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zoom RSS 4月24日 赤城山に登る

<<   作成日時 : 2017/04/24 23:49   >>

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 赤城山というのは日本百名山であるのだが、私の住んでいる上田市からそれほど遠くない山なので、日帰りでいつでも登れるような気がしてまだ登った事がなかった。
 都会に住む弟が今年定年退職したので、さそって登る事にした。ちょっと雪もあるだろう今なら平日ならそんなに混雑もしていなくていいだろう。

 朝、藤岡インター付近で待ち合わせて、赤城パーキングエリアの出口から一般道に下り、大沼湖畔に向かった。なだらかなすそ野が広がっていて道路も快調に進む。

 大沼周辺は、植生がどことなく湯の丸高原の地蔵峠付近の雰囲気と似ている。ワカサギ釣りとか色々なテレビ番組で大沼や赤城神社周辺はよく見ているので、初めて来た場所の様には思えない。湖面はまだ凍っているようだった。

 原発事故の後、この湖のワカサギの放射能が基準値を大幅に超えて、釣りが禁止になった事など大きく報じられていたが、この冬のテレビ番組では釣りの様子をやっていたので、だんだん値が下がって許可されたのだろうか、こんな場所でも放射性物質がたくさん流れ込んだと思い出し、爽やかな朝なのに気が重くなった。

 黒桧山の登り口付近の駐車スペースに車を止め、9時少し前に登り出した。大きな岩がある急な道には圧雪された雪がまだまだ溶け残っている所が多く、ちょっと滑ったりして気が抜けない。ただ硬く凍ってはいないので、それほど危険では無いのがせめてもの救い。
 しばらく登ると大沼や下の方が見えてくる。周りはダケカンバやミズナラなどの樹林帯で道端にはササが生えている。ウグイスやカラ類の囀りもさかんだ。キツツキのドラミングも聞こえる。
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 さらに登った場所では、富士山が見えると表示されていて、地蔵岳の左側にうっすらと富士山らしいのが見えたが、はっきりはしなかった。
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 標高差450m程度なのだが、やたら疲れてしまい、弟を止めて休憩をとってもらったりして、やっとこ尾根に登り着いた。そこからは雪が積もったなだらかな尾根道で山頂は直ぐだった。
 コースタイムくらいの1時間30分くらいで到着。証拠写真を撮る。
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 弟が前の晩に買って読んであった地図のガイドの冊子にあったという、山頂のちょっと北の展望ポイントへ行ってみた。山頂部の尾根はかなり積雪があり、雪庇状というほどでは無いが春山の雪の感じが楽しめた。
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 天気は、やや春霞っぽくはあったが、ほぼ快晴で、雪を頂いたたくさんの峰々がバッと広がっていた。最初は何だか分からなかったが、ああこう言いながら見て行くと大体分かって来た。 この写真ではよく分からない感じだが・・。
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 まず雪と、解けた黒い部分ではっきりと山の形が分かる武尊山の塊が北にデンと聳えている。それより右手の方には、写真で良く見る牛のような形の皇海山が見えた。雪はあまり見えず、青黒い山体を見せていた。この山もまだ登ってない山だ。
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 左に移って日光白根山と多分、燧ケ岳や至仏山らしいものが見え、遠くに見えるのは会津駒ケ岳だろうか?
 武尊山の左には、谷川岳の山々が白と、険しさを感じさせる下部の青黒い稜線で輪郭をはっきりさせて続いている。これらの山も、私は谷川岳の主峰に登っただけで他の山は登ってない。
 武尊山と谷川岳の間に遠くに真っ白く見えている山々は、越後の山々なのだろう。ここも巻機山だけしか登っていないのだが、越後駒ヶ岳やその周辺にもたくさんのすばらしい山があるのだろう。
 谷川連峰のさらに左側は、群馬県、長野県の県境の山々になっていくのだろうが、はっきりとどれがどうとは分からなかった。平らな真っ白な山が見え、岩菅、裏岩菅あたりかな、と思ったが、家に帰って調べると、苗場山のようだ。
 苗場山を忘れていた。
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 白砂山や佐武流山なども見えていたはずだが、良くあれだ、と分からなかった。
 さらにぼんやりとかすんでいたが、西の方、左手の遠くに四阿山らしい山が見えた。
 浅間山はその左手の近くに見えるはずだが、雲がかかってかすんでいるようではっきりとはしなかった。

 雪を頂いているので、多少かすんでいても、わりとよく見える。双眼鏡でも持ってきて、山頂からの展望図でもどこかで探して、山座同定でも楽しめばいいなあ、という感じだった。
 展望スポットには、3,4人がいて、色々と展望を楽しんでいた。

 ちょっと食べてから出発する。

 はじめ、駐車場所から黒桧山往復と考えていたが、雪のある急な道を下りるのはやめた方がよさそうと、駒ヶ岳の方を回って下りる事にした。
 分岐から少しで、赤城神社の山宮?があった。
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 駒ヶ岳への道は、階段などもあったり雪が無ければかなり整備された道(されすぎた)のようだが、雪が積もった部分もあったりして、楽しい尾根歩きだった。この辺の風景は、昨年の初冬に根橋さんと歩いた野反湖の西側の山の尾根の感じを思い出させた。
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 駒ケ岳に到着して一息いれた。左が黒桧山だ。
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 そこの説明板によると、赤城山は2万5千年前まで活動していた山だと書いてあった。わりと最近まで激しく活動していた山なのだなあ、と分かる。そういえば、最近、榛名山の麓で、火砕流に飲み込まれて亡くなった古墳時代の甲冑をつけた男性と妻子の人骨が発掘され、歴史番組でも取り上げられていたが、それなら榛名山はほんの最近まで噴火していたのだ。榛名山もまだ登った事が無いのだが、そんな古墳時代の遺跡を見学したりしながら登ってみたい気もした。
 写真は、駒ヶ岳山頂部の尾根。
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 午後になり、野鳥の囀りも聞こえなくなった急な下りをダラダラと下って、下の道路に到着。池の周囲の舗装道路を少し歩いて車に戻った。
 ドライブ目的の車がっけっこう走り出していて、疲れもあり、最後がちょっと快適とはいえない終わりではあった。池の氷は朝だけ凍っている部分が多いようで、すでに溶けていた。
 
 帰りは、これも弟が昨晩調べておいたという赤城山の麓にある道の駅で風呂に入ってさっぱりし、遅い昼を食べた。
 丁度良い日帰りの山という感じだった。

 家に帰って、深田久弥の「日本百名山」の赤城山のところを読んでみた。そこには深田久弥の若いころ、赤城山が多くの文化人たちにその高原的な雰囲気や湖などもある変化のある自然として親しまれたそうだ。
 交通の便なども日本アルプスのような当時の僻地と違って、東京からもまあまあ近く、今で言う上高地のような自然度?の場所としてその頃の人に親しまれたのだろう。

 今日はちょうど季節も手ごろで人がそれほどいず、山頂にテレビアンテナがたくさんある山があったり、舗装された道路をスポーツカーで猛スピードで飛ばす人がいたりしたが、深田久弥の若い当時と変わらぬ自然を少しは味わうことができ、満足な登山だった。

 

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