戦後史の正体 孫崎享を読む

  この本もアマゾンのカスタマレビューでたくさんの投稿があり、しかも高評価であったので興味を持って買ってみた。

 著者の孫崎享は、1966年、外交官となり、西側陣営から「悪の帝国」とよばれたソビエトに3年。「悪の枢軸国」とよばれたイラクとイランに3年ずつ勤務し、その後、帰国し情報分野を歩き、情報部門のトップである国際情報局長もつとめたというまさに混沌とした外交の現場で働いてきた人だ。その後、2002年、防衛大学校の教授になり7年間勤め、その間に、自らの体験を振りかえるとともに、戦後の日本外交を研究する機会を持ったという経歴の人だ。
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 (本の帯)

 この本は、出版社の人から「戦後の日米関係を、高校生でも読める様な本にしてください」と相談されて書いた本だという。
孫崎氏は、防衛大学校の教授になり初めての授業で、「安全保障」の講義を張り切って始めると、大学二年生である生徒の三分の一が見事に眠りはじめたそうだ。高校生と大して変わらない年代の生徒たちは訓練や運動で肉体的に疲労困憊し、眠るのも当然という事で、それから七年間の防衛大学校時代は、生徒をどう眠らせないかの工夫の連続だったという事が書かれている。
 という事で、この本は、私が読んでもとても分かりやすくかつ面白く書かれている。今まで知らなかった事が出てきたり、政治家や民主運動への常識が覆されたり、なるほどそうだったのか~、という事の連続で眠くもならず、とても面白く読めた。

 この本は、私が今まで読んだ次の三冊の本、
・日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか 
・日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか  矢部宏治 著    
・国体論 ―菊と星条旗―  白井聡 著

 などと、本質的には同じ問題意識で書いているのでは、という気がした。(それぞれの方が、色々と違った立ち位置はあるのだろうが)
  前書きに、
 『~そのなかでくっきり見えてきたのが、戦後の日本外交を動かしてきた最大の原動力は、米国から加えられる圧力と、それに対する、「自主」路線と「追随」路線のせめぎ合い、相克だったということです。』

 後書きには、
「戦後史の正体」を書くなかで確認できた重要なポイントの中に、
『②  米国の対日政策は、米国の環境の変化によって大きく変わります。
代表的なのは占領時代です。当初、米国は日本を二度と戦争のできない国にすることを目的に、きわめて懲罰的な政策をとっていました。しかし冷戦が起こると、日本を共産主義に対する防波堤にすることを考え、優遇し始めます。このとき対日政策は、180度変化しました。
そして多くの日本人は気づいていませんが、米国の対日政策はいまから20年前、ふたたび180度変化したのです。』
と、冷戦期のように、とにかく米国のいうことを聞いていれば大丈夫だという時代はすでに20年前に終わっている、と言っている。

 対米の「自主」路線と「追随」路線のせめぎ合い、という点から戦後日本の政治史が描かれているのだが、表面的な歴史で無く、その裏側を分析してもらうと「仮説と実験結果」を聞くように見事に実証がされているような気がした。
  米国の意志に反対したり、日本の国益を考え自主的な動きをしたりする首相には、必ずアメリカから圧力が働き、その政権を潰していく。そしてスキャンダルが浮上したりし、「検察」が動き出し、「大手メディアの報道」などが一斉に連動し、それらがアメリカの意に沿うのに非常に大きな役割を果たしていた事がわかった。
 この頃の、検察やマスコミが政権の意を汲んでやっているのはいかにもミエミエでそうだろうと分かったのだが、その流れというものは、戦後ずっと続いていた、という事が良く理解された。

 このように、アメリカは、自分の気に入らない日本の政権〈主として自民党の首相について書かれている〉を潰してきたのだが、最近では、民主党の鳩山政権潰しに見られるように、日本の国内で各界が自動的(日本自ら)にアメリカの意にそって働くかのようなシステムになってしまっているようだという。
 安倍首相の長期政権もそういった背景があるのだろう。ただ、安倍首相が調子に乗ってイランとの交渉に乗り出した途端、余計な事をするな、と日本のタンカーを攻撃させたのはおそらくアメリカが裏でやっているのだろうなあ、という感じがこの本を読むとそんな気もしてくる。

 しかし、やめさせられたといっても次の首相を選ぶのは日本の民意で、アメリカの望む人間がなってくる訳では無い、そしてそういう事は世界でもよくある例だという。

 後書きの最後にも
『 そうです。先にのべたとおり、米国は本気になればいつでも日本の政権をつぶすことが
できます。しかしその次に成立するのも、基本的には日本の民意を反映した政権です。ですからその次の首相が、そこであきらめたり、おじけづいたり、みずからの権力欲や功名心を優先させたりせず、またがんばればいいのです。自分を選んでくれた国民のために。
 それを現実に実行したのが、カナダの首相たちでした。まずカナダのピアソン首相が米国内で北爆反対の演説をして、翌日ジョンソン大統領に文字通りつるしあげられました。カナダは自国の10倍以上の国力を持つ米国と隣りあっており、米国からつねに強い圧力をかけられています。しかしカナダはピアソンの退任後も、歴代の首相たちが「米国に対し、毅然と物をいう伝統を」もちつづけ、2003年には、「国連安保理事会の承認がない」というまったくの正論によって、イラク戦争への参加を拒否しました。国民も7割がその決断を支持しました。
 いま、カナダ外務省の建物はピアソン・ビルとよばれています。カナダ最大の国際空港も、トロント・ピアソン国際空港と名付づけられています。カナダ人は、ピアソンがジョンソン大統領につるしあげられた事実を知らずに、外務省をピアソン・ビルとよんだり、自国で最大の飛行場をピアソン空港とよんでいるわけではありません。そこでは、
 「米国と対峙していくことはきびしいことだ。しかし、それでもわれわれは毅然として生きていこう。ときに不幸な目にあうかもしれない。でもそれをみんなで乗りこえていこう」という強いメッセージがこめられているのです。』
 と終わっています。

 確かに、ネットにカナダのトルドー首相と日本の安倍首相を比べてそのあまりの違いを嘆くツイッターを見た記憶があるがその差は、そういった国民の歴史の積み重ねの差があるのだ。

 この本には、「国体論 ―菊と星条旗― 白井聡」を読んだ時にも書いた、白井の言っていた言葉、「「奴隷的な状況でも生きていけるからいいじゃないか、という考えに対して、奴隷的な状況ではあらゆるものが腐ってくる、だから奴隷的な状況ではいけないのだ。」などと共通する思いを著者は根本に持っているからこそ、こういった本を高校生も含めた日本国民に向けて書いたのだろうな、と私は感じた。