NHKスペシャル かくて“自由”は死せり ~ある新聞と戦争への道~を見る

 番組の予告を見て、これは興味深いものと思ったが、本当に興味深く勉強になる番組だった。

 番組の紹介は以下の様なもの。

『なぜ日本人は、戦争への道を歩むことを選択したのか。これまで"空白"だった道程を浮かび上がらせる第一級の史料を入手した。治安維持法制定時の司法大臣・小川平吉が創刊した戦前最大の右派メディア「日本新聞」である。1925~35年に発行された約3千日分が今回発見された。発刊当時、言論界は大正デモクラシーの全盛期。マイナーな存在だった"国家主義者"は、「日本新聞」を舞台に「デモクラシー=自由主義」への攻撃を開始する。同志の名簿には、後に総理大臣となる近衛文麿、右翼の源流と言われる頭山満などの実力者が名を連ねていた。国内に共産主義の思想が広まることを恐れた人たちが、日本新聞を支持したのである。さらに取材を重ねると、日本新聞は地方の読者に直接働きかける運動を展開していたことも明らかになってきた。そして、ロンドン海軍軍縮条約、天皇機関説排撃など、日本新聞が重視した事件がことごとく、社会から自由を失わせ軍の台頭を招く契機となっていく。知られざる日本新聞10年の活動をたどり、昭和の"裏面史"を浮かび上がらせる。

※登場人物に扮した俳優が、当時の原稿や発言を朗読。小川平吉役は、伊武雅刀さん。他に石丸幹二さん、正名僕蔵さん、小林勝也さん、高瀬哲朗さんが出演。』

 番組の初めに、「濱口雄幸首相」を東京駅で暗殺しようと重傷を負わせた、「佐郷屋留雄」という人の命日?にその墓前に大勢の人が集まっている映像が出てきて、私は、一瞬、「浜口雄幸」の命日に関係者が大勢集まっている所を写しているのか?と思ってしまったが、参列者の人たちの雰囲気がそんな感じではなく、「ああ、これは、その佐郷屋という人の流れをくむ右翼団体の行事なのだな、」と理解できた。
 浜口首相を暗殺しようとした人など歴史の中でその意味がすでに消え去っている人物なのだと私は思い込んでいたので、それが現在の日本でも生きている事に驚いた。そして現在の日本の状態を見ると一面、納得した。

 小川平吉がこの「日本新聞」を作った当時、大正時代、普通選挙が実現し、大正デモクラシーの時代であった、アメリカなどの影響で、自由主義的な雰囲気も広がり、普通選挙が始まり、ロシア革命の影響で労働運動なども盛んになる。一般の新聞には、マルクス主義の本の宣伝などが大きく出るような一般の世相であった。現在の世相の雰囲気に近いものがあると思う。

 そこに危機感を抱いた人たちがこの「日本新聞」を作り、また支援した。
 小川平吉は、法務大臣時代、治安維持法の制定に力を発揮した人だという。万世一系の天皇の国体を絶対視し、アジアなどへの軍事進出も理念としている。天皇制を否定する共産主義が日本に広まる事を恐れた。
 小山平吉の遺品の中に中国大陸へ進出する計画が分かる様な手書きのアジア地図が見つかっていた。

 日本を特別視するこの「日本主義」の10年の活動の後、国民の意識は、小川の意図しているような方向になり、小川は目標を達成し、新聞も休刊とする訳だが、番組ではその間の3000日分の「日本新聞」の見出しの言葉すべてを分析すると、ちょうど、今の「ネトウヨ」が売国、非国民、などという言葉を使って、攻撃しているのと同じように、自由主義、議会政治、軍縮、など小川たちに反対する考えを持った人達の言論を同じような言葉で攻撃して潰していた事が分かる。

 1930年の浜口首相のロンドン軍縮条約締結では、国民にも支持されていた軍縮と国際協調路線の浜口を批判して、明治憲法にある統帥権という言葉を持ち出し、統帥権干犯と浜口を批判、結果として天皇を利用した軍部の拡大に力を与える。

 1931年の満州事変では、それを聖戦と主張する。

 1932年の5,15事件では、テロを起こした軍人の減刑嘆願運動を起こし、そういったテロが国のためだという意識へ世論を導く。

 1935年の天皇機関説の問題では、統帥権干犯を持ち出し、東大の美濃部教授を攻撃し、軍部もそれを利用し今まで通説となっていた天皇機関説を国会でもそれを削除させてしまう。天皇が選挙によって出来た議会と政府による機関の一つではなく、天皇を利用する軍部に絶対的な独裁的権力に集中するようになる。
 そして、議会政治を支える政治家や財界人などを次々にテロで暗殺する事を裏で支援したりもする。2,26事件、血盟団事件、などが起こり、言論の自由は抹殺されていく。

