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zoom RSS エマニュエル・トッドに興味を持つ

<<   作成日時 : 2011/09/23 09:34   >>

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 いつも見ている ブログ Various Topicsを見てみたら、9,19のデモに対する外国人の見方を書いていた。

 「やっと日本人も何万人ものデモで原発事故に抗議した。あれだけ踏んだりけったりされながら、抗議も文句も言わない姿に、奇異の感すらあったが、やはり日本人も自分たちと同じように抗議できる人達なのだ。」という受け止め方の外国人が多いようだ、ということを書かれていた。

 外国では18世紀以後の歴史から、このようなデモなどで抗議をするのが当然の事になっているという。
 読んでいると、「人権」という言葉が思い浮かんできた。

 以前、小学校教員の仕事をしていた頃、10年以上前だが、三年間自分のいた学校で、「同和教育推進教員」(現在はそういう制度は無くなっています。)という仕事をしていた事があり、色々な研修会などへ行って勉強する機会が多い時期があった。
 日本では「部落差別」がなぜ起こったのか、起きるのか。「人権」というものは何か、「人権」の考え方の元はヨーロッパのどういう歴史や思想から起こってきたのか、など、よく考えていた時があった。

 私は近くの山を歩く趣味があり、その頃の休日、よく近所の里山を歩いてみた事があった。
 私は、外国へ行った事は全くないが、ヨーロッパ中世のお城、村々の岡の上や山の先っぽに立っている城と、その周りに広がる田園や家々の美しい写真や映像を見て、やはりヨーロッパは日本と違った世界だよなあ、だから昔から色々な面で進んでいる国だった。だから日本とは違っているのだろう、と何となく思いこんでいた。

 ところが、家の近くの山を歩いているうちに、この辺りでも、山々の先端に中世の山城跡がたくさんあることが分かってきた。そしてその構造も色々と知るようになってきた。(もちろん私が知るようになったという意味で、すでに昔から知られていたものですが)
 日本はヨーロッパのように全部石造りではないのだが、山が多く険しいので、その自然の地形を利用して作られている。
今のように山に木がこんもりしていなかっただろう昔、その裸に近い山と城の段郭、石垣、多分あったであろう木で作られた柵や塀、その下に広がる農村、それらの姿を想像で復元してみると、中世ヨーロッパの城と雰囲気は違ってはいるが、同じレベルな中世日本の山城と里の姿が、家の周りの山々に浮かび上がってきた。

 以前から、古代社会、封建時代、絶対王政、民主社会、などヨーロッパと日本の歴史が平行して進んでいる部分がある事は、歴史教科書などで何となく分かってはいたが、その家の周りの山城の風景を想像した時、私は、日本の国とヨーロッパの国と、かなり似ている事が進行しているのではないかなあ、思想や政治のようなものも似ている所が多いのではないか、というような実感にとらわれた。

 さて、Various Topics の、デモの事を書いた前の日のブログを見落としていたのに気づき、昨日、読んでみた。

 そこには、エマニュエル・トッドという人の事が紹介されていた。現在の先進国世界の混迷への対策などが、述べられ、最後に「ウィキペディア」と「9月に来日した時の日本記者クラブでの講演」が紹介されていた。
「ウイキペディア」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%89
 トッドは、人口学・歴史学・家族人類学者で、その観点から文明のこれからの動向を考えていこうとしている人のようだ。

 「ウイキペディア」を読むと、このページは以前読んだ事があるのに気づいた。いつだったか、朝日新聞の書評欄かにエマニュエル・トッドの本が紹介されていて、おもしろそうだな、読んでみようかなと思い、ウイキペディアで調べてみるかと、そのページを見た事を思い出した。

 その時はもう「同和教育推進教員」ではなく、普通の学級担任だったので目の前の問題の方が重要だったからなのか、退職して、もうそういう事は考える必要がない、などと思っていた時なのか、兎に角、新聞で紹介された本も読まなかったし、「ウイキペディア」のページも真剣に読まなかった気もする。

