日航機墜落事故 真実と真相 小田周二著を読む

、  この本
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 なぜ、この本を読んだかというと、同じ著者のこちらの本を読んだからで、その感想は先日、ブログに書いた。
https://js30.at.webry.info/201908/article_22.html
 もう少し詳しく知りたいと思いこの本を読んでみた。

 写真にもあるように、大型の本で、装丁もしっかりし、厚さも表紙を抜いた本文だけで3cm以上になる、読み物というより論文や報告書といった感じの物だ。しかし無味乾燥な物では無く、著者の血のにじむような悲しみ、怒り、祈り、また最後まで乗客を救おうとした機長の行動への感謝、のような物が混じった叫ぶような文章が詰まった物に思えた。
 表紙の写真は、日航機に搭乗する前の、著者の中高生の子供二人と小さな甥と姪の二人を、著者の義妹が撮った写真だ。

 航空機の構造や操縦についての知識、海外の事故事例や日本での過去の航空機事故ばかりでなく自衛隊が関わった事故、また事故調など事故の調査に関わる組織のアメリカと日本との比較、自衛隊法、警察法、当時の中曽根首相の状況、等々、本当に様々な関連の分野についても広く深く学んだ上でこれを書かれている事が分かる。
 ただ、日航機の事故についての本を全く読んでいない予備知識の無い、暇のない方には、前著をまず読むことをお勧めする。

 この本にある前書きで分かったのだが、日航123便の事故については、世の中では一部にずっと疑問が持たれ続け、多くの人によって著作がなされていたのだ。この本にも、主な物として、1985年~2010年にかけての11冊の本や報告書が紹介されている。

 著者も、これらの書物を購入して読んでいたのだが事故から時間がたっていない頃は放心状態で内容が身に入らなかったという。その後、あらためて徹底的に目を通してみると、それらの著作の主張を整理すると以下の様な物だったという。

・日航機墜落事故は圧力隔壁の破壊が原因ではない。
・日航機の垂直尾翼は自衛隊標的機が激突して破壊された。
・尾翼を破壊された日航機は手動で操縦出来、横田基地に着陸出来た。
・自衛隊、政府が着陸を許可しておれば、乗客・乗員の殆どは助かっていた。
・長野県側に飛行したのは、川上村レタス畑へ不時着するためであった。
・日航機が御巣鷹山に墜落した原因には自衛隊が関与している。
・自衛隊は御巣鷹山で事故機に向けてミサイルを発射し、撃墜した。
・墜落場所の確定に時間をかけたのは自衛隊がその証拠残骸の回収、および生存乗客乗員全員に対する加害行為を行うための時間稼ぎである。
・自衛隊だけでなく群馬県警も遭難者救出を阻害する行為に加担した。
・もっと早く救出していれば数十名の命が助かっていた。
・米軍アントヌッチ中尉(当時)の救助活動に中止要請を出し、この事実を国民に隠蔽、隠蔽の目的は自衛隊の意図的な救助放棄をごまかすためである。
・事故調の「航空事故調査報告書」は間違っている。
・日本航空、ボーイング社は、政府権力者から強制的に押し付けられた代理の加害者である。
・日航機事故は「事故」でなく「事件」である。
・事件の動機は、「自衛隊標的機の日航機への衝突を隠蔽する」ことであった。

 という事で、私は、前著を読んだ時、この著者が一人でこういった事を調べたのかなあ~と思っていたが、そうでは無く、事故当時からずっとこの事についても疑問が多くの人の間にあり、色々な人によって真相を究明しようという努力がされていたのだという事を知った。

 この本にも、著者は、『~、また上記の著者の皆様方の志は「空の安全性向上」を目指すことにあると考え。勝手ながら皆様を共同著作者のような存在として小田は考えている次第である。どうかご理解をお願いしたいのである。~』
 と書いてある。そういった意味で、今までの色々に書かれた物すべてに目を通して、もちろんご自分でも様々調べられて、これが書かれている事が分かる。

