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zoom RSS NHK BS1スペシャル「原爆投下 知られざる作戦を追う」

<<   作成日時 : 2017/01/16 09:16   >>

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 土曜日の夜にやっていて、途中ちょっと風呂に入って見ていない部分もあるが大体見た番組。

 日本への原爆投下は、当時のトルーマン大統領が「戦争を早く終結させ、多くの命を救うため」に決断したとされる。しかし、米軍や政権の極秘資料から、実は明確な決断はなかった可能性が浮かび上がってきた。という内容のもの。

 ルーズベルト大統領の突然の死で、副大統領になったばかりのトルーマンは、思いもよらず急に大統領にならなければならず、色々な面で不安であった。原爆についてほとんど知らされていなかったり、終戦後の世界の問題がせまってきたりしていて、そちらへの対応で精いっぱいで、軍が進めている原爆兵器作戦について初めはそれほど重大とも思わず、気が回らなかった。
 途中で、一般市民も巻き込む大量破壊兵器だと気づき、軍事施設への投下ではない市街地への投下には反対するのだが、やはりずっと中心となってきた軍主導で進める事となってしまい、軍は、トルーマンに広島は軍事都市だといいくるめた事もあり、結局、多くの市民のいる広島や長崎に投下されてしまった。
 軍の案では東京や京都などへも投下する事も考えられたこともあった。

 そして、原爆を落としてしまった後、「戦争終結を早め、米兵の犠牲を最小限にするために使った。」と発表、それは人道的非難を避けようとしたのだが、それはあくまでも『言い訳』であり、その後、トルーマンは言い訳の方を本心の決断だったとして言い続けたため、(その方が大統領らしくもあるという事で)米国民もそう思い込み、それが戦後、歴史の真の姿となってしまった。

 アメリカの歴史の研究者たちの間では、そういった実際のトルーマンの姿については、現在では定説となってきているようだった。
 トルーマンの日記、原爆作戦を推進していた将軍の回想テープ、色々なアメリカの当時の極秘資料からその事が明らかである、という番組の内容であった。

 私は、今まで、原爆は3つだけしか出来ていなくて、1つは実験に使って、残り2つを投下、という風に思っていたが、軍の計画ではもっとどんどん製作していって、戦争が続けばいくつも日本に落としていく作戦でもあったようだ。
 また、原爆開発の軍の責任者は、原爆を使わないで戦争が終わってしまえば、そこにつぎ込んだ膨大な予算の責任を追及されるという事を恐れて何とか戦争終結前に効果的に原爆を使おうとしたのだという。

 原爆が市街地へ落とされなかった可能性もあっただけでなく、もっと他の都市にも落とされた可能性、もっとたくさん落とされた可能性だってあり、それらは深く考えられた決断といったようなものでは無く、そこに関わった軍人や政治家の思惑や都合、なりゆき等によって決まっていった事も分かる。

 日本の現在の政治家の中には、日本も核武装すべき、などと言っている人がいるようだが、アメリカとの戦争の中で、もしかしたら京都にも東京にも原爆が落とされた可能性があった事を想像してみたらどうか。
もし、そうであったら日本と言う国のアイデンティティーが一瞬のうちに無くなってしまい、今の様な日本という国など存在できず、もっと荒んだ地域が残っただけ、という事も想像できる。

 ましてや、現在はもっと核兵器も進歩していて、水爆などというものもある時代だ。
核戦争など世界のどこで起こってもいけないし、絶対、起こしてもいけない事だ。
核戦争など一旦起こったら、もうこの世の終わりのようなものだから、大体、核のカサなどという事自体意味が無い物なのかもしれない。

 しかし、現在、実際に世界の核兵器の発射ボタンを握る人間は、それでもまだまともなトルーマン大統領のような人間では無く、現在の世界では、トランプ大統領やキム・ジョンイル書記長のような人間が握っているという現実にも気が付く。


 
 

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