福島第一原発は津波の前に壊れた 木村俊雄を読む3

 『燃料がドライアウト』の章

 前章で書いた、開示されたデータを木村氏が分析した事が書かれている。

 福島原発は、沸騰水型(BWR)で炉心の中を水が流れ、核燃料を徐熱する。そして、『電源喪失』でポンプが止まっても、「自然循環」で、炉心の熱を約50%出力まで除去できる仕組みになっていて、これがBWRの安全性を保障する仕組みになっているという。
 
 この「自然循環」が無くなれば、炉心内の水流が止まり、燃料被覆管の表面に「気泡」がびっしり張り付き、その結果、冷却水と燃料被覆管が隔離されてしまい、冷やすことが出来ず、次々に燃料が壊れてしまう。これを「ドライアウト」と言う。

「過渡現象記録装置」は、地震発生後、プラントの全計測データを百分の一秒単位で収集し、計算機内に保存していた。(1号機の場合で10分間)

 これが、炉心流量のグラフだ。
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 『グラフを見ると、地震が来る前は、「一万八千トン毎時」で水が流れていました。そして14時46分に地震が発生し、原子炉が自動停止すると、放物線を描いて流量が下がっています。次に電源喪失によって計測値はいったんマイナスになっています。これ自体は、計測指示計の設計上生じることで、問題はありません。その後、数値はスパイク(瞬間的に上昇)して一旦上がっていますが、1分30秒前後から炉心流量はゼロになっています』

 つまり、自動停止後、ほとんど直ぐに炉心水の自然循環が無くなり「ドライアウト」に向かい出したという事だ。炉心水流が無くなる事と炉心の水が無くなる事はイコールでは無いという事をここで初めて私は知った。

 炉心流量が0となった原因として、
『では、なぜ「自然循環」が止まってしまったのか。私が分析したデータや過去の実績を踏まえると、圧力容器につながる細い配管である「ジェットポンプ計測配管」の破損が原因である可能性が極めて高いと考えられます。』
 という事だ。

 運転手順書には、「地震時に「自然流量」の継続と「炉心流量」を確認するという事が明記されていなかったので、運転員も気が付けなかったり、4つの事故調の専門家たちもこのデータの欠落に気づかなかったという。原発の専門家と言っても様々な分野に分かれていて、このような炉心内の細かい挙動については“素人”なのだという。
『国会事故調の先生方から直接聞いた話です。過渡現象記録装置のデータは、実は東電のパソコン上で見たそうです。ただ、その画面に映っていたデータは、「単なる数値の羅列」にすぎません。私でも、その「数値の羅列」を見ただけでは、何も読み取れません。私のように炉心屋として過渡現象記録装置を長年使用していた人間が、しかも「数値の羅列」を「グラフ化」することで、「炉心はこうなっていた」と初めて読み取ることができるのです。』

 木村氏は、こういった炉心の管理を行っていた人で、定期検査ごとに燃料棒の入れ替えや、入れ替え後は設計通りに核分裂が起こっているか、炉心の状態はどうか、などを確認する作業をしてきたという。通常こういった「炉心の管理」は、東大や東北大で原子力工学を学んだキャリアが担う仕事なのだが、木村氏は「東電学園卒」だが、柏崎刈羽原発で働いていた時に、後に副社長になる武藤栄氏に認められ、「お前は何をしたいんだ」と聞かれ「炉心屋になりたい」と言うと、福島原発に行かせてもらったのだという。
 福島原発には当時、炉心屋は9人ほどしかいなかったという。
 そういった超専門家の中で当時は、誇りを持って一生懸命頑張っていた人なのだなあ、という事もわかった。

 これに対して、東電の事故調は、津波の第一波が到達したのは地震の41分後の15時27分で、それまでは原子炉は正常だと言っている訳で、木村氏はとうていその説を納得できないという事が分かる。
 事故の原因究明は時間をかけて徹底的にやらなければならないと言っている。
 どうでも良いような事故では無いのだから当然の事だろうと思う。