 私の印象としても、もう、この日航事故の真相は、「トンデモ本」などというレベルの物ではなく、「日航機事故学」とでも言えるようなちゃんとしたレベルの分野に到達していて、この事故・事件を考えると、そこには、航空機の安全性はもとより、日本の政治や組織、歴史などの根本に関わった大きな問題が横たわっているように感じられた。
 この日航機の事故の真相や真実が解明されないかぎり、日本の真の民主化とか独立とかそういった事はなされていない状態なのだろうな、という事だと理解された。
 
 この本には、前の本には書いてない詳しい内容も色々と含まれている。前著には詳しく書いてなかったそのうちのほんの一部を紹介すると、
『 究明されるべき墜落現場での奇怪な事象 という節で、
 ようやく捜査活動が始まると、次のような不思議な出来事が起きている。
① 8月13日の朝9時~10時頃、地元上野村の消防団が獣道を伝って墜落現場に登っていく途中で、沢伝いに下ってくる中年男性3人と中学生くらいの男の子4人連れに遭遇している。墜落現場から来たというのに、挨拶しても返事もないし、何も語らない不気味な沈黙の集団だったと消防団のメンバーは記憶しているという。(飯塚訓著「墜落現場 遺された人達―御巣鷹山、日航機123便の真実」より)
② 公式に生存者とされる4人の女性以外に、3名ないし4名の生存者が目撃されている。生存者4名の現場から、さらに200メートルの急斜面を登ったところにいた朝日新聞社の社会部記者が「今さらに3人の生存者救出!2人は担架にのせられているが、1人は担架が必要ないほど元気な女の子で、救助隊員に抱かれている」と無線で報告している。(朝日新聞社会部記者)
③ 「1人の女の子は、担架に乗らないほど元気で、救助隊員に抱かれている。他の2人は毛布を被されているため、男女の別や怪我の程度は、はっきりしない」と元気で無事救出された女の子のことを報告。だが、その後、女の子はどうなったのか?突然、その存在が消えてしまう。(朝日新聞前線キャップ・木村卓而氏)
④ 13日午前。7,8歳くらいの小さな男の子が走り回っているところを自衛隊員に発見されているとの報告が無線でただちに流された。報道関係者もこの無線を傍受しており、「男の子発見」のニュースが流れた。「現場は惨憺たる状況です。まもなく担架に乗せられた7,8歳の少年が運ばれて来ます」と生中継している。しかし、その後、この男の子に関する情報は途絶。まるで神隠しにでもあったようにこの小さな男の子の消息はいっさい表に出てこない。(フジテレビ「ニュースレポート」で山口アナウンサーがマイクで生放送)
 以上の事象は新聞社などが確認しており、自衛隊、警察の検証が必要である。』
 
『 救助を急いだ自衛隊員が射殺される事態が発生!?の節では、
 前述したように事故当時の20時頃、NHKで「救助に向かおうとした自衛隊員を別の自衛隊員が射殺した」とテロップによる臨時ニュースが流れた。
 さらに事件後に撮られた現場写真には、森の中で首吊り状態にされた自衛隊員2名が写っている。
 足場がないような高い木に吊られているその様子はきわめて不自然そのものである。おそらく、彼らは勇気を出して真実を語ろうとした自衛隊員であり、それが判明したために自殺を装ってこのような目にあったのではないだろうか。そこに隠されたメッセージは、「秘密を暴露するとこのような目にあう」という、他の自衛隊員への見せしめとしか考えられない。~』

