8月末の不登校、子どもの自殺問題に関係して

 この頃、8月の終わりになると、夏休み明け学校が始まるために不登校が始まったり、学校へ行くのがいやで自殺をする子が出ては困るとテレビ番組でその予防の内容が放送される事が多くなった。どこの先進国でもこんな風なのだろうか?

 その訳は、ここにきて不登校が過去最高になったという事と、現に休み明けの子供の自殺が多いのだという。
 学校がいやだという気持ちは、たいていの人が良く理解できると思うのだが、こういう状態は本当に何とかしたいのだが、問題が大きすぎて何かをすればすぐこうなる、というようなお手軽な解決方法など無い。

 自民党の文教部会?だかの、「道徳教育」をやって教育勅語を暗唱させ、歴史教科書から日本の加害の歴史を削れば教育問題はすべて解決する、などというような発想は、病気を治すのに祈祷師に祈らせる程度の話だ、という事は、まともな人ならだれでも見当がつく。

 今年の晩春、私は東京駅を通過して首都圏へ親戚の用事で出かけた事があった。いつも着ている本当に気楽な服よりもちょっと余所行きくらいな恰好をしていった。(セーターか何かを着て行ったのか?)このくらいでいいや、という気持ちだった。ところが、時期的な事もあったのだろうか、東京駅などで出会う人々の服装は、皆、フォーマルというのだろうか、例えば我々の様な爺さんでも最低でもブレザーを着ていて、もちろんビジネスマンらしい人たちは男女ともピシッとしてスーツを着ている。私はブレザーも着ていかなかったら、そういった感じの人はほとんど見当たらなかった。
またその服の色合いもリクルートスーツほどではないが、暗っぽい色だった。
 もちろん、これは田舎者が流行おくれの恰好をしていったという事だけの話なのだろうが、私の若い頃の記憶では、もうちょっと東京駅を歩く人々の服装は多様でラフな感じがした気がする。昔もこんなだったっけ?いや違うよなあ~。といった感じだ。

 世の中の右傾化が言われているが、こういった所からも世の中が窮屈に住みづらくなってきているのだろうか?
 多様化の時代、などと言われているが、実際は日本社会の「同調圧力」とでもいった物がじわ~っと高まっているのか?という印象がしたのだが・・。いかがでしょうか。
 そう言えば、マスコミなども昔はもっと自由に政権批判などをしていたのだと思うのだが。

 不登校の原因について、色々な面から考えられるのだと思うが、本当に根本的な事を言えば、この間の参院選で「れいわ新選組」から立候補した東大の安富教授が言っていたような気がするが「学校は軍隊です」という所だろう。戦前は文字通り富国強兵の軍人や産業兵士を育成するための機関であり、戦後も企業にとって有用な人作り、といった雰囲気が濃厚な場所と言える。
 まあ、そこまで言ってしまえば実も蓋も無い事になってしまうが。

 やはり根本的な改革が必要で、何度もこのブログで書いてるが、震災後NHKで「地球イチバン」という番組をやっていて、(どういう訳か、すぐにその番組は無くなった)世界で一番子供が幸福な学校とか一番学力のつく学校、などという事で、「オランダ」や「フィンランド」の学校の事をやっていたと思うが、それらに学び、オランダやフィンランド並みに、小中学校の制度などを変えればいいのだ。
 それには、本当にそういった考えの出来る政治家や政党が政権を取り、根本的な改革をする以外手が無いと思われる。小手先のちょっとずつの改革ではもう間に合わないと思う。
 イージスアショアや戦闘機などアメリカから買うのをやめ、リニア新幹線やカジノ産業のような事に金を使うのでなく、教育に集中的にガンガンと予算をつぎ込めば、全く不可能な絵空事では無い。戦前、国民の血をしぼりとるようにして巨大戦艦を作ってその結末はどうだったか。
現在でも、日本は先進国の中では最低レベルの教育予算だとどこかのグラフで示されていた。(GDPと教育予算の割合の比較だったかもしれない?)
 新学期に子供の自殺を心配しなければならないような状況を、もう一度、国民は落ち着いてかんがえてほしい。

 また、これからは私の考えだが、これからの学校はお昼まででいいのではないか。現在の子供達は何と言っても自由が無さすぎる。子供達が自由に遊べる空間や施設、環境を本気で予算を注入して作る。
 また、現在、学校と同じくらいな比重を持ってきている、塾や様々な習い事、スポーツなどの活動、またフリースクールなどを、ある程度公的な感じに位置付けて、しかも現在のように『学校と塾』『学校と習い事」『学校とスポーツ』で子供のすべての時間を埋め尽くすようにせず、子供たちが学校や塾以外に、「自由に遊んだり」「自由に学んだり」できるための時間と施設、環境を作って、そこですごせる時間を十分に確保する。また事故防止のために見守るためのあるていどの人間も必要と思うが。
 (もちろんそれは、ゲームセンターのような場所の事を言っているのではない事はお分かりだと思うが。)
 そして、高学年や中学生になるにしたがって、その子のやりたいその子の個性にあった活動の場所で過ごす時間を増やしていく。
 良く、現在の若者や子供は、耐える事が出来なくて、ちゃんとやっていけないから、という意見を聞くが、子供の時代に本当に自由に自分の時間をすごせなかったからこそ、もろくなっていく面があるのではないか。
 現代の学校は、富国強兵や産業革命時代と違うし、さらに学校へ行かなければ知識を学べない、という時代では全く無くなってきているので、本当に根本的にフレキシブルな発想で考えるべきだ。
 
 不登校から自力で抜け出した人たちは、良い人と出会ったり、良い場所を得て、又は自力で、そういった事を自分で見つけていった人達なのだろう。

 自由が無く、いじめなどが横行するような「軍隊のような学校」では、だれでも行く気がしなくなる。もちろん、そんな学校ばかりでは無い事は言うまでもない事だが、不登校が過去最高に増えてきている、という事は学校がそういった方向へ向かっているという事は確かなのだろう。
 もし、新学期に学校へ行くのがいやで自殺したいと思うような子がいたら、あまり深刻に考えず、それは自分が原因では無く、その学校のその場所が原因だし、現在では学校に行かなくても全然関係なく世の中で活躍している人もいるのだから、ここらへんで思い切って色々な相談機関が多くあるのだからいくらでも相談してみたらどうでしょう。フリースクールのような良い場所もけっこう出来て来ているのではないか。

 その方が、無理して軍隊的な学校の場所へ行くよりずっと面白い良い人生が開けてくる事でしょう。