日韓問題について、「韓国現代史」を読んでみた

 日韓関係について、ニュースの取り上げ方や、マスコミのコメンテーターが言っている事がどうも納得がいかない、もどかしい気持ちなので、知識を得るため、何か良い本は無いかとアマゾンで調べてみると、この本が出てきた。カスタマレビューを読んでみると「韓国を学ぶのに適当である」という感想が多く、☆4つくらいが多かったので、古本を注文してみた。
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 本の帯
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 読み終わってから気が付いたが、さらに「新・韓国現代史」という同じ著者の、最近の動きも入れた物が出ていた。韓国現代史は、2005年のノムヒョン大統領までで、それ以後は「新」の方でないと出ていない。
 著者はこの方 ウイキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E4%BA%AC%E6%B4%99

 本当にななめ読みなのだが、この本を読んでみて、「ああ。韓国の現代史はこんなに大変だったのか」と初めて知る事が出来た気がする。
 本の帯に書いてある事の意味が分かった気がする。

 日本の敗戦で、権力の空白が起こった訳だから、どんな風になったのだろう?と思っていたのだが、勿論そこには大きな激動が起こっていた事が分かった。
 また、私のイメージでは、北はソビエト軍が入ってきて、南はアメリカ軍が入ってきて、それぞれが自分の支持する政権を建てさせた。くらいの物で、大した混乱も無かったような風に思っていたがそれは全く違っていた。

 敗戦で日本が引き揚げてから、朝鮮半島の各地で住民による多様な自治組織が噴出したり、また総督府から行政権を譲り受け国を立ち上げる準備をした勢力もあったり、またソビエトやアメリカにいた金日成や李承晩などが、それぞれ背後の勢力とともに帰ってきて勢力拡大し、それらがそれぞれぶつかり合う。また大戦終結時にルーズベルトとスターリンで決めていた朝鮮半島の「信託統治」という一定期間の間をへて朝鮮半島の独立の案もルーズベルトの死や、冷戦構造の始まりで実質が無くなっていく。またその信託統治案についても朝鮮国内では賛否がうずまく。
 そして38度線をはさんで、まさに左派、右派、民族派、などがぐちゃぐちゃになって自分の勢力を拡大するために戦うような状況になっていく。そして日本統治時代に地位を保った親日派などの要素もあり、さらに複雑さが増す。

 しかし、戦後史全体は、東西冷戦構造については、基本的には日本と同じなのだなあ、という事が分かる。日本も敗戦後、民主化といった雰囲気が噴出し、保守勢力への批判が高まり、続いて東西冷戦の高まりとともに、アメリカの方針で右派が巻き返して左派と対立する、対立が激化する。その後、右派が政権を取る。といった構図までは、日本と韓国もほぼ同じという事が分かった。ただ、その後の韓国は日本とは違う。

 日本が引き揚げ、ソビエト、アメリカが入ってくる事、韓国内の右派、左派、の争いの激化、など本には済州島の事件が取り上げられていたが、虐殺などもある凄惨な政争が繰り広げられる。そういった韓国国内の混乱の中で、北朝鮮が韓国に攻め込んでくる。この背景には中国共産党が内戦に勝利して、中華人民共和国が成立という時期的な事、韓国内部での左派勢力の台頭もある事が、この本を読んで分かった。ただ単に金日成の野心だけでなく、これは、良いチャンスと考えた情勢も無理のない状況だったのかもしれない。スターリンや毛沢東の意向もあったのか、北朝鮮側があれほど急速に釜山まで迫る事が出来たのはそういった背景があったからだという事も分かる。
 そして、その時点でアメリカの本格的な軍事介入が始まり、朝鮮戦争となる。アメリカの本格参戦で、北朝鮮は追いつめられるが、今度は中国が参戦、泥沼の戦争となる。ソウルも何度も占領されたり占領したりが続く。戦闘それ自体で人が死ぬばかりでなく、その中で、それぞれの勢力が反対派を殺したりする事も多くあった。まさに混乱の極みの状態で、国民はどのような悲惨な目にあったのか計り知れない。
 
 横道にそれるのだが、日本は、韓国と違い、アメリカが全土を占領し(北海道や東北北部がソビエトに侵攻されないうちにポツダム宣言を受諾した天皇や周辺の判断がいかに賢明だったか、軍部の言う通りに本土決戦などやっていたらどうなっていた事か)、マッカーサーが天皇に直接会ってみて、『天皇制』とその支配構造を残して日本統治に利用する、という判断は、戦争責任の所在をうやむやにする原因となった訳だが、やはり敗戦の時点では現実的な成り行きではあったと言えるのだろうなあ、とこの本を読むと感じる。
 韓国と日本を比べて見ると、この東西冷戦が国の中で国が分裂して行われてしまった事、統治機能のような物が、日本撤退で0から始めなければいけなかった事、朝鮮王朝はすでに無く、日本の「象徴天皇」のような国民統合の旗印も無かった事、など本当に大変だったことが分かる。