 今日、ユーチューブで記者クラブでのトッド氏の講演を見た後、もう一度「ウイキペディア」を読んでみると、こんな内容も見つかった。『内容コピー』

 『ドイツは直系家族であり、アングロサクソンの絶対核家族よりも粗暴な差異主義である。直系家族は兄弟の不平等を特徴とし、人間は互いに異なると認識するが、同時に父親の権威は中心的権力の下にまとまることを求める。この緊張が、しばしば暴力的な反応を生む。

 直系家族社会は、同じ文化の小集団を被差別民として指定することがある。日本における部落民や、南西フランスにおけるカゴ (cagot) がこれに当たる。カゴは、村から離れて住み、墓地が別であり、非カゴとの婚姻が許されず、教会では特別の席が定められていた。職業は建具職人や大工であり、南西フランスの人口の 1% から 2% を占めていた。18世紀前半には、平等主義核家族のパリの支配によりカゴは解放され、消滅した。

 これと似た立場にいたのがドイツのユダヤ人であるが、宗教が異なるため一層疎外されていた。19世紀にドイツの直系家族は病的に硬直していく。プロイセンでは、1816年-1820年期から 1871年-1875年期までで、乳児死亡率が 168‰ から 224‰ に悪化する。
 同時期、同じ直系家族のスウェーデンでは 176‰ から 134‰ へと健全に低下する。ドイツの高い乳児死亡率は、社会の硬直性による私生児の増加と、権威主義による母乳育児の否定によるものである。この病的な権威主義の結果がナチズムであり、ホロコーストである。』

 日本の「部落差別」ナチスの「ユダヤ人差別」についての原因だが、私は「住井すゑ」とか「なだいなだ」などの考え方に同感しているのだが、このドイツについてのトッド氏の見方も、ある一面の真実を示し、とても説得力のあるものだと思った。ただ、現在、日本の家族は純粋な直系家族というものでは無くなってきているように私は思う。

 また、外国の人にある日本特殊論に対してトッドは、

 『このような日本特殊論は以前から一般的であり、日本人を本質的に異質な民族と見なす主張は多い。しかしトッドは家族構造の研究を通じて、日本が非常にヨーロッパ的であり、特にドイツやスウェーデンに近いことを見出し、日本特殊論を否定した。トッドは、この発見は生涯最大の衝撃の一つであったと述べている[11]。トッドは頻繁に日本に言及するが、それは日本がヨーロッパと同類であるという確信に基づいている。』

 これを見ると、以前、山城の風景から日本とヨーロッパについて連想した事もまんざらピント外れな事ではなかったのかな、とうれしくなった。

 など、トッド氏の記者クラブの講演とウイキペディアなどから、とても知的な刺激を受け、また日本も、紆余曲折はあっても、現在のドイツやスウエーデンのような国になれそうな希望がわいてくる情報でもあった。

 また、識字率というものの歴史にはたす大きな役割が分かり、もし現役の小学校教員時代に意識していたら、自分の仕事に対する認識も、もうちょっと変わっていたのか、などと思ったりもした。

 ただ、トッド氏の日本核武装論は、現実的ではないと思った。核抑止力として北朝鮮に対抗するなら、2,3発の核弾頭保持くらいでいいと思うが、本気で中国と対抗しようとしたら、5,6発では足りなくなって、かっての米ソの核軍備競争のような泥沼にはまってしまう恐れが出てくるのでは。
 日本は自国の原発をきれいに片付けて、中国の原発すべてを正確にねらえる通常兵器のミサイルを配備できれば、それで戦争の抑止力には十分なると思いますがどうでしょうか。
 ドイツやスウエーデンも核兵器は持っていないでしょう。

 また、エマニュエル・トッドの本を読んでみようとも思うが、フランス人の書いた本は何かどうも分かりづらいような予感がしてしまうので、どうだろうか?

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