 また、『自衛隊特殊精鋭部隊の存在とその行動の目撃証言』の節では、いち早く現場にかけつけたM氏の目撃証言として、
『 匿名は生命の危険回避のための処置である。~中略~ M氏は大学を卒業した社会人だが、ちょうど夏休みに実家に帰省している最中に日航機事故を知り、墜落現場は南相木村の東方向と見当をつけ、オフロードバイクに乗って友人と2人で現場に向かった。
 この時には長野県警の警察官もバイクで追走して来ている。山と尾根を乗り越え、墜落地点上空を飛ぶヘリの音と光を目標に直線距離8キロメートルのところを約6,7時間かかて13日の早朝4時頃に墜落地点に到着した。
 M氏はそこで100名ほどの自衛隊員を目撃している。
 同時に、墜落現場では事故犠牲者とおぼしき人々の呻き声が谷にこだまし、響き渡っているのがはっきり聞こえたという。声の響き方から推測すると、少なくとも4,50人の生存者の呻き声がしたそうである。
「実際に苦しそうな声を上げている人を私も間近で何人か見ています。自衛隊の人たちがいる以上、自分が出来ることは負傷者のいる場所を教え、早く救助して貰うことだと思い、呻き声のするあたりを探してはその場所を隊員さんに伝え、早い手当を頼んでいました。ただ、自衛隊員さんの対応には不信感を覚えました。『下手に動かすと危険なので、後から来る部隊が手当てをすることになっている』というだけで何もしようとしないんです」
 その周囲ではすでに到着していた100名ほどの自衛隊員が黙々と何かを回収して大きな袋に詰めていたという。彼らの装備は暗視ゴーグルを付け、片手には抜き身のアーミーナイフ、靴は急峻な山での作業に適した短靴であった。上空にはヘリがホバリングしており、集めた袋を吊り上げていた。
 M氏は生存者の中に軽傷の人も発見している。しかし自衛隊員は一向に生存者の手当てをしようとしなかった。通常、救助に来たならば負傷者に声を掛けて励ますのだが、彼らはそうした行動を取らなかったという。彼らが救助に来たのでないことは明らかであり、M氏らが山を下りる時には生存者の呻き声はいっさい聞こえなくなっていたという。
 それから約1時間後、多数の自衛隊員が到着。彼らは山では歩きにくいブーツを履き、遺体搬出作業と残骸回収を始めたという。
 こうした目撃証言から、13日早朝に到着した自衛隊部隊は、その装備から見て特別の訓練を受けた特殊精鋭部隊であると推測できる 
~中略~ 事故から二十数年経った頃、M氏はスゲノ沢の上流付近で携帯用VXガスのものと思われる容器(直径6センチメートル×長さ7センチメートル)を見つけている。容器には微量の液体が残っており、持ち帰る際、何重にもビニール袋で密封した。が、調査を依頼された職員2名が密封を解いた途端、2人とも気分が悪くなり、数日間にわたって寝込んだそうである。
 この容器の内容物がVXガスであるとは断定できないが、無色透明、揮発性の劇薬であることは間違いない。それが果たしていつ使われたものなのか、考えるだけでも悪寒が体中を駆け抜けるのである。
 M氏の冷静かつ真摯な目撃証言から判断できることは次の4点である。

① 自衛隊先遣精鋭部隊は13日未明に現場に到着した。
② M氏らが現場に到着した段階で多数の生存者の呻き声が充満していた。
③ 短時間の間に呻き声が消えた。
④ 二十数年後現場で発見された謎の猛毒液体の容器。

この部隊は救助が目的でなく、何らかの回収が目的であったのである。
~』

 著者がその後、真実を調べようとしても、すべて「国家機密に関わる情報で答えられない」という返事が返ってくる。この日航機の事件のどこが国家機密だというのだろうか?自衛隊が関係しているからこそ「国家機密」になるという事を示しているという。また、この本には、現在の特定秘密保護法も、このような事件についての防御の意図もあるのでは、と書かれていて納得した。
 事故調や日航の対応など、公務員など組織の体質についても現在の日本とも関連して本当に同じ事の繰り返しなのだという事が分かる。

 繰り返しになるが、やはり、この事件の真相解明がされないかぎり、現在の日本の独立、民主主義や繁栄は砂上の楼閣にすぎないのだなあ、だからどこかおかしな世の中になってしまっているのだなあ~とつくづく感じられた。

 この本の著者と同様に、なぜ、野党やマスコミはこの事件をきちんと調査して、追及しないのだろうか?という怒りを感じる。自衛隊を追及する事は、国民の支持も、視聴率も取れないと思うのだろうか?
 しかし、真実が無い所で何か国民が努力してみたところで、内部から腐り、本当に砂上の楼閣となってしまう事だろう。そしてまたいつか来た破滅への道を歩むことになる。やはりどんなに苦しくても日本は、土台からやり直し、積み直していく以外方法は無いだろう。
 そんな読後感をいだく重たい内容の本であった。