福島第一原発は津波の前に壊れた 木村俊雄を読む4

 墓穴を掘った東電 の章

 木村氏は、東電相手に損害賠償を求めて訴訟を起こしている福島県田村市の訴訟に証人として今年3月と5月に出廷したという。
 これは、どこかから仕事で頼まれたというような物でなく、一銭にもならない事なのだが、東電社員では出来ないし、自分の長い経験もこのためにあった、自分にしかできない宿命だ、という使命感で関連するデータや資料を徹底的に読み込んで公判に臨んだという。
 
 東電側は、木村氏の考えに対して、『炉心流量の計測には、ローカットフィルタリングという回路があり、そういった処理が数値上なされているだけで、実際には流量は止まっていない。自然循環は残っている。だから地震によってドライアウトが起こったわけでない』という主張を繰り返した。
 
 ところが5月の公判で、東電側の出してきた「反対尋問用の資料」として原子炉のメーカーの設計書を出してきたのだが、それを読むと、ローカットフィルタリングによる処理の無いデータであることが分かったのだという。
 『東電は、自分の主張を否定するような証拠を自ら提出してきた訳です』

 相手の弁護士はそれを指摘すると困惑して汗をかいていたという。炉心に詳しくない人間が資料作りを担当したのだと分かるという。

 また、東電の企業体質も無視できないという。「過渡現象記録装置」のデータを隠していたように、木村氏の在籍中も、事故の隠ぺいやデータ改ざんを何度も、「安全性」より「経済合理性」を優先させて行っていたという。
 木村氏も上から言われるままにそれに関わっていた訳だが、きっと疑問を感じていたのだろう。

 1991年10月、配管が腐食し、冷却用の海水があふれ出し、建屋内に侵入してしまい、非常用デーゼル発電機が動かなくなる事があり、一号機は68日間にわたり発電停止した事故があったという。
 木村氏は中央制御室に一緒にいた東大の原子力工学科を出たエリートで人間的にもいい人である安全審査の担当者の上司に、このくらいでこうなるなら津波が来たらどうなるのか、津波による事故の事を考えないといけないのでは、と聞くと「君の言う通りだ。鋭いね。しかし、安全審査の中で津波を想定することはタブーなんだ」と言われ、木村氏は戦慄を覚えると同時に大きな脱力感に襲われたという。
 原発設計の根幹にある問題に愕然とし「では、デザインベースから駄目じゃないですか」
 と言った所で会話は終わったという。
 その後もなおざりの報告書が作られて適当な処理で通り過ぎていったという。

 木村氏は、東電の社員であった時から、こういった原発の状況を問題だなと思い続けてきたのだろう。折角、自分の実力でつかんだ専門職の地位をすてて18年で退社したということは、やはりそういった企業風土や原発の現実の姿がいやだったのではないか?(そういう事は書いてないが)
 
 今日、一つの原発訴訟の判決が出るようだ。(木村氏の関わっているものかどうかは?)
 原発が地震によって壊れたという所が争点になっているのか?
 NHKなどの報道を見ていると、津波で原発が壊れ、それを放置していた東電の責任を追及するようだが、もちろん津波の影響も大きいのだろうが、原発はまず、地震で壊れたという点を抜いてしまっては、判決内容はどこか間違ったものになってしまうのではないか。