2泊3日 四国の百名山の旅 (その2 剣山)

 24日の朝も昨日と同じようにして5時頃、宿を出発した。車で数分くらいで登山口の「見ノ越」にある駐車場へ到着した。ここの駐車場は石鎚山ロープウエイの乗り場付近とは違い無料であった。
 ここにはリフトの駅があり、土産物店や食堂などもあり、祖谷の方や徳島の方から来る道路が合流する場所でもある。リフトは朝早くは動いていないので最初から乗るつもりはなく、剣神社の石段の登山口から5時半過ぎ登り始めた。
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 神社横から登山道が始まり、斜面を横切りながらリフトの下をトンネルでくぐったりして登っていく。この斜面も昨日の石鎚山と同様に古木の大木が多く見られた。ただ昨日の林と違い、林床には中低木が無く、うっそうとした感じは無い。しかしツガ、モミやヒノキなどの針葉樹や、カエデなどの大木があり、やはり神社の木として保護されていたのだろうか?この林はリフトに乗っていたらよく分からなかっただろう。
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 樹木についた名札などを見ているうちに古木の林を抜け、これから登る方が開けて見えてきた。
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ほどなくリフトの終点について駅のベンチに座って少し休憩する。今日も快晴で、周囲の山も良く見える。左手のピークが三嶺(みうね)という日本200名山の山である事もこの場所に来て知った。上田市から見える烏帽子岳のような形だ。
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 四国の高山には山頂部が笹原になっている感じが昨日から見えているが、これも固有の種の様だ。剣山も周囲の山も笹原に見える。先が少し無いのは鹿が食べるのか?
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 昨日の宿の人が、剣山のお勧めコースを教えてくれた。それは、リフト終点から大剣神社の方へ行き、そこを少し下ると日本名水百選の御神水という湧き水があり、さらに、山頂から南の方へ下る尾根道へ合流する道までトラバース道を行く。合流したら山頂へ南から登るという物。「次郎笈」(ジロウギュウ)という山への尾根の美しい風景を見られながら登れて良い、帰りに北側の尾根道を真っすぐ下って来れば良い、という事だった。(今、ネットで見ると、かつて剣山は「太郎笈」と呼ばれ、「太郎笈・次郎笈」と2山セットで呼ばれていたようだ。)
 迷わずその道を行く事にした。
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 大剣神社へ向かう道は緩やかな登り道だ。樹木の高さは低くなってきたが、こんな説明板があり、ここが貴重な森林である事を教えてくれている。
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何とダケカンバの林が現れたり、カラマツも遠目に見えたり、長野県の山を歩いているような懐かしい気分になった。歩きやすいトラバース道でもあり自然観察にとても良い道ではないか。
 この写真の場所は、ダケカンバやカラマツは無いようだ。
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樹木はもちろんの事、草花やコケなども興味深いものがあるようで、時間があればゆっくりと観察したくなるような場所だった。コミヤマカタバミ?は剣山山頂部全体に咲いていた。沢筋に咲いていたこれはネットで見るとシロバナネコノメソウ?西日本にしかないようだが。長野県の家の近くの山にある良くあるタチツボスミレが無く、名前は分からないが違う種類のスミレが咲いていたり、やはり家の近くとは違ってここは四国の山なのだ。
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 コミヤマカタバミ?
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 シロバナネコノメソウ?
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 地衣類なども亜高山帯の感じ?蘚苔類もミズゴケなども多く見られた。

 間もなく大剣神社に到着、これはその後ろにある白い巨岩への信仰であろう。
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その場所から山頂へ向かわず、少し下に下りるとすぐに御神水となる。
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 白い石は石灰岩質の物だとある。比較的新しい火山活動で出来た地質が多い私の家の近くと違って、昨日からの2山は、岩石が変成岩の感じで古く、良く知っていれば地質的にも色々と興味深いのだろう。
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 少し下から、大剣神社方向の白い岩を見上げる。

 トラバース道が次郎笈の見える地点までついたので、今度は山頂目指して登りだす。
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昨日教わった道はさらにトラバースして合流したところからだが、もういいかと山頂に向かって登る。間もなく山頂に到着。何度もテレビなどで見た事がある木道に囲まれた広い山頂だ。
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 これは弟のカメラで私を撮ったもの
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 頂上三角点 三角点にしめ縄は珍しい
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 次郎笈の方を撮ったり、山頂三角点を撮ったりして休む事も無く、今度は北側をどんどん下る。駐車場へ下り着いたのは9時半ぐらいか。リフトは動き出していたが下りも歩いていく。登山者も増えてきて下山道では登る人たちにポツポツと出会った。
 
 帰り道、昨日のラ・フォーレ剣山で割引券をもらった木綿麻(ゆうま)温泉で汗を流した。これもつるぎ町の町営の温泉との事。長野県にも良くある日帰り温泉施設だった。
 淡路SAでお昼を食べ、新名神の方へ抜けて大津SAで休憩。ところが名古屋付近の名神で事故渋滞となり、恵那SAで夕飯を食べ長野県上田の家に着いたのは11時頃になってしまった。

 家に帰ってから「日本百名山」を読んでみるとこの二つの四国の山々の歴史との深い関わりが書かれていた。古代から歴史ある瀬戸内地域の山だからだろう。剣山の剣は、山の形からでなく、安徳天皇の伝説から来ているようだ。自然と歴史、その両方の大変すばらしい四国の山々であった。標高だけで「たいした山じゃないだろう」と判断していた自分のあさはかさが気持ちよく打ち砕かれた今回の山旅だった。

 今回、運転は山道は私、高速は主に弟が運転したが、これが一人でずっと運転では若者ならいざ知らず我々では疲れるだろうな、という感じだった。