 韓国は、朝鮮戦争後、軍事クーデターが起こり、朴正煕(パク・チョンヒ)が大統領となる。その後も軍事クーデターがあったり、また光州事件などそれに抵抗する民主的闘争なども起こったり、その間に、逮捕されたり殺されたりというような激しい政争が国中で続く。
 右派と左派という感じなのか、独裁と民主勢力の戦いというのか、よく分からないが日本などより格段に激しい。朝鮮戦争後、38度線をはさんで、常に対立する別の体制なので、戦争が起こっても不思議では無い状況だから、それぞれが命をかけて戦って当然かもしれない。

 李承晩から曲折をへて政権を奪った朴正煕(パク・チョンヒ)は、日本の士官学校を出た人で、もちろん右派的な人。軍事独裁政権的なものだ。この時代、韓国はアメリカの要請でベトナムに派兵し、アメリカからの支援を受けたり、日韓条約を締結し、日本からの賠償金も得たり、また産業も発展させる。ちょうど日本が朝鮮戦争で経済的に復活したり、しばらくして高度成長時代に突入していった感じと良く似ている。

 今、問題となっている「日韓条約」の締結の時の様子がこの本に書かれている。少し長くなるが、ここにその状況を紹介してみる。
(この本が書かれたのは2005年なので、今の日本の状況は、本に書かれている日本と違っているが)
 これを読むと、ただ単に日本人が「日韓条約で決まった事だ。国と国の約束だから」などと杓子定規に言っているのでなく、韓国の当時の状況や韓国国民の気持ちも想像してこちらも対応しなければいけない事が分かる。
 そんな知恵も、心も無い現政権にそんな事を求めても無理だが、せめて国民はマスコミの扇動にのるべきでは無く、なぜ韓国人がこだわるのかをしっかり知るべきだ。

『 日韓条約
 一方、韓国の経済成長は、1967年の日韓条約にともなう「経済協力」にも支えられていた。すでに述べたように、韓国経済のテイクオフの時期(66~72年)に導入された外資は40億ドル、その内訳は大雑把にいうと、アメリカがその半額を負担し、残りは日本(約11億ドル)と、西ドイツなどのヨーロッパ諸国(10億3000万ドル)がほぼ4分の1ずつ負担している。日本からの資金の多くは、日韓基本条約とともに締結された「日韓請求権および経済協力協定」にもとづく無償資金と借款によるものであった。それは歴史の清算を棚上げしたまま、請求権については「完全かつ最終的に解決された」(第一条)という、言質を代価にして引き出された資金であった。2005年1月に韓国で解禁された公文書でも徴用や徴兵などによる補償は韓国政府に委ねられたとされているが、条約締結後に韓国政府が支払った補償金は、死亡者一人当たり30万ウオンにとどまっている。
 日韓交渉は、51年10月、GHQ外交局の一室での予備会談に始まり、李承晩政権期だけでも第一次(52年2~4月)から第4次会談(58年4月~60年4月)まで8年に及ぶ交渉が積み上げられていた。この間、日本漁船が拿捕された李ライン問題、さらに植民地支配が朝鮮の近代化に役立ったとする久保田発言(52年の第二次、53年の第三次会談)などをめぐって紛糾し、交渉は難航した。アメリカ側は朝鮮戦争やベトナム戦争の後方を固めることや、アメリカ主導の地域統合という観点からこれを推進した。だが、李承晩は反日を生きた“国父”たることを正当性の拠り所とする指導者であり、日本との交渉にのぞむ姿勢はきわめて硬かった。日本側も植民地支配の反省は、保守政権の歴史認識についてはもちろん、国民の歴史感覚という面でもいまだ稀薄な時代であった。

 李承晩政権が倒れた60年は、日本でも安保闘争がたたかわれた年であった。この安保闘争は、日本の軍事大国化にブレーキをかけ、平和憲法の下での経済大国化という路線(所得倍増路線)を定着させた。このことは、アメリカのアジア政策のなかでの韓国の軍事的役割を否応なしにクローズアップさせた。そういう中でクーデターがあり、すでに述べたような内容の金・大平メモ(62年11月)が交わされたのだった。
 63年には、ゴ・ジンジェム政権が倒壊してベトナム情勢は緊迫し、日韓関係改善に向けたアメリカの圧力は一段と強まる。しかし学生たちを主体とする激烈な反対運動がこれに立ちはだかった。64年春、学生たちのデモは激しさを増し、野党や言論もこれに同調して韓国中で条約反対の機運が沸騰した。このとき、バーガー米駐韓大使は次のように国務省に打電している。
「韓日会談反対のデモは現政権が生き残ることができるかどうかを試す最初の舞台だ。学生たちのデモが静まらない場合、政府が武力の使用を強化し、究極的には戒厳令を宣布しなければならない状況に直面するであろう」
 予言は的中した。6月3日、ソウル市内の一万人余りの大学生がデモに及び、政府は直ちに戒厳令を宣布し1200名が逮捕された。さらに、中央情報部は、8月14日、“6・3事態”を背後操縦した人民革命党を摘発したと発表した(第一次人民革命党事件)。国内の反対勢力を北の浸透・工作と結びつけて弾圧する李承晩時代からの常套手段で反対勢力を威嚇したのだった。

