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zoom RSS 作家、山田風太郎の残した日記の番組

<<   作成日時 : 2017/04/28 08:19   >>

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  しばらく前の夜中に偶然見ていたNHKのテレビ番組で、以前やった番組をこの時期に、もう一度再放送する時間に見た物だ。

 2005年に放送された物で、「作家、山田風太郎の残した日記」についてのものであった。今は亡き三國連太郎がナレーターと山田風太郎の役などをやったりして、進めていく。三國連太郎は山田風太郎と同年代の人だという。
 今回の今の解説はアナウンサーと五木寛之がしていた。
 今の状況を考えるのにあたり、この番組を見ると日本の本質が分かるから今、放送したのだろう。

 私は「山田風太郎」という人は知らなかったし、その作品も読んだことが無かった。忍法帳シリーズなど、映画化などもたくさんされているようで、有名な大衆作家であったようだ。

 山田風太郎は、昭和17年に日記を書き始め、学徒出陣は肋膜で行かなくなり、昭和19年には医科大へ進む。昭和20年の3月には東京大空襲の惨状を見てアメリカへの復讐を誓ったり、終戦の日には、空白だったりした。敗戦の日には23歳であった。
 前線へは行けなかったが、純粋に国のために医学生として働くつもりだったようだ。敗戦の衝撃は非常に大きかったようだ。

 後になって、皇国青年であった自分を公開したいという事で、「戦中派不戦日記」というので昭和25年までの日記は本に出版されているが、それ以後の日記は公開されていず、亡くなって4年のこの時に、この番組でそれを公開してという内容だった。

 彼は、小説家であるのだが、小さいころから肉親を失って苦労したり、また医学生だったという事で、非常に冷徹に鋭い目で、日本の政治や人々の心理を見ている事が分かる。
 戦中から戦後の流れを見て、彼は日本人の無責任性、軽薄さ、というものを痛切に感じていた。

 皇国青年であった彼は、あの戦争と戦後が何であったのか、とずっと考えていたようで、昭和42年から、巷に出てきたあらゆる戦史を読んでみたという。1133冊読んだが、一般の民衆の書いたものには、意外とその時の周りの様子をちゃんと表現した物が少ない、真実では無い物など入っていたりする、と分かり、自分の日記を公開する事にしたのだという。
それが、前述の「戦中派不戦日記」だという。

 日本人の「軽薄さ」「無責任性」という事については、色々と日記に書かれていた。

 占領当時の米軍へのこびへつらい。マッカーサーがアメリカへ帰る時、呼び戻そうとする運動が起こった事を、何とおっちょこちょいだ、と書く。

 朝鮮戦争の時に、警察予備隊が作られた事、サンフランシスコ講和条約で、喜んでいた世相に、何が講和か、米軍の駐留が続き、治外法権の残る国に真の平和では無い、と。

 アメリカへの反対運動には、占領当時はこびへつらって、今になって文句を言っている。軽薄であるなど。

 岸内閣での、自衛隊の観閲式に、これで軍隊で無いなどといえるのか。安保条約は日本人の無責任性が最悪の形で現れた物だ。

 高度成長時代など、経済力でかつてのアジア太平洋を暴れ回ったエネルギーと同じ物である事を見ている。そしてすぐに天狗となるところも。
 日本人は、戦争などもすぐに始めるだろう、とも書いている。
 日本に再軍備はいらない。日本に文化を守ろうという気持ちが無い。

 オイルショックでは、現在の世界とアラブの混迷も予言していた。

 など、様々な批判や、考え方が書いてあるようだ。

 風太郎の批判した日本の現状はそのまま続き、今、まさに沖縄の米軍基地から飛び立った飛行機が北朝鮮との戦争に備えたり、米軍空母を守るための自衛隊の軍艦の映像がテレビに堂々と出てきたり、当然、戦争が選択肢にあると首相が言い、「平和憲法」など実質的に無い時代にいつのまにかなってしまった。

 こういった事にも、根本を真剣に考えない、いいかげんで誤魔化してすましてきたツケがいよいよ最後の段階に入ってきたのだろうか。
 戦争に巻き込まれてどうしようもなくなってからでは遅い。




 

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