合主義なのだろう。自分の政権の維持に有利となれば、真の国益などどうなってもいいという姿に本当に腹が立ってくる。

 今後の東アジアを考えると、朝鮮半島が何らかの形で統一の方向へ向かうかもしれないし、中国と香港や台湾との関係など、今後どのように激動の時代が始まるかも分からない。日本と韓国が本気で心を開き合って同じ理念で力を合わせて事態に取り組んでいく事が一番大切なのではないだろうか。

 「北朝鮮」の政治体制や、中国の政治体制、などと見て行くと、どれもその強権体制は我々が望んでいる世界とは言えないだろう。ロシアだってそんなに良い国には思えない。
 問題は、最近の日本が「韓国」というより、中国、ロシア、北朝鮮、のような雰囲気の強権的な国を目指しているのではないか?という気がしてくる事だ。報道の自由度ランキングが世界でもとても下がってきている事を見てもその事が言えるだろう。

 「嫌韓」「反日」などと叫んでいる人たちや、韓国を馬鹿にしたようなコメントをだしているテレビのコメンテーター達は、「自由、民主主義、市場経済、という理念」を共有する自由に物を言い合っている韓国のような国よりも、強権的な中国や北朝鮮などの指導者、プーチン首相(トランプ大統領も含まれるのか?)のような指導者に支配される方に喜びを感じている人達のように思える。
 

地方紙の良心

  テレビの昼のワイドショーでは、コメンテーターと言われるような人達が、口汚く韓国をののしるような事を言って、安倍政権が引き起こした日韓の対立を煽る様な事を言っているそうだ。(ネット情報によると)
 現在の日韓対立で一体、普通の国民のだれが利益を得るのだろう?
 そういった番組は不愉快になるので、最近スイッチを切って見ないので良く実態が分からないのだが、スイッチを切る前にちょっと見れるので、「ああまた始まった」という感じで内容は想像がつく。

 ネット情報では、これも最近、安倍政権の批判をやめてしまい、私も見なくなったテレビ朝日の「ニュースステーション」で、その原因となった、政権批判をするキャスターなどをどんどんやめさせた、安倍首相の意をくむ社長の息のかかったプロデューサーだかが、番組関係者へのセクハラ、パワハラ、がひどく辞めさせられたという話が出ていて、その実態の想像もつく。

 そういった昼のワイドショーなどのテレビを見て楽しんで煽られている国民もいる訳で、そんな様子は、ローマ帝国末期の「パンとサーカス」状態なのだなあ~という気がしてがっかりしてくる。

 そんな気分の時に、昨日の日曜日、地方紙(信濃毎日)の4面、5面、の識者の論説や社説の面を見たら、「これはいいな、テレビやネットを見ない主義の人でも、暇も無く読書や、テレビやネットなどの細切れ情報を色々と見ていない人でも、こういった人たちのまともな最先端の考えを知る事が出来るなあ~」と感じた。
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論説は、・保坂正康の『「昭和史もの」多角的検証を』
   ・金子勝 『増税の秋 重なる経済リスク』
   ・森永卓郎 『畑付きの家に農業の可能性』
社説は、『日韓と強制動員 果たすべき責任はなお』
 
 といった物で、私が暇な時間を費やして、テレビやネットで見た物や、断片を見て「そうだな」と思ったり、疑問に思っていた事についての答えだったり、日韓問題についても、いまいち完全にとらえられない全体を、俯瞰して良く分かるように説明がなされていた。

 東京新聞などは、さらに面白いのだと思うが、テレビもこのくらいな地方紙レベルの良心があれば、日本も変わっていけるのにと思わざるをえない。