 日韓会談は64年12月の第七次会談で妥結し、翌年2月仮調印、6月本調印、12月批准となった。学生たちは批准阻止闘争などを展開したが、衛じゅ令がしかれ、警察と軍の力でデモは封じられた。こうして押し通された日韓基本条約は、条文に植民地支配の謝罪はなく、その第二条に日韓合併条約以前に結ばれた「条約および協定は、もはや無効である」と規定されるのみであった。韓国側は、日韓併合条約は当初から違法で無効であると解釈したが、第二条は、併合条約が締結当初は有効であったとの解釈の余地を残す規定であった。
 日韓条約はアメリカからすればインドシナ戦争の後方支援の体制づくりとして結ばれた条約であった。すなわち、韓国がインドシナ戦争に軍事的に貢献し、この韓国を日本が経済的に支える仕組みがこの条約によってつくりだされた。この時期は、日本経済自体も、資本財と耐久消費財の双方の機械製品に対する大量で安定的な海外市場(前者→アジア、後者→欧米)を必要とする段階にあった。一方で、借款や輸出信用の形で韓国にもたらされた日本の資本財や中間財は、十分な輸入代替工業化を迂回するように輸出指向へと走った韓国の生産力基盤の拡充にも役立った。』

 長くなったが、「日韓条約」を取り巻く状況が分かると思う。
 
 韓国はこの後、また軍事政権や、それに抵抗し、民主政権が様々な事件を通して出来て来て、日本でも良く知られている金大中が大統領になったり、この本の最後の部分はノムヒョン大統領で終わっているが、韓国現代史の中での、軍事独裁的政権 対 民主勢力の戦いは激しい物で、その中で様々な犠牲をはらって、日本とは違った国家の独裁に対して抵抗する強い民衆の意識と言った物が育ってきているような感じだ。

ノムヒョン政権では、「過去史法」という、国民に対する国家機関の人権に対する不法行為の真相を明らかにし、謝罪する賠償と補償は時効の適用を排除して行う。という法が成立した。
この法の適用範囲は①植民地期の独立運動、②解放から朝鮮戦争に至る時期の民間人集団虐殺、③建国後不当な公権力の行使によって発生した疑問死、④大韓民国の正当性を否定するテロ行為など、近現代史の人権蹂躙、疑問死、テロなどすべてを対象とする包括的な立法という。
 ただ、成立過程で当時の野党ハンナラ党の朴正熙の娘パク・クネが、④の部分で反対するが、ちょうど竹島の問題が浮上してきて、④も認めたという。
 こう見ると、韓国の歴史は本当に多くの人が戦争や政争で死ぬような厳しいものであったと分かる。その歴史の中で人権についてまともに向き合って真相解明する姿は、日本が学ばねばならない点だろう。

 その後、パク・クネが大統領となり、その時代に日韓の慰安婦の合意がなされ、さらにパク・クネを批判して退陣させた現在のムン・ジェイン大統領になっている訳だ。ここでも右左と揺れ戻しがあった訳だ。

 なるほど、韓国民がいつまでも過去の謝罪について求め続ける事もその自国の歴史の流れの中で理解できる気がするし、こう見ていくと、韓国の最高裁が徴用工の個人としての賠償権は認められているとの判断は、韓国の政治や法律の流れの中で正しい事を言っている訳で、日本としてもヒステリックに子供じみた反論をしているのではなく、冷静に大人の交渉をするべきなのだ。

 本当にななめ読みで詳しく読んでいなのだが、とは言え、もう一度この本をちゃんと読み直す意欲は今の私には無い。「まんが日本史」ではないが、この韓国現代史を元に「まんが韓国現代史」くらいの内容の物をどなたかに是非作っていただき、私も含めて多くの日本人もざっと韓国の苦難の戦後史の概要を知る事は必須だなあ~、(私のように、今の日韓状況をよく分からないなあ~ともどかしい思いをしている人がいる訳だから、けっこう売れるかもしれない)
 また、私は、イ・ビョンフン監督の韓国時代劇が面白くて良く見たが、例えば日本のNHK大河ドラマと韓国歴史ドラマの違いは、この韓国現代史と日本現代史というバックグランドの違いなのかもしれないと思った。韓国の現代史はどこかイ・ビョンフン監督の韓国時代劇の雰囲気があり激しく面白い(と言ってはいけないが)

 ただ、現政権のような「歴史改ざん主義者」の人達の叫んでいるような事だけを主に取り上げていたり、忖度か掘り下げなく表面の現象だけを伝えているマスコミだけを見て、その情報だけで韓国民を非難する事は出来ないなあ~と今回感じたところだ。

 韓国を良く知る事は、日本を深く知る事にもつながる様な気がする。
 また北朝鮮があのような状態なので、いつどのような事態が朝鮮半島に起こって来るのかもまだ流動的だ。日本人も含めて、朝鮮半島の人々が幸せになれる様な道を探るのが政治だろう。