 そういった、流れが実際の戦後の証言テープなども使い、とても良く理解できた。

 番組では、長野県下伊那の小学校の音楽教師だった、小林八十吉という人の地方に残るテープなどの資料や遺族が持っている記録を追って、一般の人々がどのような思想の移り変わりをしていったのか、を示していた。
 下伊那では当時、若者が社会を学ぼうという機運が盛り上がり、自由主義やマルクス思想なども学ばれていたようだ。
 小林はそういった風潮の中、小学校の音楽教師として、自由主義的、理想主義的な雰囲気の中、自腹でピアノを買って教室に持ち込んで、世界の音楽も教えるような事までしていたが、「日本新聞」の思想を地方に広める役をしていた中谷武世の影響もあり、音楽教師は辞め、逆に国粋主義者としての活動を地方で始める。

 その背景には、世界恐慌による不況で地域の養蚕などの産業が壊滅的になったりし、自由主義どころではない、と思ったり、議会政治が汚職まみれで、泥仕合の様な政争ばかりになっている事もあり、人々の気持ちも、議会政治や自由主義を離れて、軍部が力を持ち大陸へ進出する、天皇絶対の日本主義に惹かれる、その小林のような移り変わりをしていく過程が良く分かる。
 軍も、そういった人たちの軍国主義の運動を支援する資金を出してもいた事が伝えられていた。

 この地方へ「日本新聞」の思想を広めるために活動し、小林とも関わった「中谷武世」という人の存在も番組では、伝えられていた。彼は、そういった「日本新聞」を地方へ広める活動をしていたが、彼の東大での先輩が岸信介であり、後に岸の政治団体に入っていくように中谷と岸の思想の共通性も番組では示されていた。

 また、番組では、美濃部達吉の天皇機関説を批判した私学の大学教授の子供(老人)にもインタビューされていたが、まさにその教授は、神がかり的に天皇を崇拝するようなタイプの人だった。その教授は戦後自死した。

 下伊那の小林八十吉という人の残っている日記を見ると、終戦の頃の日記の部分が破り取られていた。彼の子供(と言っても老人)の話によると、戦後はそういった事は子供達には一切話さず、会社員として一生を終わったようだ。
 日本新聞の賛同者に名を連ねていた東条英機や近衛文麿は戦後、処刑されたり自決して死んだのだが、当の小川平吉は敗戦を待たずに亡くなる。

 番組では、自由主義を主張するが、政争の具として統帥権干犯を持ち出すという過ちをおかした鳩山一郎や、中谷武世との関係で岸信介などの姿も出てきたのだが、本当に戦後の政治は、この戦前の流れと全く無関係にあるのでは無い事も分かる。
 戦後の政治では、戦争へと国民を導いた人達の多くが復活していた事が分かる。

 番組を見て、とは言え、10年という短い時間に、戦争へと大きな流れを作ってしまったのは、どうしてかと思うのだが、何と言っても明治以来、沖縄を日本に組み入れ、台湾を併合し、韓国を植民地とし、満州の権益をねらって侵出していった軍部や経済界などの大きな流れというか土台があったからこそ、そのように急激な変化を起こすことが出来たのだと思う。また、すでに治安維持法が成立した後の動きでもある訳だ。

 とは言え、現在、嫌韓本が書店にあふれ、マスコミは「日本素晴らしい」の番組が多く作られ、一部のマスコミや多くの社会の場で、自己規制による言論の不自由が広まっている。「表現の不自由展」がこういった批判で中止になったニュースも戦前では無く今の日本の話だ。司法もおかしくなってきている。やはりその根底には、同じ要素が存在している事が分かる。

 現在の憲法は「国民主権」なのだが、自民党の憲法草案では、天皇に主権がある方向だ。現政権が「徴用工」問題に拘るのは、そういった己のよって立つ「戦前の思想」への批判だからである。現在の日韓問題は、これをテコに世論を「戦前の肯定」「憲法の精神を変えてしまう」へと誘導している事に国民は気づくべきだ。

 現在では、大陸への軍事的な進出という土台は無いのだが、代わりの土台として、終戦後から一貫してアメリカの属国的な『土台』の上に日本が存在しているという事なのだろう。その違いが今後、どういった方向へ日本の未来への力学が働くのだろうか?
 戦前の様な日本の破滅へと向かうのではないかという事も注意深く見て行かなければならない。

 いずれにせよ、色々な事が分かる良い番組であったと思う。高校生ぐらいの歴史や政治の教材としても、とても利用価値があるのではないか。NHKはさらにこういった方向の深く掘り下げた見ごたえのある番組をどんどん作ってほしい。